第231話、これぞ最強の異世界転生だ!① いっそのこと、ラスボス自身を召喚⁉【前編】
「……また、あんたか」
荘厳なる城内の薄暗く広大なる玉座の間の最奥にて、いかにも気だるそうに背の高い椅子に身を預けながら、こちらに向かって溜息交じりで言い放つ、二十歳絡みの年頃の非常に整った容姿をボサボサの長い前髪で覆い隠している、不健康なまでに痩せぎすの長身に地味な部屋着をまとった青年。
「──ふはははは、そうしてスカしておられるのも、今のうちだけだぞ? 今日こそお前の命日にしてやるからな、この魔王めが!」
そのように自信満々に言い放つ、私こと、この剣と魔法のファンタジーワールドにおける、世界的宗教組織聖レーン転生教団きっての召喚術士、サモナイト=ヨンデクール。
そうなのである。
何と目の前の、あちらの世界──いわゆる『現代日本』で言えば、予備校生だかニートだかを彷彿とさせる、いかにもさえない若者こそが、この大陸中の魔族や魔物を統べる、当代の魔王様であったのだ。
「……まったく、あんたも懲りないな? 今日はどんな見世物を、ご披露してくれるつもりなんだ?」
「むっ、召喚術は断じて、見世物なんかじゃないわ!」
「こっちもいろいろと忙しいんだから、手短に頼むよ?」
「もう完全に、『ルーティンワーク』扱いだな⁉ くそう、目に物見せてやる!」
「……そのセリフを聞くのも、何回目だろうねえ?」
「何度でも、聞かせてやるわ! 何せ我々教団の使命は、貴様のような人類の敵の絶滅なのだからな!」
「あのねえ、こちらこそ何度も言っているんだが、確かに僕は魔族や魔物の王だけど、別に人間と敵対するつもりは無いんだよ。むしろ『魔王退治』こそが、あんたたち教団にとっての、何よりも重要なる『存在意義』であるものだから、あることないこと風評被害をまき散らすことによって、僕を討伐することの大義名分にしているだけじゃないのか?」
──ギクッ!
「なななななな何を、事実無根の世迷い言をほざいているのだ⁉ 我が教団異端審問第二部は、この地上における『神罰』の執行代理人であり、我々は神の意志を代行しているだけだぞ⁉」
「……神の意志ねえ。それにしては、失敗ばかりしているよな? 何、教団の異端審問部って、『実は神罰なんか、大したことないんだよ☆』てな感じで、神様に対する風評被害こそを、まき散らしたいわけ?」
「──なっ⁉ き、貴様、我ら『神の剣』である、異端審問部を愚弄する気か!」
あまりの侮辱の言葉に、私が思わず激高しかけた、
──まさに、その時であった。
「……お兄様、もう面倒臭いから、殺してしまいましょうよ、こいつ」
玉座のすぐ側から聞こえてくる、幼くも涼やかな声音。
それに導かれるようにして目を向ければ、魔王ことユージン=アカシア=ルナティックのすぐ後ろで、まるで影のようにひっそりとたたずんでいたのは、あたかも闇を凝らせたかのような全身黒ずくめの、年の頃十歳ほどの幼き少女であった。
現代日本においてはネオゴシックと呼ばれている、シックな漆黒のワンピースドレスに包み込まれた、あまりに華奢で小柄すぎる肢体に、艶やかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、まさしく人形そのものの端整で小作りの顔の中で鈍く煌めいている、文字通り宝玉のごとき黒水晶の瞳。
まさしく彼女こそは、同じ魔族からも、『漆黒の悪魔』などと称されて恐れられている、魔族最強の一角にして当代魔王の実の妹、ヤミ=アカシア=ルナティックであった。
……ぐぐぐ、こいつ、まるで人のことを、路傍の石ころでも見るような、侮蔑の視線で見下しおって。
──しかし、それも、当然であった。
これまで私が、得意の召喚術で異世界より呼び込んだ、自他共に認める『最強の存在』たちを、ことごとく赤子の手をひねるようにして退けてきたのは、実はあくまでも『知謀系』の魔王であり戦闘能力皆無のユージン魔王ではなく、彼の幼き妹である、彼女のほうだったのである。
そんな彼女に見据えられて、まさしく『蛇に睨まれた蛙』同然に脂汗を大量にかいていると、意外にも魔王様ご自身が取りなしてきた。
「こらっ、ヤミ、そんなに簡単に、『殺す』とか、言っては駄目じゃないか?」
「だってお兄様あ、あいつって、ウザいんだものお〜」
「確かにウザいけど、人間なんて、本当に簡単にコロッと死んじゃうから、気をつけないと、国際問題になってしまうよ?」
「だったら、この大陸ごと、人間の国なんて、全部沈めてしまえば、いいじゃないの?」
「……もう、これだから、『戦略魔術師』ときたら。──いいかい? ヤミがそのように何の気なしに、身の内に秘めたる魔導力を全開にするだけで、この惑星自体が滅亡しかねないんだよ? そうなると、僕たち魔族の居場所も無くなってしまうじゃないか?」
「ええー、お兄様と暮らせなくなったら、ヤミも困るう〜」
「そう思うのなら、むやみやたらと、力を使おうとするんじゃないよ?」
「……うん、わかった」
「それに、彼が今回は、どんな『最強の存在w』を召喚してくれるのか、楽しみじゃないか?」
「うん、そうね。これまでも、軍艦擬人化少女とか、魔法少女とか、死に戻りとか、即死チートとか、幼なじみとか、女教師とか、作者とか、ありとあらゆる『最強の存在w』を召喚して、私たちを楽しませてくれたからねえ♫」
……よく言うわ、そのすべてを、『瞬殺』してしまったくせに。
──しかし、その慢心も、今日までの話だ!
今こそ、これぞ絶対無敵の、『最強の異世界転生』を見せてやる!
「──集合的無意識との、アクセスを申請! 召喚、『オールラウンダーの勇者』!」
「「………はあ?」」
私の召喚術の発動の宣言を耳にして、怪訝な表情となる、魔王兄妹。
「……な、何よ、『オールラウンダー』ってことは、一件『全能タイプ』のようでいて、実のところは『器用貧乏』──すなわち、『一応勇者としての基本は押さえているが、特に優秀な点は無い』ってことで、言ってみれば、『極ありきたりな勇者』ってわけでしょ? 何で今更、そんなのを召喚したのよ?」
「ふふん、人のことを、さもあきれ果てた視線で見る前に、自分の『お兄様』のほうを確認したほうが、いいんじゃないのかな?」
「何ですって………って、お、お兄様⁉」
私の意味深な言葉を受けて、己の兄のほうを見やり、今更ながらに慌てふためく、幼女魔族。
なぜなら、つい先程まで泰然自若としていた魔王様が、今や頭を抱えて七転八倒の苦しみようとなっていたのだから。
「──や、やめろ! 僕の中に、入ってくるな! おまえは一体、何者なんだ! なぜ、僕のすべてを奪おうとするんだ⁉ ……駄目だ、このままでは、僕が僕では無くなってしまう!」
長い前髪を振り乱しながら、白皙の表情を歪めて、身もだえし続ける、玉座の青年。
元々顔や身体の造作自体は整っているほうなので、このように余裕を失い汗まみれとなって、感情を激しくあらわにする様は、どことなく妖しい色香すらも感じられた。
……あれ、ちょっと待って。私には、『そんな趣味』は、無かったはずなのに。
おのれ、さすがは魔王、清廉潔白な教団異端部の司教を誑かそうとは、信仰の敵めが!(言いがかり)
そのように、いきなり『未知の世界』に目覚めようとしていた聖職者に向かって、焦りまくって食ってかかってくる、美幼女さん。
「──おいこら、このクソ坊主、私の大切なお兄様に、一体何をした⁉」
そんな、大陸最凶の女魔族に対して、少しも動じること無く、あっさりと答えを返す。
「くくくくく、まあ見ているがいい、これぞ『最強の召喚術の在り方』というものをな!」
「はあ? 最強の、召喚術って……」
そんなふうに、私たちが言い合っていた、
まさに、その最中であった。
「……あれ? これは一体」
唐突に、もがき苦しむのをやめて、呆けた表情でつぶやく、魔王陛下。
「お、お兄様、どうなされました? しっかりしてください!」
「……お兄様って、はて、どちら様でしょうか?」
「え」
最愛の兄から思わぬ反応を返されて、茫然自失となる幼女を押し抜けるようにして、玉座の魔王のほうへと、ずずいっと迫っていく、黒衣の聖職者。
「──おお、どうやら、『魔王自身の肉体への、勇者の魂の、異世界転生』は、無事成功したようですね!」
「はあ? こ、これが、異世界転生、ですって⁉」
これまで見せたことも無い、むしろ歳相応のあどけなさすらも感じさせる、呆気にとられた表情となる、魔王の妹。
それを見て、いかにも『してやったり』といったふうに、愉悦の表情を浮かべる、教団屈指の召喚術士であった。




