第212話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その8)
自他共に認める、この大陸東部一の天才錬金術師兼召喚術士である、僕ことアミール=アルハルは、まさに今、絶体絶命の大ピンチに陥っていた。
『──ふははははは、愚かな冒険者たちよ、ここがお前たちの墓場だ!』
そのように、『お約束』そのままな台詞を宣っているのは、このダンジョンの最下層のボス部屋の主──つまりは、『ラスボス』様だ。
一糸まとわぬしなやかな上半身と、緩やかなウエーブのかかったブロンドのロングヘアに縁取られた、彫りの深い艶麗なる顔の中で鮮血そのままに深紅に煌めく瞳は、まさしく妙齢の美女そのものであったが、腰から下は六本の脚と鋭い棘の付いた長い尻尾を備えた、巨大な毒サソリとなっていた。
とにかく、広大なるボス部屋中を縦横無尽に振り回される、ミスリル銀よりも固いと思われる大きく長い尻尾の威力は絶大で、こちらの攻撃がまったく通らないのはもちろん、その大質量による打撃は、まともに食らえばただの一撃で、命を刈り取られかねなかった。
事実、パーティの仲間たちのうちの僕以外のメンバー──すなわち、剣士に、斧使いに、魔銃士の三人は、今や体力も魔力も限界に達し、武器は刃こぼれし、弾薬も尽き、文字通りの満身創痍の有り様となっていた。
生憎メンバーに治癒師はおらず、ポーションのほうも品切れといった、まさに泣きっ面に蜂といった状況であったが、実はそのためにこそ錬金術師にして召喚術士であるこの僕が、即席助っ人メンバーとして、今この場にいたのである。
「──集合的無意識とのアクセスを申請! 『魔素』の形態情報を取得!」
そのように、僕独自の錬金術と召喚術の合わせ技を発動した途端、前衛三人の武器が修復されるとともに、弾薬やポーションの薬液等も、すべて十分に補填された。
「──ありがてえ!」
「さすがは、名うての『錬金召喚士』様ね!」
「これで、まだまだ闘えるぞ!」
そのように言いながら、三人同時に超回復ポーションをあおれば、みるみるうちに怪我が回復し、全身に力がみなぎっていく。
「さあ! この調子で、ボスのHPを削り取っていくぞ!」
リーダーである剣士の宣言とともに、すでに数十回目となる、戦闘を再開する仲間たち。
……たった今、一体何が起こったかと言うと──否、僕自身が、何をしでかしたかと言うと、実は何と、原則的に何も無い空間から弾薬や薬液を生み出すとともに、剣や斧を完全に修復したのである。
どうして錬金術と召喚術との合わせ技で、そんなことができるのかと言うと、前回までの繰り返しになるが、この剣と魔法のファンタジーワールドにおいては、一見何も無いように思われる空気中においても、各種の魔法の素となるエネルギー体──いわゆる『魔素』が満ちあふれており、魔術師や魔族はそれを火や氷や強風に変えることによって、炎系魔術や氷雪系魔術や飛行系魔術を実現しているのだ。
つまり魔素とは、基本的に形が無いために、『何にでもなることのできる』万能的物質──すなわち、クトゥルフ神話で言うところの不定形暗黒生物『ショゴス』であり、量子論で言うところの『形なき波の状態の量子』のようなものであって、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『情報』が集まっているとされる、いわゆる『集合的無意識』より、あらゆる物体の形態情報を導き出してくることによって、弾薬や薬液等のどのような物体にでも、変化させることができるのだ。
──もちろん、剣や斧も量子によって構成されているゆえに、いったん『波の状態の量子』に還元してから、集合的無意識とアクセスさせて、新品状態の剣や斧の形態情報をインストールすれば、元の新品状態に修復することが可能なのであった。
……こう言うと、いかにも『反則技』そのものだが、別に『絶対無敵』というわけでは無かった。
それというのも、超困難な召喚術はもとより、比較的ポピュラーな錬金術においても、当然のことながら、術者である僕自身の力量に左右されるわけであって、僕が独自の『召喚錬金術』で供給した武器弾薬も、身体能力や魔導力の強化ポーションも、それなりの効果でしかなく、事実、何度仲間たち自身を回復させようが武器弾薬を補充しようが、ボスを倒すどころか、いまだ大したダメージを与えるまでには至らなかったのだ。
……とはいえ、こちらとしては、武器弾薬が無尽蔵に存在していて、怪我や疲労も完全に回復できて、無限に攻撃をし続けることをなし得るのだから、根気よく闘い続けていれば、いつかはラスボスのHPを完全に刈り取ることができるので、後は己の忍耐と時間との勝負でしかなかった。
そうなると堪ったものではないのが当然のごとく、当の討伐対象のラスボスさんで、自分からの攻撃はすべて無効化される一方で、僕らからの攻撃による損傷やダメージや疲労はどんどんと蓄積していくばかりで、文字通り『じり貧』の状態であった。
……それを打開するための、『唯一の策』といえば、もちろんのこと──
「──危ない、アミール!」
激烈な前衛三人の猛攻の隙をついて、一人後方にて支援魔法をかけ続けていた僕へと向かって、大きく口を開け広げ、魔法生物である魔物の切り札たる、人呼んで『魔導砲』をぶちかます、サソリ女型ラスボス。
「──くっ!」
咄嗟に周囲の魔素を魔導障壁に変換させて、どうにか直撃は避け得たものの、勢いそのものは殺すことはできず、そのまま吹っ飛ばされて、ボス部屋の石造りの壁面へとしこたま叩きつけられる。
「アミール⁉」
パーティリーダーの剣士が血相を変えて、再び僕の名前を叫んだ。
「……僕のことはいいから、今は闘いに集中してくれ。連携を崩してしまうと、相手の思うつぼだぞ? このくらいのダメージくらい、すぐに自分で『修復』するから、心配するな。君たちのサポートは、微塵も疎かにしないよ」
「俺たちのことなんかよりも、もっと自分を大切にしろ! ……なぜだ、なぜなんだ、なぜそこまで俺たちなんぞに、尽くしてくれるんだ⁉」
僕の我が身を省みない献身ぶりに、涙さえ浮かべながら問いかける、リーダー殿。
それに対して微笑みをたたえて、あっさりと答えを返す、錬金術師兼召喚術士。
「何を言っているんだ、当然のことじゃないか? 大陸最強のヒノモト帝国や聖レーン転生教団から追われて、この世界において行き場がまったく無かった僕を、何も言わずに温かく迎え入れてくれて、こうして仲間として認めてもらえて。この恩義を返そうとはしなかったら、もはや人間じゃないよ!」
「だから、そんなことなんか気にするなって、言っているんだよ⁉ 我々冒険者ギルドは、何よりも『自由』を尊んでいるのであって、帝国や教団の権力なんて微塵も及ばないんだ。同じ冒険を志す人間は、みんな無条件で仲間なんだよ!」
──うぐっ!
何と純真無垢で、清らかな瞳をしているんだ⁉
僕みたいな心身共に薄汚れたクソ野郎なんかに、全面的に信頼を寄せてくれるなんて。
これは何としても、恩義に報いなくては!
よし、ここは、これまで使ったことのない『奥の手』を、万難を排して使うことにしよう!
「──集合的無意識とのアクセスを申請! 対象、サソリ女型モンスター!」




