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第21話、『妖女ちゃん♡戦記』思い出を埋める時。

「──そんなところで、何をしているんだい、ヤミ?」




 久方ぶりに魔王城の裏庭にぽつんと所在する、今や誰も世話をしていないと思われる、長年放置されっぱなしの花壇へと赴けば、その真ん前に、当代の魔王たる、僕ことユージン=アカシア=ルナティックの最愛の妹のヤミが、地べたにしゃがみ込んで、何かを埋めていた。




「あ、お兄ちゃん♡」

 おもむろに振り向くや、そのままとてとてと駆け寄ってきて、僕の足下に抱きついてくる矮躯。

 年の頃は四、五歳ほどか、いまだ少女とも言えない幼く小さな肢体を、現代日本においてはネオゴシックと呼ばれる、シックな漆黒のワンピースドレスに包み込み、つややかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、まさしく人形そのものの端整で小作りの顔の中では、黒水晶の瞳がとてつもなく愛らしく煌めいていた。


 ──ヤミ=アカシア=ルナティック。


 この城のあるじである、この僕の、実の妹。


 抱き上げて目線を合わせると、輝くような天真爛漫な笑みを浮かべた。


 こういったところも、まだまだ子供だが、僕と同じく隣の王国の姫君であった今は亡き母上の、人間ひととしての血を引いているとはいえ、時たま僕に見せるとても年端もいかない妹とは思えない妖艶さは、やはり魔王の直系の血筋であることを、まざまざと思い知らされた。

 ……いや、いまだ少女と呼ぶよりも幼女と言ったほうがふさわしい妹に、女の色香なんかを感じてしまう僕のほうこそに、むしろ問題があるのだが。


 ──はは、そうだよなあ。()()()()()()、それとなく()()()()()()()()()()()()()()()のなら別だけど、そんなことあるわけないし。


「……お、お兄ちゃん、ど、どうしたの? 私のほうを、そんなに熱っぽく見つめたりしてえ?(──に、妊娠しちゃうじゃ、ありませんか♡♡♡)」

「え? あ、ああ、ごめんごめん、ちょっと考え事に熱中してしまっていたよ。──それよりも、花壇に一体何を埋めていたんだい?」

 ちょうど僕がここに来た時点で、埋め終わってしまったようで、今や花壇の表面は、一部だけ土の色が変わって見えるだけであった。

 四、五歳ほどの女の子の花壇遊びなのだから、大したものを埋めてはいないようでもあるものの、実は歴代武闘派魔王を遙かに凌ぐ、膨大なる魔導力をその身に秘めているヤミならば、巨体タイプのモンスターを単独で仕留めて、土魔法を操って大穴を開けて、その死骸を埋めることなぞ、全過程合わせても三分足らずでやりおおせることが十分に可能であったのだ。

 よって、今ここに埋められたものが、どんなにとんでもない代物であっても、驚くに値しなかったのである。

 ──だがしかし、目の前の妹の花の蕾の唇から発せられたのは、思いも寄らない言葉であった。




「……私が埋めたのは、そうねえ、『思い出』とでも言っても、構わないかしら?」




 …………は?

「てっきり、魔物かなんかと思っていたんだけど、何だい、『思い出』って。何かの言葉遊びなのかい?」

「魔物……かあ。うん、ある意味、魔物の一種(ひとつ)かもね」


 ……やれやれ、小さいとはいえ、やっぱり女なんだねえ。


「思い出を埋めた」とか、「思い出も魔物の一種(ひとつ)かも」なんて、何とも詩的なことを言い出したりして。

「女と言えば…………そうそう、思い出した、ここって昔、僕がまだ小さい頃によく、家庭教師の女の先生と、一緒に来ていたことがあるんだよ」


「………へえ、そんなことが、あったのお? ()()先生とねえ」


 あれ? 何だか急に、機嫌が悪くなったみたいだぞ?

 まあ、いいか、何だか興味深く聞き耳を立てているのは間違いないようだから、話を続けよう。

「子供心に、『将来は先生みたいな、素敵な女性と結婚したいものですね♡』なんて、冗談半分に言ったことがあるんだけど、なぜだか急に目の色を変えて、『今の本当ですか⁉ 嘘ついたら許しませんよ! なぜか都合良く婚姻届を持参しておりますので、この欄に血判を押してください!』などと、マジに迫ってきたから怖くなって、『今のナシナシ!』と言って逃げ出したんだけど、あれも先生なりに、何かと他人に対して心を閉ざしがちだった僕に対する、冗談だったんだろうねえ」

「──っ。……そんなことが。だから()()()、今更ここに顔を出したりして、世迷い言をほざきやがったのですね」

「うん? 何て言ったんだい、よく聞こえなかったんだけど?」

「あ、うん、別に、ただの独り言よ!」

「ふうん、そうかい? ……それにしても、何とも愉快な、先生だったなあ。授業中はとにかく真面目一本槍なんだけど、なぜか休み時間になると、どう反応したらいいのか困る微妙な冗談を言ったり、やけに僕にスキンシップしてきたりしてねえ」

「………へえ、そんなことが、あったのお?(くそう、あのビッチ、スキンシップだとお? やはり死ぬ前に、後数十倍ほど、痛い目にあわせてやれば良かった)」

 僕が感慨深く、幼き日々を思い出していると、またしても小声で何事かつぶやいている妹殿。

 どうしたんだろう、僕の思い出話って、そんなに面白くないのかなあ。

「お兄ちゃん! そのビッチ──もとい、先生との思い出話が他にもあるのなら、全部教えて!」

 あ、あれ? やはり、別に興味が無いわけでもなさそうだけど……。

 とにもかくにも愛する妹のリクエスト通りに、思いつくだけの昔話を語ってやれば、なぜか彼女の表情はどんどんと、さも不快そうに歪んでいくばかりであった…………あれえ?

「でも懐かしいなあ、先生って今頃、何をしているのかなあ」

「お兄ちゃんから聞いた話から想像するに、今頃その人は、婚期を完全に逸しておきながら、恋人どころか男友達の一人もおらず、焦りに焦った挙げ句に、昔家庭教師をやっている時分に、自分に結婚話を持ちかけてきた男の子がいたことを思い出して、しかもその子が今や若き君主になっていることを知って、恥も外聞も無く玉の輿に乗りに来たところ、君主の肉親から力尽くで撃退されていたりしてね♡」

「何だいその、異様に具体的で詳細な、作り話は? あの先生が、そんな軽はずみなことを、するはずがないじゃないか?」

 …………うん、ヤミに昔話を話している時に、まざまざと思い出したんだけど、結構やりそうだったよな、あの先生って、とても信じられないような、軽はずみなことを。


 そんななか、妹のあたかも小ぶりの桃のようなほっぺたに、赤黒い液体が付着しているのに気がついた。


「──あれ、ヤミ、こんなところに血がついているよ?」

「え? あ、ああ、さっき埋めた、魔物のものかな?」

 そう言って、こちらが止める暇もなく、ペロリと血糊を舐め取ってしまう。


 それこそ鮮血のごとき、真っ赤な唇から覗く、同じく真っ赤な小さな舌先。


 その仕草がまたしても、いかにも魔王の娘らしき淫靡さをかもし出して、思わず目をそらす実の兄。

 そんな己の淫らな心を悟られまいと、僕は思いつくままに、いかにもたわいない言葉を口にする。

「へえ、ヤミが手こずるなんて、そんなに手強い魔物だったのかい?」

 しかしその途端、仮にも当代の魔王である僕が、思わずぞっとするような、昏い笑みを浮かべる、目の前の幼女。


「ええ、手強かったわ。何せ、あれほど狡猾でしたたかな魔物も、他にはいないでしょうからね」


 そしてあたかも『怨敵』をみるような視線を、花壇へと向ける、幼き魔族の少女。




 なぜかそれが、あたかも自分の『同族』に向けるがごとく、微妙な感情に彩られているように見えたのは、僕の気のせいだろうか。




「──本当に怖いったらありゃしない、特に『女』という名の魔物はね」




 最後に、またもや何かをつぶやいているようであったが、突然の突風にかき消されて、僕の耳に届くことはなかったのである。

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