第239話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その28)
「……何だと、おまえたち『さまよえるオランダ人』が、この剣と魔法のファンタジーワールドで、現在の幽霊的存在ではなく、普通の人間としてやり直すためには、僕の僕である軍艦擬人化少女の、キヨを葬り去らなくてはならないのだってえ?」
何でだ? すでにこの世界の一員としてつつがなく暮らしていける、変幻自在な『ショゴス』の肉体を与えられているんだから、別に昔のいざこざにこだわる必要も無いじゃないか?
むしろ、ショゴスの肉体を与えてくれた、我々の敵である聖レーン転生教団からの、交換条件的な『命令』と言われたほうが、よほど納得できるんだけど。
「……ふん、何を不信感丸出しの顔をしているんだ? それでもこの世界指折りの、錬金術師兼召喚術士かね? 確かに私やそこの小娘のような異世界転生者──君たち異世界人からしてみれば『召喚物』は、こうしてショゴスという『受け皿』に宿ることで、確固たる肉体を得ているものの、その己自身としての『形』を維持しているのは、あくまでも集合的無意識を介してインストールされた、『あちらの世界の自分自身の記憶と知識』に過ぎないのであり、『自分自身であること』に対する自信が揺らぐと、自分としての形態が揺らいでしまいかねないのだよ。──君は確か、自分自身が召喚した軍艦擬人化少女が、全次元において『最強』であり得るのは、『あちらの世界』において史実上実在していた、旧帝国海軍の軍艦という『概念』が確固として存在しているからであることを、認識しているものと思っていたのだが?」
──っ。
「……そ、そうか、まさに、その通りだな。魔法を扱う者としては、失格だったよ。魔法とはすなわち『イメージの実現』であり、ショゴスが変幻自在なのは、己の肉体を構成する量子の形態情報を、集合的無意識を介して別のイメージをインストールすることで、書き換えているのであり、そのショゴスによって構成されている軍艦擬人化少女を始めとする、いわゆる『チート転生者』たちは、己自身のみならず周囲の物質を構成する量子の形態情報を、集合的無意識を介して別のイメージをインストールして書き換えることで、実現していたんだよな。──まさしく現在、あんたがこの草原を構成する量子の形態情報を書き換えて、大海原にしてしまったようにな」
「くくく、そうとも、我々はそっちの仇敵である大日本帝国海軍縁の軍艦擬人化少女が、この世界の中に存在している限り、たとえ異世界人としての肉体を与えられて、バタヴィアそのものの理想郷を手に入れようとも、心の底から安心してこの世界の人間になることは能わず、こうしていまだに『海の呪い』に囚われて、陸地すらも無意識に大海原へと変えてしまい、船から下りて陸に上がることもできず、さまよい続けるしか無いのだよ」
「いや、むしろそれだけ、軍艦擬人化少女の『概念としての強固さ』を知っているんだったら、倒すことなんて無理じゃ無いのか? この前なんて『あちらの世界』のWeb小説でお馴染みの、『おまえの存在そのものを、全次元から消し飛ばしてやる!』攻撃すらも、完全に無効化してしまったんだぞ? まさか『さまよえるオランダ人』とやらは、それ以上のチートスキルを持っているわけなのか?」
もしそうだったら、チートスキルなんかを持つはずの無い、『あちらの世界』の旧日本軍に対しても、負けることは無かったろうしな。
「ふふん、確かに『全次元最強のチートスキル』なぞは持たないが、その小娘を倒すだけなら、問題無いのだよ」
「ええっ、明らかに帝国海軍そのものよりもチートな、軍艦擬人化少女を倒せるって、そんな馬鹿な⁉」
「むしろ、軍艦擬人化少女、だからこそだよ。──喰らうがいい! 『駆逐艦娘を絶対殺す』チート発動!」
──その瞬間、世界が一変した。
『ウフフフフフフフ』
『アハハハハハハハ』
『クスクスクスクス』
幽霊船そのままのボロボロの帆船の周囲に、いつしか浮かび上がっていた、多数の人影。
青白い肌を覆う白装束に、ボサボサの長い髪の毛から覗いている、不気味な笑声を漏らし続けている、血の気のまったく無い薄い唇。
そのような、いかにもこの世のものとは思えぬ女性たちが、音も無く清霜のもとへと殺到して、その小柄な矮躯に無数の手を伸ばして拘束する。
「……ああ……ああ……まさか、皆さん、そんな⁉」
いつもの冷静沈着ぶりはどこへやら、なぜだか驚愕に目を見張る、軍艦擬人化少女。
『──海の底は、冷たいの』
『──海の底は、苦しいの』
『──海の底は、昏いの』
『──海の底は、哀しいの』
『──海の底は、辛いの』
『──海の底は、惨めなの』
『──海の底は、虚しいの』
『──海の底は、淋しいの』
『『『──だから、あなたも一緒に、海の底に還りましょう!!!』』』
「嫌っ、やめてっ! 加賀さん、赤城さん、翔鶴さん、瑞鶴さん、龍驤さん、蒼龍さん、飛龍さん、雲龍さん、もう私は──清霜は、海の底は嫌なんです!」
『『『──ウフフフフフフフ、アハハハハハハハ、クスクスクスクス』』』
なぜだかほとんど抗うことも無く、無数の白い女たちに引きずり込まれるようにして、海の底へと沈みゆく、我が最愛の僕の少女。
「キヨ──‼」
後に残るは、春の陽射しの中で虚しく響き渡る、僕の絶叫だけであった。




