第208話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その4)
「……はあ? 君が、『あちらの世界』のかつての第二次世界大戦当時の、ダイニッポン帝国海軍所属の駆逐艦の『転生体』だって?」
──満天の、星空の下。
最後に残された秘密研究室で、自分の命運を賭けた『召喚術』を行っていたところ、追っ手である帝国兵と聖レーン転生教団所属の魔術師の急襲を受けた僕こと、非合法の召喚術士アミール=アルハルであったが、超高度科学文明世界の『ニッポン』から召喚した10歳ほどの少女が、何と身体の一部を大砲の砲門へと変化させて、追っ手たちを研究所ごと吹き飛ばし、どうにか事無きを得たのであった。
ただし、同時に僕自身も最後のアジトを失ったわけであり、新たな追っ手がかからぬうちにと、急ぎ逃避行を開始して、現在はこうして帝国の権力の届かぬ勢力圏を目指して、歩きに歩き、歩き疲れた結果、野宿を行っているという次第であった。
……ちなみに、現在暖をとるために燃やしているたき火を挟んで正面に座っている、十歳ほどの少女──僕自身が召喚した、自称『ダイニッポン帝国海軍所属一等駆逐艦夕雲型、19番艦清霜』であるが、もちろん召還時の素っ裸のままではなく、簡素ではあるもののそれなりに清楚で愛らしい、漆黒のワンピースを身に着けていた。
世間を欺く隠密行動をしている最中に、結構いい歳した男子が『幼女の衣服』を用立てるといった、下手すると『事案発生』待ったなしの無謀なる行為を、どうやって成し遂げたかというと、ただ単にお得意の、召喚術と錬金術を活用しただけであった。
今回清霜──通称『キヨ』自身が大暴れしたために、木っ端微塵になってしまった研究室の石片や木片等の廃材を、錬金術的に『加工』してもよかったのだが、どうせならと、僕独自の『錬金術と召喚術とのハイブリッド』術式を使うことにした。
──まず最初に錬金術によって、廃材を不定形暗黒生物『ショゴス』に変換しておいて、続いて召喚術によって、他の世界から(下着も含む)女の子の衣服一式の『情報』を転生させて、メタモルフォーゼさせるといった次第であった。
……単なる木石からなる廃材を、いかにしてショゴスにするのかというと、大きく分けて二つのやり方があった。
一つは、召喚術を使って、廃材を集合的無意識とアクセスさせて、ショゴスの基本データをインストールして、すべての木石の構成情報を分子レベルで書き換えるというやり方だ。
これは召喚術のみしかマスターしていない者にとっては、唯一の方法となるが、錬金術をもマスターしているのなら、最初の『ショゴスのデータのインストール』を簡便化することができるのであり、これが第二のやり方である。
それというのも、『あちらの世界』の現代物理学の中核をなす量子論に則れば、森羅万象すべての物質は、不定形なショゴスで構成されているようなものだからである。
すなわち、万物を構成している物理量の最小単位である『量子』が、何とショゴスそのものだと言っても過言ではなかったのだ。
量子というものは、常に『形ある粒子』と『形なき波』との相反する二つの性質を同時に有しているゆえに、常態としての形や位置が決定していない、いわゆる『確率的存在』なのであるが、それはまさに『形や位置が不定形』であるという、ショゴスそのものであり、量子論に則れば、ほんの一瞬後にも木石からなる廃材が、新品の女児用の衣服に成り変わったり、幼い女の子の右腕が、駆逐艦の砲門へとメタモルフォーゼすることだって、十分あり得ることになるのだ。
……とは言っても、これは、「論理上、そういう可能性があり得る」とだけの話で、量子論に則りさえすれば、ファンタジーそのものの超常現象が当たり前のようにして、極常識的な物理法則によって完全に支配されている、『ゲンダイニッポン』において実現されるわけではなかった。
──それに対して、基本的に剣と魔法のファンタジーワールドである、この世界においては、事情が大きく異なってくるのだ。
ゲンダイニッポン人の感覚からすれば、ほとんど『魔法』同然である、この世界独特の『錬金術』を使えば、本来ならその存在形態や位置を激変させることの無い、すべての物質の物理量の最小単位である量子を、一時的にショゴスそのままに変幻自在の状態にすることすらも、十分可能なのである。
このやり方だと、いちいち廃材や女の子の身体をショゴス(=形のない波の状態の量子)に還元する工程において、必要なデータをインストールするプロセスが省かれるので、全工程のうち集合的無意識とアクセスするのが一度で済み、『儀式』の簡素化が可能となった。
……以上の点を踏まえて、そろそろ本題に戻ることにしよう。
「まあ、最強の存在を召喚しようとして、こちらの容れ物である魔法物質に、かつての第二次世界大戦中の駆逐艦の艦歴が転生されたことに関しては、納得しよう。事実、帝国兵と教団の魔術師を、瞬殺できたんだからね。──だけど、」
そこで一区切り入れるや、首を傾げて続きを待つ『キヨ』に向かって、
僕は、殊更語気を強めて、言い放った。
「──何でその、この世界において最強と言っても過言ではない軍艦が、まさしく君のような、『幼い女の子』の姿をしているんだよ⁉」
言った。
ついに言ってしまった。
この世にとっての、絶対の真理を。
ある種の業界においては、絶対に言ってはならない、究極のNGワードを。
──さあ、お嬢さん、そこのところを、どう答えてくれるのかなあ⁉
「……え、それは、あなた方『提督』が、そう望んだからでしょう?」
──最悪最凶の、答えが、返ってきたあああああああああああああっ⁉




