第224話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その17)
「……くくく、よくぞここまでたどり着いた、異世界の勇者よ。我が『南の魔王軍』を代表する、精強なる『魔界四天王』をすべて退けるとは、人間とはいえ勇者の名に恥じること無く、大したものよ。──だが、それももう、終わりだ。この玉座の間こそ、貴様らの墓場となるのだ!」
魔王城最奥の薄暗い石造りの大広間にて響き渡る、この城の主の雷鳴のごとき怒声。
僕は思わず身をすくめて、その場に跪きそうになる。
無理も、無かった。
何せ、一段高い壇上に設えられた禍々しい意匠の玉座に座っている壮年の男性こそが、この大陸南部の魔族と魔物の総元締めにして、我々人類の最大の敵たる、『魔王』その人なのであり、大陸きっての召喚術士兼錬金術師だと自負してているこの僕すらも、足下にも及ばなかったのだから。
いまだ震えながらも、どうにか二本の足で立ち続けられているのは、あくまでも「今の自分は、大陸南部の全人類の希望を担って、ここに立っているのだ!」という、矜持によるものでしかなかった。
そもそも大した力も持たないくせに、まさにこの『最終決戦の場』に居合わせているのも、実はこの僕こそが、魔王に唯一対抗し得る『勇者』を、この世界に召喚した張本人だからであって、たとえどんなに身に危険が及ぶ怖れがあろうとも、すべての結末を己の目で確かめる義務があったのだ。
そして今、他でもなく僕自身が召喚した『異世界の勇者』が、魔王のすぐ真ん前に立ちはだかり、ただひたすら沈黙を守ったままにらみ合っていた。
年の頃は、十歳ほどか。
純白のシンプルで清楚なワンピースに包み込まれた、小柄で華奢な白磁の肢体に、滑らかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、人形そのままの端整な小顔の中で清廉なる光をたたえている、闇を凝らせたかのごとき黒水晶の瞳。
何と実は、我々人類最後の希望である『勇者様』は、まだほんの幼い女の子であったのだ。
──しかし、相対する3メートル以上の巨躯を誇る魔王様と言えば、目の前の年端もいかない少女を侮ることなぞ微塵もなく、相も変わらず厳かな声音で話しかけた。
「……ふん、おまえのような幼い子供が、この世界の人間どもの勝手な都合で無理やり召喚されて、勇者に仕立て上げられたことには、同情しないでもないが、けして油断はせぬぞ。何せこれまで我に挑んできた異世界の勇者どの中にも、男女にかかわらずおまえと同じ年頃の者もいたが、年齢なぞには関係無く、転生勇者という輩は一人の例外無しに、『チートスキル』なぞという、やっかい極まりない力を持っているのだからな。──して、おまえは、どのような『余興』を、我に見せてくれるのかな?」
確かに油断はしていないようだが、一見いかにも『慢心』しているように見えなくもないものの、彼がこれまで強大なるチートスキルを有する転生勇者たちを、ことごとく屠ってきたのは事実であり、その言葉のすべては確固たる実力に裏付けられていたのだ。
──おかしい。
すでに魔王様ご自身が述べられたように、魔王軍最強の四天王さんたちを始めとして、この城に存在していた魔族たちは全員、他称『転生勇者』こと僕の忠実なる僕である、『キヨ』が殲滅しており、もはや誰一人とて残っていないのだ。
そんな文字通り『勇者』と名乗るにふさわしい規格外の戦力を有することが、すでに証明されている少女を前にして、いかな魔族の王とはいえ、なぜあのように落ち着いていられるのだろうか?
……まさか、これまでまさしく『向かうところ敵無し』だったキヨをも上回る、とんでもないチートスキルの持ち主だったりするんじゃないだろうな?
そのように主である『提督』の僕があれこれと思い悩んでいると、ここに来て初めて他称『転生勇者』の少女が、真珠のごとく艶やかな唇を開いた。
「……私は別に、チートスキルなんか持っていない。ただ兵器として、物理で殴りつけるだけ」
「兵器だと? 見たところ、何も手にしていないようだが?」
「その通り、何せ私自身が、兵器なのだから」
「ほう、おまえの世界で言うところの、『サイボーグ』とかいった輩か? それとも、転生時にもらったチート能力を、身体能力に全振りして、『もはや全身が凶器そのもの』といったパターンか? ──ふん、つまらん。いかにも『あちらの世界』のWeb小説としては、ありふれているな。そんなもの我には通用せぬわ。今から本物の『無敵』にして、本物の『最強』たるものを、教えてやろうぞ!」
そう言い放つや、おもむろに玉座から立ち上がり、キヨのすぐ手前へと、悠々と歩み寄る魔王さん。
「……いいのですか? すでに私の間合いに、入っているのですが」
こ、こいつ、我が僕ながら、しれっと嘘をつきおって。
おまえの間合いは、『駆逐艦の艦砲射撃の射程距離』だろうが⁉
──だがしかし、
自覚のあるなしにかかわらず、そのような危険にさらされながらも、当の魔族の王者のほうは、いまだ余裕綽々のご様子であった。
「貴様の攻撃範囲なぞ、何も問題は無いわ。そもそも我と敵対したその瞬間に、貴様は死んだも同然なのだ」
な、何だと?
「──なぜなら、我の魔王としての奥義こそは、『相手の存在そのものを、全次元において消し去る』という、これぞ本物のチートなのだからな!」
「「…………」」
ドヤ顔で、いかにも「ニチャアw」と擬音が聞こえてくるかのようにイキり散らす、この城の主様。
圧倒的沈黙に包み込まれる、玉座の間。
──あたたたたたたたたたたた。
「貴様の存在そのものを、全次元すべてにおいて、消し去ってやる!」と、来ましたかあ。
うん、『あちらの世界』のWeb小説における、自称『最強キャラ』にとっては、いかにもありがちな『設定』だよな。
……やベえ、まさか他ならぬ魔王様ご自身が、『中二病』だったとは。
そのように、僕がいろいろな意味で戦慄していると、僕の少女がこちらへと振り向いた。
「提督」
「ああ、何だい?」
「もう、飽きたので、そろそろ帰りましょう」
──ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
「おいっ、これからいよいよ『勇者VS魔王』の最終決戦だというところで、いきなり何てこと言い出すんだよ、おまえは⁉」
「でももう、これ以上続けても、あまり意味は無いかと。──いえ、私だってまさか、『全次元から消し去ってやる!』とか、言われるとは思いませんでしたし」
「──うっ」
た、確かに。
直接面と向かって言われたキヨのほうが、当然キッツイわよな。
「それに今回は、提督に『勇者パーティの一員としての魔王退治』を体験していただくための、突発的な(番外編的)イベントでしたので、もう十分かと」
「え、今回のこの唐突なストーリー展開って、そんな意図があったわけ⁉」
つうか、ぼそっと『番外編』とか、メタっぽいこと言うな。
「……だって提督ったら、この前私のことをハブってまで、特に親しくも無い冒険家の方たちと、パーティを組もうとしていたではありませんか? だったらいっそのこと、私の力で、RPG的世界観における花形イベントである、『魔王退治』を体験させて差し上げようと思って」
「──っ。お、おまえ、僕のために、こんな危ない真似を、してくれたのか⁉」
「──というよりも、提督には私だけがいればいいことを、肝に銘じていただこうと思いまして」
「ひいっ⁉」
何、うちの僕ったら、完全にヤンデレを拗らせてしまっているじゃん⁉
どうして、こうなった?
僕の艦隊運営の、どこが間違っていたの?
暇さえあれば、軍艦擬人化美少女の育成に、集中していたというのに……。
「……あ、あの、提督、いかがなされたのですか?」
──おや?
いつもは『クール』一色のキヨさんが、珍しくも頬を染めて、もじもじし始めたぞ?
何だこの、文字通りの『鬼の霍乱』は?
天変地異の前触れか?
「そ、それに今日は、2月14日ですし、これから後こそが、『本番』でございますので……」
へ?
2月14日って、何かあったっけ?
この魔導大陸においては、単なる平日なんだけど?
こいつの前世における、『進水日』とか?
……そういやこいつ、ここ最近夜中に一人で何やらごそごそやっていたけど、あれって何だったんだろう?(フラグ)
そのように、提督と軍艦擬人化美少女(しかも駆逐艦♡)で、無自覚にいちゃこらやっていると、
「──ふざけるな!」
いきなり玉座の間に轟き渡る、大音声。
もちろんそれは言うまでもなく、この『最終決戦』の一方の主役であらせられる、ラスボス様のものであった。
「魔王の我を前にして、『もう帰ろう』とか『飽きた』とか言い出したかと思えば、こっちのことをガン無視して、イチャイチャしだすとは、何事だ⁉」
……あー。
「確かに魔王様のおっしゃる通りだぞ? おまえもうちょっと、TPOを考えろよ」
「……すみません、『モテない中年男のひがみ』というものを、考えていませんでした、反省反省」
「うがあー、誰がモテない中年男だあああああああ!!!」
ちょっ、キヨさんたら、この局面で更に、魔王様を煽らないでよ⁉
「もはや我慢ならぬ、貴様なぞ、即刻完全消滅させてやる! ──集合的無意識との、緊急アクセスを要請!」
──なっ⁉
集合的無意識、だと?
これって、まさか⁉
「対象を構成する量子をすべて、『形なき波』へと、書き換えを実行!」
その瞬間、
ほんの今し方まで、確かに存在していた少女の矮躯が、
瞬く間に、消え去ってしまった。
「──キヨおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
その後で響き渡ったのは、僕自身の絶叫と、魔王の会心の高笑いだけであった。




