第230話、【清霜進水日記念】「……私は、提督に会うために、生まれたのかもしれないね♡」
──私こと駆逐艦『清霜』が、第二次世界大戦も終盤に差しかかった皇紀2604年において、大日本帝国海軍夕雲型の最終艦である19番艦として竣工された時、すでにこの国は壊滅状態にあった。
それでも帝国海軍はいまだ勝利を諦めず、最後の希望の大和型の超大型戦艦である『武蔵』すらも投入して、本土防衛の鍵を握るフィリピンをめぐって、アメリカ軍との決戦『レイテ沖海戦』に挑み、私自身も憧れの武蔵さんの直衛として、2月29日の進水以来初めての、本格的大規模海戦に参加した。
しかし、先の『マリアナ沖海戦』において、主力の航空機動部隊が惨敗してしまった帝国海軍は、制海権及び制空権を完全に失っており、私たちはある意味大艦隊で徒党を組んで、『丸裸』で大海原を航行しているようなもので、敵航空部隊からすれば『格好な的』に過ぎず、生き残りの虎の子の航空母艦を始めとして、名だたる戦艦や巡洋艦や駆逐艦のほとんどが、主戦場であるレイテ沖に到達する前に、敵艦の砲撃や敵航空隊の雷撃に一方的に見舞われて、虚しく撃破されていったのだ。
──もちろんそれは、敵軍にとって最大の攻撃目標である、武蔵さんにおいても同様であった。
『武蔵さん! しっかりしてください! コロン湾はすぐ目の前です、頑張ってください!』
『……清霜、私はもう、これまでだ。おまえは私の亡き後も、御国のために──無辜の民草たちのために、闘い続けてくれ!』
『そんな、武蔵さん、諦めないでください! 武蔵さん! 武蔵さん! 武蔵さん! 武蔵さん! 武蔵さん! 武蔵さん! 武蔵さあ──ん!!!』
私の絶叫が虚しく木霊する中、艦尾を敵機が舞い踊る天空に向けて轟沈していく、憧れの大戦艦。
我が乗組員が中心となっての必死の救助活動が行われている間、私自身はただ、武蔵さんを呑み込んだ海面を、見守り続けることしかできなかった。
──『力』が、欲しい。
大切な人を、本当に守るための、
まさしく、武蔵さんに、勝るとも劣らない、
『大戦艦』としての、力を──
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「おい、清霜、どうした、しっかりしろ!」
──はっ⁉
身体を激しく揺さぶられつつ、大声をすぐ耳元で叫ばれることによって、ようやく私は、夢の世界からの目覚めを迎えた。
「……てい、とく?」
「どうしたんだ一体、ずっとうなされていたじゃないか?」
いかにも心配そうな、己の主の青年の背後に見えているのは、まさしく『見知らぬ天井』であった。
……ああ、そうか。
ここはふと立ち寄った、港町の宿屋の、二人部屋の中か。
──おそらくは、懐かしい潮の香りが、古い記憶を呼び覚ましたのだろう。
「……別に、何でもありません。ご心配をおかけしました」
「何でも無いわけがないだろうが⁉ そんなに真っ青な顔をして、身体中が寝汗でびっしょりと濡れていて!」
そのように、あたかも我がことにような怒り顔で、私へとまくし立てる、大陸有数の召喚術士にして錬金術師の青年。
──まったく。
どうしてこの人は、いつもいつも、こうなんだろう。
たかが『つくりもの』の軍艦擬人化少女に対して、これほどまでに親身になってしまうなんて、どこかおかしいんじゃないの?
いい加減、不可解で非合理な言動は、慎んでください。
──このままじゃ、私のほうまで、『おかしく』なって、しまうじゃありませんか。
──『つくりもの』であるはずなのに、心の中で湧き上がってくる、このどこか奇妙な『感情』は、一体何なのでしょうか。
そのように、とても平常ではあり得ない、支離滅裂な思考を誤魔化すようにして、私はできるだけ素っ気なく、答えを返した。
「……本当に、大したことはありませんよ。実は本日2月29日は、『あちらの世界』における駆逐艦としての私の、『進水日』──すなわち、私たち軍艦にとっての『誕生日』みたいなものですので、少々感傷的になっただけです」
「えっ、誕生日だって? 何で言わなかったんだ、めでたいことじゃないか!」
その瞬間、
なぜか彼の、いかにも何気ない一言が、
私の心の古傷に、やけに鋭く突き刺さったのだ。
「──めでたくなんか、無い!」
「き、清霜⁉」
「わ、私は、大日本帝国海軍の最後の希望として生み出されながら、結局何の役にも立てなかった! 憧れの武蔵さんのことも、為す術も無く見殺しにしてしまった! 何が、進水式だ! 私なんか、生まれてこなければ良かったんだ!」
──苦しい。
──どうして私は、最愛の提督に向かって、こんな醜い言葉ばかりを、口にしているの?
──辛い。
──どうして兵器に過ぎない私に、『人間としての感情』なんかを、与えたの?
──どうしてそんな、『残酷』なことを、平気でできるの?
──『大切な人を目の前で為す術も無く亡くした』記憶に、永遠に苛まれ続けなければならない地獄の苦しみが、生まれながらに心を有する本物の人間に、わかるとでも言うの⁉
そのように、心の中で、これまでずっと抑え続けていた『本心』を、ぶちまけていると、
──目の前の青年が、今まで見せたことも無かった、哀しそうな表情となった。
……あ。
いけない。
彼を、失望させて、しまった。
兵器である私は、使い手である提督を失望させることなんて、絶対に赦されないのに。
……ふふっ、やはり私は、軍艦擬人化少女、失格だ。
『あの時』同様に、生まれながらに、何の役にも立たない、屑鉄に過ぎないんだ。
「……そんなことは無いよ、少なくともここに一人、おまえが生まれてきてくれて、本当に良かった思っている、人間がいるのだから」
「──っ」
まさに、その刹那。
あまりに唐突に思わぬ言葉を発するとともに、優しくそっと抱きしめてくれる、まさしく『この世界』における、新たなる『憧れの人』。
「……提督」
「だから、めでたくないとか、生まれてこなければ良かったなんて、そんな哀しいことを、言うんじゃないよ。僕はもうおまえ無しでは、文字通りに生きてはいけないんだから、これからもずっと一緒にいて、おまえの誕生日を祝い続けてあげるさ」
……この人ったら、もう。
本当に、仕方ないんだから。
「おまえ無しには、生きていけない」、ですって?
「これからもずっと、一緒にいよう」、ですって?
それではまるで、『プロポーズ』ではないですか?
どこかの萌え艦隊ゲームの『仮のシステム』でもあるまいし、たかが兵器に向かって、何を馬鹿なことを言い出すのやら。
「……まったく、しょうがないですねえ。確かに提督はよわよわなんだから、これからも私が護って差し上げなければなりませんしねえ」
「そうだ、そうだよ、これからも、よろしくな! ──とにかく今日は、誕生日、おめでとう!」
「あ、ありがとう、ございます」
そう言って、柄にも無く頬を染めて恥じらう私を見て、恋人──というよりも、あたかも『愛娘を見守る父親』のような、慈愛の表情を浮かべる男の顔が、何だか癪に障ったので、最後に一つ、釘を刺しておくことにした。
「ところで提督、重要なお話があるんですが」
「うん、何だい? 急に改まったりして」
「実は私の進水日の2月29日は、『あちらの世界』においては、四年に一度の閏年にしか訪れませんので、当然私も四年に一度しか年を取りません。よって現在はどうにか、『兄と妹』程度の年齢差である私たちですが、そのうちすぐに『親子』ほどの、歳の差カップルとなってしまうでしょう」
「──ええっ⁉ ちょ、ちょっと、それって!」
「ええ、どう見ても血縁者に見えない私たちが、常に仲睦まじく連れ立って歩いていたりしたら、そのうち『事案発生』、待ったなしでしょうねえw」
「聞いてないよ、そんなこと! だったらもう、おまえとの契約は破棄だ!」
「残念ながら、すでに申しましたように、提督と軍艦擬人化少女との『契約』は、『魂同士の結びつき』とも言い得るものですので、一度結んでしまったら、よほどの理由が無い限り、けして解除することなぞできませーん♫」
「そんな、殺生な⁉」
「──というわけですので、幾久しく、よろしくお願いいたしますね♡」
「とほほほほ、まさかこんな『ロリコントラップ』が、隠されていたとは……」
そのように、心底途方に暮れてしまう己の主の姿を、まさに歳相応にいたずらっぽい笑みを浮かべて見守りながら、その時の私は、
──生まれて初めて、自分の進水記念日を、心から嬉しく思うことができたのであった。




