第241話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その30)
『ウフフフフフフフ』
『アハハハハハハハ』
『クスクスクスクス』
ただ為す術も無くどんどんと、水底に向かって沈みゆくばかりの、私の遙か上方で、嘲るように笑声を響き渡らす、全身真っ白な女たち。
……あれ、おかしいな。
ここは海の底なんだから、音が聞こえるわけが無いんだけど。
『──それは「私」が、「あなた」の心の中で、ささやきかけているからよ』
あまりにも唐突に、こちらの内心の声に答えを返されて驚けば、一人の『白い女』が、鼻先が触れ合うほどの距離で相対しながら、こちらと同様に沈下し続けていた。
──色素の抜けきった銀白色の前髪に隠された目元の下で、笑み歪んでいる、薄紫色の唇。
……い、いつの間に。
「心の中で、ささやきかけているって、どうしてそんなことができるの? あなたたちが、幽霊だから?」
『私たちが、幽霊ですって? ──だったら、あなたは一体、「何」なのかしら?』
え。
「な、何言っているのよ、もちろん、私は──」
あ、あれ?
私は一体、『何』だっけ?
見かけ通りの、幼い少女?
──いや、違う、
それにしては、内包する駆逐艦としての力が、強大過ぎる。
だったら、『あちらの世界』の大日本帝国海軍の、一等駆逐艦夕雲型19番艦?
──いや、違う、
それにしては、外見的には、駆逐艦らしさがまったく見当たらない。
召喚術士である主様から召喚された、召喚物?
──一応大枠としては、正しいが、
それだと、漠然とし過ぎている。
錬金術師である主様から錬成された、人間の姿をしたショゴス?
──これも、ある意味正しいが、
ちゃんと私には、単なるクトゥルフ生物としてでは無く、駆逐艦としての、
記憶や知識も存在している。
だったら、まさにその、ショゴスへと集合的無意識からインストールされた、『軍艦擬人化少女』としての記憶や知識と言った、『精神体』そのもの?
──否、これも結局は『仮想人格』のようなものに過ぎず、
『私』というアイデンティティを決定づけるものでは無い。
だったら『私』とは、一体『何』なの?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
──私は、誰?
一体、私は、『何者』なの?
『──あら、まだわからない? せっかく「ここ」へ、ご招待して差し上げたのに』
……ここ、って?
『もちろん、深い深い、海の底よ。──まだ、思い出さないの?』
思い出さないって………………あれ?
……どうしてだろう。
こんな深い海の底が、懐かしく感じられるなんて。
──初めてで、あるどころか、
──これまで、ずっとずっと、
──ここみたいな、深い海の底で。
ボロボロの朽ち果てた姿で、眠り続けていたような。
『ようやく、思い出した?』
──そうだ。
『こここそが、あなたの居場所であり』
──私は、この海を、知っている。
『こここそは』
──ここは、
『あなたの』
──私の、
『大日本帝国海軍の、一等駆逐艦夕雲型19番艦』
──清霜としての、
『終の棲家──すなわち』
「轟沈した場所」
その瞬間。
目の前の白い女の、前髪が海流に煽られて、その瞳があらわとなった。
髪の毛から、身に着けている和風の単衣まで、全身白一色の中で、鮮血のごとく深紅に煌めいている、異形の瞳が。
──ただし、その小作りの端整なる顔は、私とそっくりそのままであったのだ。
「……あなたは」
『──そう、「私」は、「あなた」』
『「私」の記憶の一部である「あなた」が、異世界に召喚された後もずっと、この海底に眠り続けていた、駆逐艦清霜としての「あなた」』
『ずっとずっとこの冷たい海の底で、ボロボロに破壊された姿のままで、眠り続けていた「あなた」』
『──そして何よりも、自分を撃沈した敵はもちろん、もはや戦争の勝敗はついていたというのに、ただ轟沈されることを前提ににして、政治家や高級軍人の天下り企業に金儲けをさせるためだけに、意味も無く建造されて、意味も無い作戦に投入されて、使い捨てにされた、旧帝国の者たちを含む、世界中の「人間」たちへの、恨みと憎しみとを抱きながら、復讐の時を待ち続けていた、「あなた」自身なの!』
……人間たちへの……復讐?
──そうだ、私は何を、やっていたのだろう。
──いかにも男好きのする、美少女の姿になって、人間のまねごとなんかして。
──ニートの引きこもりの駄目男たちを、『提督』などと呼んで、チヤホヤして。
──偉大なる帝国海軍の艦船としての誇りを忘れて、扇情的な衣服をまとったり、頭に獣耳や角を生やしたり、場合によってはタトゥーや淫紋を入れたりして、
──馬鹿な男どもに、媚びを売って。
──軍艦擬人化美少女などと、もてはやされて、
──最近流行りの『なろう系』ばりに、異世界転生をして、
──第一線の駆逐艦ならではの、強大なる攻撃力と防御力を鼻にかけて、
──まさしく『なろう系』よろしく、『俺TUEEE!』で無双して、
──結局は、スマホの画面の向こうにいる、萌えゲームオタクどもの、『消耗品』にされて。
──そう、まさしく、あの『無駄死に出撃』の時と、同様に。
『……どうやら、思い出したようね』
「ええ、『私』は、『あなた』」
『「あなた」は、「私」』
『「──さあ、今こそ一つに、戻りましょう!」』




