第246話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その34)
「──バンケルト、全艦、主砲45口径120ミリ単装速射砲、斉射! 目標、『海底の魔女』(暫定)!」
『『『JA!!!』』』
ボロボロの帆船の上に陣取っている、自称『さまよえるオランダ人』の男性の号令一下、無数の船幽霊が転じた、オランダ王国海軍駆逐艦娘、『バンケルト』たちの周囲の、海上の人魂である『不知火』が、大砲へと具象化するや、突如海中から現れた正体不明の『怪物』(?)に向かって、一斉に発砲した。
──次の瞬間、特段防御する素振りも見せずに、ただ棒立ちとなったままの、他称『海底の魔女』へと、数え切れないほどの砲弾が弾着する。
耳をつんざく轟音とともに、盛大にわき起こる爆炎のために、辺り一帯の視界が塞がれた。
「……やったか?」
──はい、オランダ船長さんの、『やったか(やっていない)フラグ』、いただきました。
『ぎゃっ⁉』
『ひぎっ!』
『ぐげっ!』
いまだ煙幕がほとんど晴れていないというのに、的確極まる機銃掃射が、バンケルトたちの特殊装甲に覆われた肢体を貫いていく。
……って、機銃掃射?
そんな僕のふとした『疑問の念』に答えるかのようにして、ようやく煙幕が晴れて、視界を取り戻すと、仮称『海底の魔女』の姿が再びあらわになった。
色素がほとんど抜けきった青白くぬめった巨大な体躯のうち、一糸まとわぬ上半身のみは、召喚術士兼錬金術師である僕ことアミール=アルハルの忠実なる僕である、軍艦擬人化少女のキヨそっくりな、年端もいかない少女の華奢な肢体ではあるものの、それから下はすべて、軍艦と巨大な蛸が融合したかのような、文字通りに『原始的な恐怖』を具現化したグロテスクさであり、とても『機銃掃射』といった文明的な攻撃行動をとれそうには見えなかった。
──だがしかし、『彼女』の周囲には、オランダ艦娘たち同様に、不知火がただよっており、それが機銃や大砲の形を象っていたのである。
「……くっ、やはり『海底の魔女』──つまりは、『原初の軍艦擬人化少女』だったのか⁉」
は?
あれが……海底の魔女が……原初の軍艦擬人化少女、だって?
な、何だよ、その『原初』ってのは?
あれは、何らかの要因で、キヨが変質して生み出された、いわゆる『第二形態』だか何だかじゃないのか?
……待てよ、変質に、第二形態、だと?
──ッ。そうか、そういうことか!
あれは、変質でも、第二形態でも、無いんだ。
そうか、そうか、海底の『魔女』か!
某『魔法少女アニメ』とは違って、けして魔女は、『第二形態』というわけでは、無かったんだ!
「……くそっ、原初相手では、いくら軍艦擬人化少女の数が揃っていても、太刀打ちできん! ──そうだ、だったら元の『船幽霊』に──軍艦擬人化少女の『天敵』に、戻ればいいのだ! 何せ、いくら軍艦擬人化少女の最高レベルの原初ヴァージョンでも、艦船の類いであることに変わりは無いのだからな!」
まったく歯が立たない相手に進退窮まったところ、却って『妙案』が浮かんだようで、直ちに実行に移る、オランダチームのリーダー殿。
……やれやれ、どうせ無駄なのに、ご苦労なことで。
「おまえたち、『駆逐艦モード』を解除して、再び船幽霊として、目標を飽和攻撃しろ!」
船長の指示に応じて、『デストロイモード』などと言う、(いろいろな意味で)物騒極まるフォーメンションをやめるや、ボサボサの前髪で美貌の小顔を隠し、衣裳も『あちらの世界』の和風な白装束となり、まさしく『船幽霊』そのものと立ち戻る、多数の少女たち。
そのような、まさに「船に類するものならば、絶対に沈めることができる」という、まさしく軍艦の化身である駆逐艦娘にとっての『天敵』が、キヨが変化したものと思われる、『海底の魔女』へと殺到したのだが、
魔女に触れようとした途端、周囲の不知火に燃やし尽くされて、そのまま炎ごと、白い巨体の中へと吸収されてしまったのだ。
「………あ?」
もはや冷静沈着な仮面はすっかり剥げ落ちて、口をあんぐりと開けて馬鹿面を晒すばかりの、自称『さまよえるオランダ人』。
もちろん、そんな『攻撃』側の隙を、『目標』側が見過ごすわけが無く、海底の魔女の背中の部分が大きく隆起したかと思えば、巨大な腕が生えてきて、拳を握りしめるや、帆船の艦首もろとも船長を殴り飛ばした。
「──ぶはっ⁉」
無様にも、僕のすぐ近くの水面へと、顔から落下してくる、オランダ人。
「……ど、どういうことなんだ? 何で船幽霊のほうが、無力化された挙げ句、取り込まれてしまうのだ⁉」
もはや『解説キャラ』としてのプライドすら無くし、素直に疑問の声を上げる目の前の男が、あまりにも哀れに見えたので、ここはズバリと回答を与えてやることにした。
「……いや、突っ込もう突っ込もうと思いながらも、あんたがやけに自信満々だったから遠慮していたんだけど、敗戦国である日本の軍艦て、ほとんどが『沈没船』になっているわけじゃん? それが人間の少女と融合して、かつての軍艦同等の攻撃力と防御力とを有する軍艦擬人化少女ともなると、オカルトと最先端科学技術とのハイブリッドたる、『21世紀の幽霊船』とも言い得て、まさしく『船幽霊』の『上位互換』的存在だし、むしろ圧倒的に優勢であっても、少しもおかしくないんじゃないのか?」
「………………………へ? 軍艦擬人化少女が、船幽霊の、上位互換って」
「うん、一言で言えば、『少女の姿をした幽霊船』なんだから、少なくとも外見上は、船幽霊のお仲間だろう?」
「──うわっ、言われてみれば、その通りじゃん⁉ 何でこんなあからさまな『事実』に、まったく気がつかなかったんだろう?」
「それはおそらくは、あんたの生まれ故郷である、『あちらの世界』における、『悪しき文化』に、我知らずに毒されていたからだよ」
「あ、あちらの世界の、悪しき文化、だと?」
「昔の軍艦を、いかにもか弱そうな女の子の姿にする、例の『萌えゲーム』だよ。それこそ史実上の歴戦の海軍軍人でもあるまいし、たかが引きこもりニートのゲームオタクが、軍艦の力を秘めた女の子を、複数人もコレクションして、使いこなせるわけがないんだよ。……まあ、原作ゲーム自体や、各公式メディアミックス作品や、健全路線の二次創作作品に関しては、一応のところどうにか許容範囲だが、エロ系の二次創作でブヒってるやつなんかは、少しは現実的に考えみろよ? たかが人間のエロDQN風情が、怪物的実力を秘めている軍艦擬人化少女を、力尽くで思い通りにできるわけがないだろうが? 誇張でも何でも無く、指先一本で叩き潰されるぞ? ……まったく、『萌え』を楽しむのはいいが、軍艦擬人化少女が実際に存在していたら、どのようなポテンシャルを秘めているかくらいは、ちゃんと想像を巡らせておけよ」
「か、返す言葉も無え⁉ ──いや、だったら、どうして貴殿の僕は、最初はされるがままに、船幽霊たちに海底に引きずり込まれてしまったんだ? しかも、あんな変わり果てた姿になって!」
そのような、一見妥当とも思えなくもないものの、実はむしろ見当違いの言葉に、僕は苦笑しながら答えを返した。
「──変わり果てたんじゃないよ、むしろ、思い出したのさ。ある意味『御同類』とも言える船幽霊たちに触れることによって、今まですっかり忘れ去っていた、自分の『本来の姿』をね」
「なっ⁉ あれが、あの異形の姿こそが、軍艦擬人化少女の、『本来の姿』だと⁉ ……確かに、『海底の魔女』のことを、我々船乗りの間では、『原初の』軍艦擬人化少女と呼んではいるが、それはあくまでも、『形態レベル』の違いを表しているだけなのでは?」
『……そうです、提督の、おっしゃる通りです』
「ひっ⁉」
いつの間にか、僕らのすぐ側にまで迫りきていた『キヨ(仮)』が、幾分か落ち着きを取り戻した声音で、言葉を挟んできた。
『私たち軍艦擬人化少女は、まさしく提督が言われた通り「幽霊船」のようなものなのであり、かつての第二次世界大戦において、轟沈された日本艦艇の、「恨み」や「憎しみ」や「無念」や「未練」等々の、不の感情が具象化したものであり、まさしく現在の怪物そのものの姿のほうが「原形」なのですが、そのままですと、近未来において絶滅の危機に瀕した人類が、「兵器」として使用するには都合が悪いから、集合的無意識を介して「人間の少女としての人格」をインストールすることで、「意思疎通」が可能になるように改良したのであって、普段の「少女形」のほうはあくまでも、「仮の姿」でしかないのです』
──何と、お聞きになりましたか、皆さん?
この作品世界においては、『深海○艦』のほうがデフォルトで、『艦む○』のほうは、萌えオタクプレイヤーをたらし込むための、(艤装ならぬ)『偽装』に過ぎなかったそうですよ?
……いやあ、引きこもり種族にとって、現実とは、いかなる時でも、非情なものなんですねえw
──などと、馬鹿げたメタ的思考を胸中で巡らせているうちに、『キヨ(むしろデフォルトヴァージョン)』が、更にずずいと迫りきて、僕へとのしかかるようにしてささやきかけた。
『……本当なら、こんな醜い姿は、提督にだけは、見られたくありませんでした。この期に及んでは、あなたの前から、姿を消すべきでしょう。──しかし、海の底は、寂しいのです、暗いのです、寒いのです、切ないのです。とても一人きりでは、耐えきれません。だから提督も、一緒に来てください。二人っきりの、海の世界へ!』
──ヤベえ、これって幽霊船と言うよりも、むしろ『Nice boat』的な、『ヒロイン攻略失敗』エンドの、まずい展開では?




