第244話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その32)
「──いや、そもそも『あちらの世界』の日本製の軍艦が基になっているんだから、軍艦擬人化少女たちが、日本人にしか忠誠を誓わないのはわかるけど、なぜ『こちらの世界』において、日本人に相当すると思われる、神聖帝国旭光の帝国民全員では無く、僕のような帝族に限定されるんだよ?」
自分がいわゆる『亡国の皇子様』であったことだけでも驚愕だったのに、その上『あちらの世界』の日本人の転生体のようなものでもあって、そしてだからこそ旧大日本帝国海軍の軍艦擬人化少女のキヨが、自分のことを主として慕ってくれていることを知らされて、もはや何が何だかわけがわからなくなってしまった、僕ことこの魔導大陸指折りの召喚術士兼錬金術師の、アミール=アルハルであった。
それに対して、いかにも他人事であるかのように装いながら、しれっと言い放つ、広大なる草原を突如大海原に変貌させるという『トンデモ大マジック』を披露して、自分自身はすぐ目の前の時代がかった帆船の舳先にたたずんでいる、自称『さまよえるオランダ人』の船乗りの男。
「誤解しないで欲しいんだが、別に今は亡き旭光帝国の民がすべて、『あちらの世界』の日本人の、転生体というわけでは無いのだよ? まさか貴殿は、この世界の住民全員が、『あちらの世界』の転生者とでも思っているのかね? ──それはそれで、面白いWeb小説が創れそうだけどねw」
たとえば、勇者が魔王を退治しようとしたところ、実は自分と同じ現代日本からの転生者で、しかも親戚のおばちゃんだったりしてな。
「……しかし、僕が本当に帝族だとしても、日本人である記憶なんて、まったく無いんだけど?」
それとも、ある日木の上から落ちて頭を打った際に、実はここが現代日本で嗜んでいた『乙女ゲーム』であることに気がついて、それから以降において初めて、自分の『悪役令嬢としての破滅の運命』を回避するために、獅子奮迅の大奮闘をし始めるとか?
「おいおい、まさか帝族が生まれるたびに、いちいち日本人が転生していたりするわけがないだろうが? 普通こういった場合、帝族の遠い御先祖様が日本人の転生者として生を受けて、しかもそのために何らかの肉体的及び魔術的な変質が生じていて、それが代々の子孫に受け継がれていっていると考えたほうが、よほど理に適っているとは思わないのかい?」
──!
「そうか! 『転生』と言うと、『日本人としての記憶を引き継ぐ』と思われがちだけど、日本人の生まれ変わりである自覚はまったく無いものの、日本人としての『体質』や『気性』等の『特質』だけを受け継ぐことだって、れっきとした『転生』だと、言えるわけか!」
「そういうことだ、相変わらず、察しが良くて助かるよ」
すげえ、これってもしかして、『あちらの世界』における異世界転生系Web小説にとっての、革命的な事件じゃないの⁉
今や『なろう系』と言えば、『現代日本のヒキオタニートによる、憂さ晴らしのための人生リセット』がお約束であることこそが、ネット民に袋だたきに遭っているんだから、これはある意味、『突破口』を開けるかも知れないよな。
『織田信長』の転生者だからって、頭の中で自称『織田信長』の声が、24時間ひっきりなしにガミガミうるさく口出ししてくるなんて、普通『3分』で発狂するんじゃないの?
それに対して、自分自身は転生者の自覚無しに、まるで織田信長そのものの奇抜な言動を繰り返していくのを、第三者の(こちらは)典型的な『なろう系』転生者に、「……こいつまるで、織田信長の生まれ変わりみたいじゃん⁉」とか、三人称的に語らせていくとかね。
「──あ、でも、さっきも言ったけど、そもそもBCGって、人工的なものなんだろう? そんなのが世界を超えて転生してきて、しかもその人物の子孫にも代々受け継がれていくなんてことが、実際にあり得るのか?」
そんな僕の至極当然な問いかけに対して、ほとほとあきれ果てたかのようにため息をつく、年代物の『海の男』。………何か、失礼なやつだな⁉
「こうして現に君の目の前に、『さまよえるオランダ人』が帆船丸ごと異世界転移してきたり、軍艦擬人化少女が召喚されてきたりしているのに、今更BCG抗体の一つや二つ、異世界人の体内に転生してきたところで、不思議では無いだろうが?」
……………………………………あ。
そ、そう言われれば、まったくその通りではないか⁉
うん、もはや『駆逐艦娘』であるキヨが、この世界にいることが当たり前だと思っていたから、すっかり感覚が麻痺していたよ。
「……まあ、そのように斬り捨ててしまうと、話がそこで終わってしまうから、ちゃんと仕組みのほうも説明してやるが、結局はいつも通りに、『集合的無意識へのアクセス』方式なのだよ」
また、それかよ⁉
「集合的無意識って、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の、『記憶や知識』が集まってくるところなんだろう? たとえ現代日本人の『記憶や知識』とアクセスできたところで、この世界でどうやって、物理的にBCGを形成するわけなんだよ⁉」
「『記憶や知識』とはつまり、『情報』のことなのだぞ? そして人間を始めとする万物は、その物理量の最小単位である、量子の形態情報と位置情報によって成り立っているのだからして、すでにBCG抗体を身の内に秘めている、現代日本人の肉体を構成する量子の、『形態と位置との組み合わせ情報』を、集合的無意識を介して、この世界の人間にインストールすれば、体内でBCG抗体を形成することが可能になるというわけなのだよ」
──っ。
……ほんと、一体何なんだよ、この作者って⁉
こんなことが実際に実現可能かどうかはともかく、理論上は筋が通っており、現代日本人のBCG抗体を、異世界人の体内に『転生』させるための具体的方法を、まんまと論理的に構築してしまいやがったじゃないか⁉
「……待てよ? 集合的無意識って、それ相応の召喚術者であろうとも、絶対的に必要な場合ではないと、おいそれにはアクセスできないんだよな?」
例えば、どうしても読書の習慣を広めたいと欲した、生粋の異世界人の女の子が、不断の努力の結果として、『天才的閃き』という名の集合的無意識とのアクセスを果たして、現代日本の本マニアの女性司書の『記憶と知識』を、手に入れることができたようにな。
「そうさ、絶対BCG抗体が必要となる事態が、今より遙か過去においても、あったというわけなのだよ。──貴殿はまさか、大陸風ウィルスのような伝染病の流行が、過去に一度だけしか無かったとでも、思っているのかね?」
──⁉
「おそらくは遠い昔において、旭光の当時の皇帝あたりが、凶悪なる流行り病にかかってしまい、命の危険にさらされたことでもあったのだろう。それで薬師や医師がことごとく匙を投げてしまって、藁をも掴む思いで召喚術士に命じて、異世界の最先端の医療技術でも何でも、皇帝の命を救う可能性のあるものを召喚させてみたところ、召喚術士の腕が良かったのか、見事大役を果たして、皇帝の身の内にBCG抗体の形態情報を転生させて、それ以降は代々子孫に引き継がれることになった──というところであろうよ」
……すげえ、ちゃんとつじつまが合っていやがる。
この作者って、『屁理屈』を言わせたら、ほんま、無敵だな? 絶対、敵には回したくないぜ。
「それにね、私としてもこの世界において、そんなにおいそれと『BCG抗体の保持者』がいては、困るのだよ」
「え、何で? まさかこれからこの世界で、人為的に大陸風ウィルスを広めるつもりじゃないだろうな?」
「──だまらっしゃい! この御時世に、何の根拠も無い『陰謀論』じみたことを、むやみやたらと口にするんじゃない!」
あ、すみません。
「……言っただろう? BCG抗体を有することこそ、日本人の転生体である証しであり、軍艦擬人化少女たちの主である、『提督』になることができる、唯一の『許可証』のようなものなのだと」
「へ? 何で僕みたいに日本人の転生者同然のやつが、キヨの主になることが、同じく転生者であるあんたにとっては、不都合なことになるんだ?」
「これまた先ほども言ったように、私が聖レーン転生教団からこの世界において与えられる予定の、新たなる理想郷『ヴァカミタ』は、『あちらの世界』の旧オランダ領である『バタヴィア』とは、いわゆる『表裏一体』の関係にあって、バタヴィアを始めとするかつての東インドにおいては、今もなお住民たちの間には古くからの伝承として、『いつか白い衣をまとった神様が現れて、我々を暴虐な支配者から解放してくれる』という言い伝えが信じられているのだ。──実はまさしく第二次世界大戦時における、大日本帝国による東インド解放こそは、伝承の実現であったと目されているのだ。よって私としては、日本人の転生者の血を引き、現に帝国海軍の軍艦擬人化少女の主となっている、貴殿こそを最も危険視しており、それ故に、貴殿から軍艦擬人化少女を引き離して無力化した後に、教団へと引き渡して生涯幽閉してもらい、絶対の安心感を得ようと思っているのだよ」
「ぼ、僕を、教団内で、幽閉させるだと⁉」
「今更悪あがきなぞ、しないだろうな? もはや貴殿の味方なぞ、この世界にただの一人もいないのだからな。──おっと、貴殿を心から慕っている存在を、今からでっち上げるのは、十分可能だったっけ? ──さあ、見たまえ!」
そう言って、自称『オランダ船長』が、気障っぽく指を鳴らした、その刹那。
僕を遠巻きに取り囲んでいた、件の『船幽霊』たちに、劇的な変化が起こった。
『ウフフフフフフフ』
『アハハハハハハハ』
『クスクスクスクス』
何と、彼女たちの周囲に、海の人魂である『不知火』みたいなものが灯ったかと思えば、それがまるでキヨの『軍艦擬人化少女としての兵装』そのままに変化するとともに、彼女たち自身の容姿も変わり果てていったのだ。
──髪の毛から肌に至るまで、初雪のごとく真っ白で、彫りが深く端整なる小顔の中で、鮮血のごとき深紅の瞳を煌めかせているという、禍々しくも神秘的な絶世の美貌を誇る、年の頃十四、五歳ほどの幼い少女たちへと。
「……こいつらは、一体」
あまりの事態の急変に、我を忘れて口にしたつぶやき声に、ここが見せ場と大きく手を広げながら、驚愕の答えを返してくる、自称『さまよえるオランダ人』。
「──そう、彼女たちこそがまさしく、我がオランダ王国海軍が誇る、駆逐艦娘、『バンケルト』なのだよ!」




