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第23話、『妖女ちゃん♡戦記』うちのペットは××形⁉

「……おや?」


 魔王城の最上階に所在する、王族専用のプライベートスペースの長大な回廊を歩いていると、魔王である僕の妹のヤミが、珍しくも一人ではなく、メイド姿をした少女を引き連れて、こちらのほうへと向かってきた。


「……おやおや」


 しかもその『メイド』というのが、見かけは年の頃一三、四歳ほどの、これといって特徴の無い、漆黒のおかっぱ頭の可憐なる少女なのだが、どうやら()()()()()()()らしい。


 いろいろとツッコミどころがあるのだが、まず目に入るところで言えば、何と両手で大事そうに抱えているガラスケースの中に鎮座しているのは、人間の顔ほどの大きさのある、生きた大蜘蛛であったのだ。


「──あっ、お兄ちゃん!」


 ようやく僕の存在に気づいたヤミが、喜び勇んで駆けてくる。


「こらこら、そんなに走っちゃ、危ないよ?」


 いつものことながら、あたかもプロレス技であるかのように、結構身体にダメージのある、妹のフライングアタックをどうにか受けとめながらも、実は視線のほうは、大蜘蛛を大事に抱えながら、にこやかな笑みを浮かべてしずしずと歩いてくる、メイドさんのほうへと向いていた。


「……へえ、変わったペットを、飼い始めたものだねえ」


「昨日取り寄せたの。珍しい種類だったから、()()()()()()()まで手を回したのよ?」


「ちゃんと、お世話はできるんだろうね?」


「うふふふ、見かけによらず、飼い主には従順らしいから…………ちょ、ちょっと、何よ、お兄ちゃん! メイドさんのほうばかり、しげしげと見つめたりして⁉」


「……僕だって、まじまじと見るさ。この種類の蜘蛛に、メイドさんだよ? 興味を持つなと言うほうが無理だよ?」


「もうっ、禁止! 絶対禁止! うちのメイドさんを視姦するのは、駄目だからね!」


「……視姦て、すごい言葉を知っているね、まだ子供のくせに」


「今時子供のほうが、視姦の被害に遭いやすいの! だからボディガードとして、この子を飼ったんじゃないの⁉」


 そう言いながらメイドさんのほうへと振り向くヤミだったが、視線の高さから、ちょうど蜘蛛が入ったガラスケースを睨みつけることとなった。


「……ああ、確かに、『ソレ』だったら、ヤミの弱点を補うのに、最適かもね」


「でしょう?」


「まあ、くれぐれも、城勤めの人たちを、勝手に『ソレ』のエサにしないでくれよ?」


「いやだあ、お兄ちゃんたら、いくら何でも、そんなに大食らいじゃないわよ、この子」


「だといいけどね」


 そのように適当に言葉を交わした後で、僕らは別々の方角へと歩き始めた。


 ……賢いヤミのことだ、さっきの僕の台詞が、『この城の者でなければ、いくらエサにしようが構わない』という意味だったことを、十分理解していることであろう。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 私こと、現魔王の実の妹、ヤミ=アカシア=ルナティックが、愛しきお兄様とお別れして、自分の部屋と戻ってみれば、




 ──文字通りの、『招かれざる客』が、待ち構えていた。




「遅かったじゃないか、随分と待たされたよ」


 いかにも戦士ふうの筋肉質の若い女を後ろに従えて、人の部屋に断りもなく不法侵入しておいて、偉そうにふんぞり返っている、珍妙なる格好をした女性。


 懸命に若作りをしているようだが、アラフォーあたりの年齢であることは隠しきれないというのに、無駄に露出が多いボンデージルックで決め込んでいて、まさしく現代日本の『ニチアサ』の特撮番組の女幹部以外の何者でもないという、痛々しき有り様は、大いに涙を誘うところであった〜」


「──ちょっ、何よ、地の文を装って、本人を目の前にして、あからさまに失礼なことばかり、並べ立てたりして⁉」


 あら、いけない。いつの間にか、内心がダダ漏れしていた。


「……ええと、ところで、どちら様でしょう?」


「──先代の魔王たる、あなたの父親の遠縁に当たるサキュバスよ! ちゃんと覚えておきなさいよ! 失礼な子ねえ⁉」


「……そう言われましても、父方の親戚だけでも、五、六〇〇人は下らないというのに、遠縁の方の顔や名前なんて、いちいち覚えていられませんよ。──というわけで、これからあなたのことは、『オバサン』と呼ばせていただきますわ。『オバサン』、何の用? 『オバサン』、お小遣い頂戴♡」


「このガキャー、人のこと、『オバサンオバサン』言うんじゃないよ⁉」


「なぜです? 『オバサン』を『オバサン』と呼んで、何が悪いのでしょう」


「あたしは『オバサン』ではないって、言ってるんだよ⁉ ──ふんっ、余裕をぶっこいていられるのも、今のうちさ! おまえ、この部屋に入る時に、何か感じなかったのかい?」


「……ああ、魔導力封印の障壁結界のことですか、それが何か?」


「そ、それが何かって、おまえ、言っている意味が分かっているの⁉」


「ええ、今やこの部屋の中では、いかなる魔術も使えないってことでしょう?」


「だったら、少しは怯えないか! もはやおまえは、ただの幼児ってことなんだよ? こっちも魔術が使えないのは変わりないけど、普通に大人の力で、おまえなど片手でくびり殺すことができるんだよ?」




「だって私には、あなたと闘う理由なんて何もございませんので、どうぞ、今回は()()()()()()()()()()から、とっととお帰りください」




「は?………………………………いやいや、何言っているのよ⁉ ツッコミどころが多すぎて、何をどう怒ればいいのか処理が追いつかないけど、とにかく! 私と闘う理由が無いというのは、どういうことよ⁉」


「どうせあなたは、今からでも魔王の座につきたいから、邪魔なルナティック本家直系の私たち兄妹を始末しに来て、まずは私の魔導力を無効化して殺しておいてから、その後で人間の血が濃いために魔導力がほとんど無い、お兄様をなぶり殺しにしようって腹なんでしょう?」


「……ええ、うん、その通りよ。あなた、すごい推理力だわね」


「こんな短絡極まりない杜撰な計画、誰でも思いつきますわ。──とにかく、私としましては、お兄様に()()()()女以外は敵とは見なしませんので、闘う理由がまったくございませんの。だから不法侵入や障壁魔法を勝手にかけたことについては見逃して差し上げますので、早々にお引き取りください」


「──だから何で、おまえのほうが上から目線でものを言っているのよ⁉ どう考えても優位にあるのはこっちでしょうが? 私の後ろにいる子は、何を隠そう『人狼ワーウルフ』なのよ! 今から狼形態に変身させて、あなたたちをボロボロに引き裂いてやるから!」


「えっ、人狼が人間形態から狼形態にへんする場合も、一種の魔法効果ですので、魔導力が必要となり、現在のこの部屋の中では実行不可能なはずですけど?」


「えっ、そ、そうなの⁉」


 慌てて背後のマッスルガールのほうへと振り向いて確認をとる、遠縁のオバサンであったが、無情にもコクコクと頷かれてしまうだけであった。


「そ、そんなあ〜」


「……あなた、そんな基本的なことも確認せずに、魔王城に侵入してきたのですか? いくら何でも無計画すぎるでしょうが?」


「う、うるさい! この子の身体能力なら、おまえみたいな幼女、そっちのメイドの小娘もろとも、ひとひねりよ! ──さあ、ケニー、やっておしまい!」


「……『オオカミ少年○ン』ならぬ、オオカミ少女だから、『ケニー』って、ネーミングセンスまでお粗末であられますこと」


「やかましい、だったらそっちのメイドの子の名前は、なんて言うのよ⁉」


「え、『ショゴー機』の『ショゴたん』ですけど、何か?」


「──おまえのネーミングセンスも、大概じゃねえか⁉ エ○ァなのかグラドルなのか、どっちなんだよ! 少なくとも、メイドにつける名前じゃないだろうが⁉」


「ではまず前座として、ショゴたんVS(ヴァーサス)ケニたんということで」


「人の話を聞けよ⁉ それから、()()()()()(意味深)まで、勝手に『たん』呼びするな! ──くっ、もう構わないから、やっておしまい、ケニ()()!…………あ、いけね、思わず釣られてしまったじゃない⁉」


 ()()()御主人様からの『ケニたん』呼びがよほど嬉しかったのか、若干頬を染めながら、こちらへと疾風のごとき速さで突っ込んでくるオオカミ少女。


 すかさずショゴたんが私の前へと出てくるが、何ら躊躇無く、その土手っ腹に、鍛え抜かれた拳を叩き込む。




「──うぎゃああああああああああああああああああっ⁉」




 部屋中に響き渡る、若き女性の絶叫。


 しかしそれは、ショゴたんのもの()()()()()()


「──ケニー⁉」


 右腕を文字通り()()()()()()()激痛に、床の上を七転八倒するオオカミ少女。


 ()()()()()()()()()()()腹部で獲物を咀嚼しながら、恍惚の笑みを浮かべるメイド少女。


 あら、失礼。これでは『初○機』ではなく、むしろ旧劇場版の『レ○』嬢でしたわね。


「お、おまえ、そのメイド……ショゴー機……そ、そうか、『ショゴス』か⁉」


「さすがは、夢の世界を通じて、あらゆる世界にアクセスできる、サキュバスさん。現代日本の『クトゥルフ神話』にまで、精通なされているとは」


「な、なんて、化物を飼っているの⁉ ──ケニー、ここはいったん、撤退よ!」


 何とか痛みを精神力で押さえ込み、右腕の肩口を衣服の切れ端できつく縛って応急の止血をしたオオカミ少女を促し、踵を返そうとしたサキュバスオバサンであったが、


「……ショゴたん」


「「──きゃっ⁉」」


 メイド少女の右腕が、大量の蜘蛛の糸と化し、逃亡主従を絡め取り、引き寄せる。


「……このショゴたんは、ただのショゴスではなく、文字通り『()()()()初号機』でしてね、私の召喚術によって現代日本の存在する世界から、最も残忍で最も獲物を捕らえることがうまくて最も大食らいな蜘蛛の魂を、異世界転生させて憑依させているために、ショゴスでありながら蜘蛛ならではの各種特性も備えておりますの。何せショゴスって、基本的に肉体が『不定形』でしょう? 魂さえ染め変えれば、どんな生物にも成り変わることができるって寸法ですよ♡」


「ざ、残忍な蜘蛛の魂を、よりによってショゴスの身体に転生インストールさせるなんて、そんな悪魔の所行を、おまえは平然としたわけなのか⁉ ──それに、大食らいって……」


「ええ、まさに今から、素敵なディナーショウの始まりというわけですわ♡」


「い、嫌、やめて! その子を止めて頂戴! そ、そうよ、私はオバサンだから、きっとおいしくないわよ! 食べるのなら、こっちの若いほうだけにして!」


 土壇場において、醜く従者を犠牲にしてまで命乞いをするサキュバスと、そんな御主人様を驚愕のまなこで見やるオオカミ少女であったが、それに構わず、私は己のペットに声をかける。


「……ショゴたん、好き嫌いは駄目ですよ? 少々年を取り過ぎてお肉が固かったり臭かったりしても、ちゃんと残さず食べなさい」


 それを聞いて嬉しそうに頷くや、人の形を解き、まるで巨大なアメーバーかスライムかのようにして、二匹の獲物の全身を、避ける暇も与えずに包み込む。




「「ぎゃああああああああああああああああっ!!!」」




 その後しばらくしてからは、もはや二人の断末魔も止み、ただショゴたんの無数の口から漏れる、咀嚼音だけが鳴り響いていった。


 ……どうやら、『初号機』による『実験』は、一応のところ成功のようね。


 後は、種類の異なるオスとの交配による、『量産機』作成実験への移行か。


 そのように胸中で、今後の実験の段取りを巡らせながら、私は傍らの机の上のガラスケースの中に閉じ込められている、オスの大蜘蛛のほうに視線を向けて、密かにほくそ笑んだのであった。

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