第24話、これぞ、絶対にやってはならない、禁忌の異世界転生だ⁉
──もしも再び、君をこの手に取り戻すことができるのなら、
──たとえ神の理に背いて、悪魔に魂を売ろうが、構いやしない。
「……現代日本からの、異世界転生反応確認! ──頼むぞ! 今度こそ、成功してくれ!」
手の中の量子魔導スマートフォンに表示された、集合的無意識を介しての、現代日本とのアクセス回路の接続を確認して、私は最終的な電源スイッチを押した。
あたかも現代日本で言うところのSF小説にでも出て来そうな、カプセルベッドの中に寝かせられている人物の顔が、落雷そのままにほとばしる電光に照らされて、真っ白に染め上げられる。
──フラン、早く目覚めておくれ。
すべての処置を終えてからしばらくして、自動で開く、透明ガラス製の上蓋。
慌てて駆け寄れば、いまだ横たわったまま、ゆっくりと開く両のまぶた。
久し振りに見た、ちゃんと生気にあふれている、真夏の大空のような青の瞳。
「おお……」
そしておもむろに、カプセルベッドの中から起き上がる、早春の陽の光のごときプラチナブロンドの長い髪の毛と、純白のワンピース状の夜着だけをまとった、華奢な上半身。
「……ここは?」
いかにも訝しそうに眉をひそめた、端整なる小顔の唇から漏れ出る、長い眠りから覚めたばかりの、少ししゃがれた声。
そんな彼女の──かつて一度は失ってしまった、最愛の妻の仕草を目の当たりにして、もはや辛抱たまらなくなった私は、むしゃぶりつくようにして抱きついた。
「──ああ、フラン、本当に帰ってきてくれたんだね⁉」
「わっ、わっ、何だ何だ⁉」
文字通り、『生まれ変わった』ばかりなので、何が何だかわからないのであろう、私の胸元で無我夢中に暴れ出す、年の頃十六、七歳ほどの『少女』。
「よしよし、フラン、何も怖くは無いんだよ? すべては君の夫である、この私に委ねるがいい♡」
そう言って、優しく口づけるかのように頬寄せていけば、今度は腕の中の『彼女』のほうが、ついに我慢の限界を迎えた。
「──いい加減にしやがれ、このエロオヤジが! 気色悪いんだよ⁉」
思いの外乱暴な言葉遣いとともに、完璧なる拒絶の意思を伴った右腕のひとなぎによって、あっさりと弾き飛ばされる、一応自分では『彼女』にとっての、夫であるとともに、『創造主』であるとも自負している男。
「な、何が、俺の夫だ? ……うう〜、さぼいぼがたっちまったぞ?」
心底気持ち悪そうに、むき出しの二の腕をさすり始める、我が妻(仮)。
「……さぶいぼって、そこまで言わなくてもいいじゃありませんか、いくら何でも傷つきますよ?」
そう言いながら、こちらも痛む腰をさすりながら、どうにか立ち上がる。
……やれやれ、運良くベッドの上に落っこちていなかったら、大けがを負うところでしたよ。
「そのご様子では、ひょっとして男の方ですか? それは災難でしたねえ」
「……ひょっとしてって、俺の性別くらい、見りゃあわかるだろう?」
私は黙って、部屋に備え付けの、大きな姿見のほうを指さした。
「──ぎょえええええええええええええええええええっ⁉」
我が『特別蘇生研究室』中に響き渡る、若い女性の絶叫。
……さっきから、『亡き妻』のイメージを損なう言動ばかり行うのは、やめていただきたいのだが。
「何この、欧米の映画女優みたいな超絶美女⁉ まさか、これが俺なの?」
「さっきも尋ねましたけど、あなた現代日本からの転生者なんでしょう? あなたにとっては異世界であるこの世界に来れば、姿形が変わるのは当然ではないですか?」
「い、いや、でも、Web小説だったら、普通は元の世界の外見のままだったし」
「いいですか? Web小説と現実とは、違うのですよ?」
「──つまりこれって、TS転生か⁉ くそう、『なろうの女神』のやつ、何で言ってくれなかったんだ?」
「……いや、実はこれって、TS転生というわけでもなくてですねえ──」
そのように、私が、事の次第を明らかにしようとした、
まさに、その刹那。
「──おめでとうございます、博士、どうやら『実験』は、ご成功のようですな」
唐突に鳴り響く、どこか慇懃無礼な男の声。
振り向けば、部屋の入り口の手前には、この世界の異世界転生全般について取り締まっている、『聖レーン転生教団』の装甲聖騎士を三名ほど引き連れて、漆黒の聖衣をまとった優男が立ちはだかっていた。
「……またあなたですか、異端審問官殿。すると後ろの方々は、聖騎士を装った、ミスリル銀製のゴーレム兵といったところですか?」
「さすがは、人造人間のプロフェッショナル、ドクトル=ビクトル、抜け目がありませんなあ。──それはともかく、このたびは、亡くなられた奥様の御復活、誠におめでとうございます。いやあ、我が教団の『881374最終計画研究所』においてもなし得なかった、『異世界転生を活用した死者の完全蘇生』をやり遂げられるとは、ただただ感服いたすばかりですよ」
そう言うや、胸に手を当ててわざとらしく一礼をする、聖職者の皮を被った狂信者。
彫りの深い端整な顔の縁なし眼鏡の奥でギラリと煌めく、獲物を前にした蛇のような靑灰色の瞳。
ちなみに、せっかく復活したばかりの『妻』のほうは、もはや何が何だかわからないといったふうに、完全に茫然自失の体で、私のすぐ後ろに立ちつくしていた。
「……それで、教団にとっては赦し難い禁忌の術式を実行した私は、『異端者』として認定されて、このまま連行されて拷問で強制的に『自白』をさせられて、火炙りにでも処されるわけですか?」
「──まさか! これほど素晴らしい実験結果を成し遂げられた、博士を失うことなぞ、人類にとっての大損失ではありませんか! 博士におかれましては、これより『幹部待遇』にて、我が教団にお迎えいたします所存です。──もちろん、『奥様』もご一緒にね」
「つまり、今度は『妻』を、最終計画研究所において、『実験材料』にするつもりなんですね? 申し訳ございませんが、そんな馬鹿げたことには協力できませんので、お引き取りください」
「おやおや、とすると『腕尽く』で、言うことを聞いていただくことになるのですが?」
審問官の言葉とともに、私たちのほうへと迫りくる、ミスリルゴーレムたち。
戦闘に特化して作られた彼らを前にすれば、科学者やその幼妻など、本来だったらひとひねりであろう。
──そう、あくまでも、『本来』、なら。
「フラン──いや、『検体666号』、やっておしまい!」
「──えっ、あれ? 何か身体が、勝手に動くんですけど⁉」
本人は慌てふためきながらも、肉体のほうはたった一歩で、ゴーレムのすぐ面前に踏み込んで、
「──うわああああああああっ⁉」
顔だけは怖ろしさのあまり目を閉じるものの、右手のほうは綺麗な裏拳を決めて、ミスリルゴーレムの頭部を、泥人形であるかのように粉々に粉砕する。
「えっ、えっ、何が、どうなっているの⁉」
ただただ焦りまくるばかりの『妻』だが、下半身のほうはすでに二体目のターゲットを捉えており、ワンピースの裾をめくり上げながら、大きな回し蹴りで部屋の外まで蹴り飛ばした。
その隙に、残りの一体が『彼女』の真後ろに回っていて、両手を振り下ろして脳天を叩き潰そうとしたものの、すかさず放たれた後ろ回し蹴りによって右脚を粉砕されて、その場に崩れ落ちるとともに、頭部を踏み潰される。
──この間、わずか、一分少々の出来事であった。
当の本人でありながら、むしろ最も何が起こったかわかっておらず、ひたすら唖然として間抜け面をさらすばかりの『我が妻』。
そんな中、まばらな拍手の音が、聞こえてきた。
何とそれは、自らの戦力であるゴーレムが全滅してしまったばかりの、異端審問官の手によるものであった。
「──いやいや、さすがですな。ただ単に奥様の屍体そのものを材料に使うのではなく、死滅してしまった脳細胞や、その他欠損部分を補うとともに、蘇生後の肉体の強化を図るために、独自に開発に成功した、現代日本のSF小説等の創作物で言うところの、『ナノマシン』を模した微細な魔物を使って、常時肉体の維持を担わせるとともに、超常的な身体能力の発揮も可能とするという、無敵ぶり。ますます欲しくなりましたよ」
「ふん、どうせ、中身の現代日本人の転生者のほうを洗脳して、教団に忠実な『人間兵器』にでも作り替える腹づもりなんでしょう? そんな狂った計画のために、『妻』を引き渡すことなぞ、できるものですか」
「狂った計画とはひどい言われようですな、我々教団が行っているのは、あくまでも新たなる人類を生みださんとする、『シン・ジンルイ』計画なのですよ? ──それに、確かにそのお方は外見はかつての奥様そのものですが、中身はまったくの他人──しかも現代日本人の男性なのではありませんか? それで本当に、同一人物と言えるのですか?」
審問官としては、私をやり込めたつもりであろうが、むしろ胸を張り、何らためらうこともなく、堂々と宣言する。
「──残念ながら、私は生前付き合い始めてからずっと、妻に対しては『身体目当て』一本槍でね、中身がどうであろうが、関係無いのだよ」
まさにその瞬間、研究室内はあたかも惑星自体が静止したかのように、完全に無音となった。
しばらくして我に返った審問官が、なぜか私に向かって最敬礼しながら、高らかにのたまった。
「──大変失礼いたしました! そこまでのあっぱれな心意気とはつゆ知らず、お見それしておりました! 誓って我が教団は、今後一切手出しはいたしませんので、末永くお二人で幸せになってください! ほんと、すごいですよ! 異世界転生を死者の復活に利用するだけでも、十分革命的発想だというのに、転生者に対して『中身を問題にしない』だなんて、これまでの異世界転生の在り方を、完全に覆してしまうようなものではありませんか⁉ それに何より、『俺は中身よりも外見重視だ!』とは、何て、男らしい………。お願いいたします! 本日から博士のことは、是非とも『師匠』と呼ばせてください!」
あたかも『男が男に惚れた』とでも言わんばかりに、最後に輝く笑顔と輝く白い歯を見せるや、颯爽と帰っていく審問官殿。
……うん、これはあれだ。あえて拳を交えることによって、その後二人して夕焼けの土手に寝そべって、『マブダチ』になるってやつだ、きっとそうに違いない。
別に私の性癖があまりにも突き抜けていたために、逆に間違った尊敬を受けることになったとかじゃないのだ。
「……まあ、とにかくこれで邪魔者もいなくなったことだし、そろそろ私たちも、久方ぶりの『夫婦の時間』と参りますか?」
そう言って、これまでのあまりに予想外すぎる事態の展開の連続に、完全に呆気にとられていた『我が妻』のほうに振り向けば、そこでようやく我に返ったようにして、まくし立て始める。
「──うえっ? な、何だよ、『夫婦の時間』って? 俺は男だって、言っているだろう⁉」
「あなたこそ聞いていなかったのですか? 私は外見重視で、中身のほうはどうでもいいんですよ」
「俺のほうが、気にするの! それ以上近寄るんじゃねえ! さっきの怪力を使って、おまえもバラバラにしてやるからな⁉」
「それは無理なご相談というものですよ? ──『検体666号』、服を脱いで、あちらの私の仮眠用のベッドに横たわりなさい!」
「あ、あれ? 何でおれ、勝手に服を脱ぎ始めているの?」
「ナノマシンほどの大きさとはいえ、魔物は魔物です、勝手なことをされては大変ですので、『検体666号』というキーワードによって、私の言うことだけには、全面的に服従するように造ってあるのですよ」
「ちょっ、それじゃ、俺の意志は、どうなるんだよ⁉」
「え? あなたはあくまでも、『妻』の身体を動かすための『OS』のようなものに過ぎず、別に一個人としての『人格』であるなんて、認めるつもりはありませんけど?」
「そ、そんな馬鹿な、俺は確かに、現代日本から異世界転生してきた、個人としての人格なんだ! ただ単に、死人の肉体を動かすためのシステムなんかじゃない!」
妻の声帯を使って、あまりにも見苦しくわめき立てるばかりの、『転生者』の姿に辟易してしまった私は、本当は言ってはならない『とどめの言葉』を突き付けた。
「──ほう、ではあなたは、現在の自分自身が、現代日本から転生してきた人物の人格そのものであるのか、単に私が世界の垣根を越えた全人類の『記憶と知識』のデータベースである『集合的無意識』から、妻の身体へとインストールした、『仮想的な精神体』でしかないのか、きっちりと判別ができるとでも言うのですか?」




