第22話、『妖女ちゃん♡戦記』お人形遊び。
「──午前の会議は、このくらいでいいでしょう。そろそろお茶にしないかい?」
議長である僕の、頃合いを見計らった一言によって、一斉に緊張を解く、我が魔族国における最高幹部たち。
……魔王城大会議室での定例首脳会議も、すでに数十回を数えるというのに、いくら当代の魔王とはいえ、父の腹心の部下たちであった重鎮方を差し置いての、議長などといった大役、まだまだ全然慣れやしないな。
──いや、いかんいかん、武闘派で鳴らした幹部たちが、こうして知謀派の魔王である僕に合わせて、話し合いなどといった軟弱極まりないことにつき合ってくれているんだ、当のとりまとめ役の僕が弱音を吐いてどうする。
「──いやしかし、こういう会議も、いいものですな」
「左様、最初は大変戸惑いましたが、実際の戦よりも、非常に刺激的ですぞ」
「『言葉での交渉』や『商取引』で、人間どもを出し抜いた時の爽快感ときたら、戦での百の勝利よりも勝るかもな!」
「しかも、近年の我が魔族国の経済発展ときたら、この大陸内のすべての人間国を凌ぐ勢い」
「こんな『勝利』の仕方も、あったのですなあ……」
「いや、戦馬鹿だった我ら上級魔族に、人間どもとの『駆け引き』や、国家の『経済発展』についての、『やりがいや楽しさ』を教えてくだされた、魔王陛下には感謝の念以外はありませんな!」
「まっこと、その通り!」
「「「魔王陛下、本当にありがとうございました!」」」
そのように全員で唱和するや、こちらに向かって深々と頭を下げる、私の父親や祖父ほどの齢を重ねている、重鎮の方々。
……何と、お優しい人たちなんだろう。
人間の血が濃くて、魔力をほとんど持たないので、『交渉や経営戦略』面にしか能がなく、人間国と友好的につき合うしか生きる道のない、『知謀系』の魔王にならざるを得なかった僕に対して、本当は戦で活躍して魔族ならではの栄誉を得たいだろうに、こうして僕を気遣って、あくまでも魔王として持ち上げてくれて。
今この時も、まるで心底僕のことを感心して敬っているような温かな笑顔を向けてくれているし、何て思いやりのある方ばかりなんだ!
「……そうなると、前王陛下の崩御の直後に、周囲の反対を押し切って、現魔王陛下のご即位を強硬に押し切った、元老院の方々は、誠に慧眼であられたのですなあ」
「我々最高幹部は、いまだ幼いとはいえ、前王以上の魔導力を秘められ、誕生とともに大奇跡を起こされた、妹殿下のほうを、是非ともお世継ぎにと、推しておりましたのに」
「元老院はむしろ、ヤミ様のご即位を頑なに拒んで、『これからは経済戦争の時代ですぞ!』、『ユージン様こそ、新時代にふさわしき、真の魔王様なのじゃ!』などと、あらぬことをわめくばかりでしたからなあ」
「しかし、その言葉が今こうして、ことごとく的を射ていたのだから、大したものです」
「──もちろん、我々幹部会の、ヤミ殿下に対する忠誠は、いまだ微塵も揺るいではおりませんがな!」
「はんっ、宰相殿、何を当たり前のことを。我々最高幹部会イコール、『ヤミ殿下♡ラブラブファンクラブ』創設メンバーではございませんか!」
「左様、ヤミ殿下こそ、我々にとっての絶対神、文字通りの『カミ☆アイドル』であられるのだ!」
「ヤミ殿下がいまだ我々にとっての、比類無き『推しメン』であられることには、何ら相違はござらんわ!」
「魔王御継承についても、そういう意味で推していたのだからな」
「よし、みんな、いつものように『ヤミ殿下コール』をぶちかまして、我らの心意気を、全世界に示そうぞ!」
「「「異議無ーし!!!」」」
「「「──ヤミ殿下、ヤミ殿下、ラブラブ、ヤミ殿下、ウーアー♡♡♡」」」
その瞬間、会議室中に響き渡る、地の底を這うかのような、重く昏き声音。
「……てめえら、人の妹を、気安く『ヤミたん』とか、呼んでんじゃねえよ?」
何と驚いたことに、それは、僕自身の唇から漏れ出いたのだ。
「「「す、すみませんでしたー! 魔王陛下ー!!!」」」
……どうしたんだろう、泣く子も黙る上級魔族の皆様が、まるで鬼か悪魔にでも出会ったかのような、怯えた顔なぞをなされて。
まあ、可愛い妹のためならば、お兄ちゃんというものは、鬼にも悪魔にもなれるのだから、仕方ないよね?
「──魔王様、お茶をどうぞ」
僕たち魔王城首脳陣が、馬鹿なやりとりを行っている間に、メイドさんたちがお茶の用意を終えて、そのうちの一人が僕にティーカップを差し出してきた。
「……君は、確か」
「そ、その節は、大変失礼いたしました!」
いまだメイド服を完全には着こなせてはいない、何とも垢抜けない新人のメイドさん。
もちろん魔王城において、魔王である僕をも含む最高幹部に対して、給仕を行う役目を仰せつかっているくらいなのだから、それ相応の名家の出身ではあるのだが、どうやら都育ちではなく、かなり田舎のほうの領地暮らしが長いらしくて、顔の作りは基本的に整っている部類に入るのに、何となく全体的に野暮ったく感じられるのは致し方ないところであろう。
実は、そんな彼女が初めて登城したまさにその日に、道に迷ってしまい途方に暮れていたのを目にして、ついに声をかけてしまったんだけど、こちらの外見がむしろ人間そのままなので、とても魔王とは思わなかったらしく、むしろ『地獄に仏』とばかりに、遠慮会釈なくすがりついてきて、なし崩しに城内をあちこち案内するはめになったのだが、その後で僕が魔王とわかった時の、彼女の平謝りようときたら、もう(失笑)。
……まあ、僕は別に気にしていないんだけどね、人間のお姫様のくせに勇者なんかやっている、がさつで口さがない従妹に言わせると、「ぱっと見、現代日本の『大学生』…………いや、『予備校生』って感じかなw」だそうだから。
そんなこんながあったせいか、彼女とは身分の差を超えて、お互いに親しく接するようになったのだが、彼女の裏表の無い天真爛漫な笑顔には、激務の連続で疲れ切った身と心とを癒やすのに絶大な効果があり、大変ありがたく思っていた。
とはいえ、今はあくまでも公の場であり、特に言葉も交わすことなく、彼女は僕に一礼した後に、他の幹部の給仕へと向かいかけ──
「……うぐうっ⁉」
突然苦しそうに自分の口元を押さえ込んだかと思えば、大量の鮮血を吐き出しながら、その場に倒れ込んだのである。
「──な、何事だ!」
「毒殺か⁉」
「至急、治癒術者を呼べ!」
「侍従長は、全員のお茶の中身を検めよ!」
途端に喧噪に包み込まれる大会議場。
右往左往するばかりの、大幹部たち。
そんな中、このカオス極まる混乱の場を制するかのように鳴り響く、青年の声。
「──静まれ」
別に僕としては、声を荒げたつもりはなく、むしろ静かに釘を刺そうと思っただけだった。
しかし目の前の海千山千の大魔族たちときたら、まるで怒れるドラゴンの咆哮を耳にしたかのような、畏れひれ伏すかのような表情と一変したのである。
……まったく、いい大人たちが、これくらいのことで、慌てふためいたりして。
「侍従長、床に散らばったゴミを、早く片づけてくれ」
「──はっ、お、仰せの通りに!」
慌てふためいて、メイドさんたちとともに、テイーカップやポットの破片を拾い始める侍従長。
「……違う違う、その邪魔っけな死骸が目障りだから、早く処分しろと言っているのですよ?」
一瞬にして、あたかも深い海の底であるかのように、完全に無音となる大会議室。
うん、どうしてみんな、何かおぞましいものを見るかのような目をして、こっちを見ているのだろう?
「あ、あの」
「ああ、どうかしたかい、宰相?」
「あのメイドと陛下とは、仲がよろしかったように、お見受けしていたのですが?」
「うん、生前の彼女とはね。──でも、そこに転がっているのは、ただの死体じゃないか。そんなものがいつまでもあったら、会議を再開できないだろう?」
そう言ってニッコリと微笑んだら、なぜか宰相殿はその場に立ち上がり、文字通りの直立不動となった。
「そ、そうでございますな! こ、これ、侍従長! さっさとその死体を片づけぬか⁉」
「畏まりて、ございます!」
慌てふためいて、メイド服に包まれた死体を運び出していく、侍従やメイドたち。
「ふう、やっと会議の続きができるねえ。──宰相、午後の議題は何だっけ?」
「──はっ、南側国境線を挟んでの、人間国との紛争についてでございます!」
「う〜ん、結構長引いているよね、それって。もう面倒だから、武力で解決しちゃおうか?」
「……ぶ、武力って、陛下がですか?」
「あれえ、傷つくなあ、知謀系の魔王だって、やりようによっては、戦えるんだよ?」
そう言って懐から、粘着性のある液体の入った、小さなガラス瓶を取り出す。
「な、何ですか、それは?」
「いやね、ちょっとした実験中に、偶然生み出した新種の魔物なんだけど、これを南部国境近くの川とか地下水とかに紛れ込ませて、人間国の住人たちに飲み水とともに摂取させると、あ〜ら不思議、たちまち魔物に精神を乗っ取られて、親が子を子が親を、夫が妻を妻が夫を、友が友を、恋人が恋人を、人間の心を残しつつ、食欲に駆られるままに、喰い殺し合うようになるんだよ」
「うえっ⁉ あ、あの、『人間の心を残しつつ』というのは、一体……」
「うん、完全に魔物に乗っ取られるわけではなく、心の片隅には人間である時の記憶や感情を残しているんだけど、それを上回る飢餓感によって、愛する肉親や友と血の涙を流しながら喰い合っていくといった寸法なんだよ。──いやあ、見物だろうねえ、きっとそれ以降、我が魔族国に逆らおうとするような人間は、一人もいなくなるんじゃないかな?」
そのように朗らかに語りかけるものの、なぜか誰一人僕と目を合わせようとはせず、顔色を真っ青に染め上げつつ、うつむいてしまっていた。
「えっ、どうしたの、みんな? 魔族って基本的に、戦が好きなんじゃなかったの?」
「「「いくら戦好きでも、そんなえげつないのは、御免被ります!!!」」」
……なぜか知らないけど、怒鳴られちゃった。
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そのように紆余曲折を経ながらも、午後の会議を続けていたところ、次々と城内での『不審死』の報告が寄せられてきたのであった。
しかもどういうわけだか、その全員が全員とも、最近僕と親しくしていた女性ばかりであって、それを目の当たりにした幹部連中が、僕に、会議はいいから妹のヤミのところに会いに行けと、泣きながら頼み込むものだから、不思議に思いつつも言われるままに、現在こうして最愛の妹の私室の扉の前に立っていたのだ。
「──ヤミ、いるんだろう? 入るよ」
いつものように不用心にも鍵のかかっていない扉を開けると、明かり一つ点いていない、薄暗く広大なる部屋の片隅のベッドに寄りかかるようにして身を預けている、小さな人影が目に入った。
年の頃四、五歳ほどのいまだ少女とも言えない幼く小さな肢体を、ネオゴシック調のシックな漆黒のワンピースドレスに包み込んだ様は、その名の通り『闇』が凝って人形を成したかのようでもあったが、艶やかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、まさしく人形そのものの端整で小作りの顔の中では、黒水晶のごとき双眸が絶え間なく涙を流し続けているために、せっかくの美貌が台無しとなっていた。
ヤミ、一体、何が……。
最愛の妹の思わぬ有り様に、茫然自失となって立ちつくしていると、僕の存在に気づいたヤミが勢いよく立ち上がり、己が身体をぶつけるようにして抱きついてきた。
「──うえーん、お兄ちゃん、ヤミ、寂しかったあああああっ!」
………………………………は?
「さ、寂しかったって、どうして?」
「だってえ、お兄ちゃんてば、ここ最近、会議ばっかりで、私のこと、全然構ってくれないんだもの!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、いかにもすねるようにして、食ってかかってくる、我が妹。
……ああ、可愛いなあ、ヤミってば。泣き顔さえも、こんなにプリティなんて。
「……ごめんね、寂しい思いをさせてしまって。──だから、暇を持て余して、『人形遊び』なんてしていたのかい?」
「──えっ、いや、あれは、その」
なぜか僕の『人形遊び』という言葉を受けて、途端に焦り始める腕の中の幼女。
そうなのである、ベッドのすぐ脇の机の上には、それは大きなこの魔王城そのものを象った模型が置かれており、なぜか女性に限ってだが、城勤めの者たちも、全員人形として配置されていたのだ。
──例えば、最上階の大会議場では、メイド服を来人形が倒れており、大厨房の大釜の湯だった油の中には、下働きの少女が頭から身を突っ込んでいて、城の裏手の庭の大木では、ヤミの家庭教師の女性が首を吊っているといったふうに、先程会議中に報告された、城内の変死した女性たちの姿を完璧に模していた。
「ふうん、よくできているねえ。これ全部、ヤミが作ったのかい?」
「……怒らないの?」
「うん、どうして?」
「だって、その女たち、本当に死んでしまったんでしょう?」
いかにも僕から怒られるのを怯えるかのように、恐る恐る尋ねてくるヤミ。
だから僕は安心させるために、彼女の頭をくしゃくしゃになるほどになで回してあげた。
「……お兄、ちゃん?」
「うん、確かに彼女たちは、死んでしまったよ? ほんと、偶然って、怖いねえ」
「……え」
僕の言葉を聞くや、目を見開き呆然となる妹殿。
──おおっ、ヤミがこんな顔をするなんて、珍しいな。いやあ、眼福眼福♡
「でも、ヤミも、気をつけなくちゃ駄目だよ? おまえの魔導力は人一倍大きくて強いんだから、下手に作用したら、不可能なことでも可能にしかねないしね」
「──う、うん、わかった! これからはちゃんと、気をつけるよ! ……だからお兄ちゃんも、なるべくヤミを一人にしないでね? そうじゃないと、また偶然、魔法を使ってしまうかもよ?」
更にひしと抱きついてくる妹は、すでに満面に笑みをたたえていた。
……やはりヤミには、笑顔がお似合いだな。
この笑顔を守るためだったら、他の女どもが何人死のうが、構うものか。
──だってお兄ちゃんは、愛する妹のためだったら、鬼にでも悪魔にでもなれるのだから。




