第207話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その3)
「……ええと、もしかしたらこの、いかにも幼くてちっこい娘こそが、僕が秘術を用いて召喚した、『最強の存在』なわけ?」
思わず口をついて出てしまうと、茫然自失のつぶやき声。
その瞬間、少女の瞳にいきなり輝きが生じて、身体全体で僕のほうへと向き直った。
『──認証モード、起動。目の前の高等知生体を、「司令官」と確認』
「え、え、何この、まるでホムンクルスやゴーレムがしゃべっているような、『人工的な声音』は⁉」
「……失礼いたしました、ただ今より、標準モードに移行いたします」
あ、あれ? 急になめらかな語調に、切り替わったぞ?
「司令官、私は、通称『キヨ』と申します。個体識別名は少々長いので、普段はこの『キヨ』とお呼びください」
「あ、ああ、これはご丁寧に、僕は召喚術士をやっております、アミール=アルハルと申します…………じゃなくて! ちょっと待ってくれよ⁉」
「はい、どうかいたしましたか?」
「どうかも何かも無いよ、僕は『最強の存在』を召喚したはずなんだぞ? なのに、どうして君のような幼い女の子の情報が、転生されてくるんだよ⁉」
そうなのである、容れ物であるショゴスが物理的にどういった形に形成されるかは、あくまでもインストールされる情報によって決定するのだ。
「……それは、申し訳ございません。私なぞはとても、『最強』とは申せないでしょう。──師匠の『ムサシ』様ならば、ともかくとして」
「そうだよなあ、ゲンダイニッポンでお馴染みの三流Web小説でもあるまいし、幼女の姿をしていて世界最強であるなんて、常識的にあるはずは………あ、いや、待てよ。君今、『ムサシ』とかって、言わなかったかな?」
「ええ、私のお師匠様であり、憧れの存在であって、間違いなく『最強の存在』であられる方なのです」
『あちらの世界』で、『ムサシ』と言えば、かの高名なる剣豪の、『宮本武蔵』ってことか?
確かに、そのお弟子さんともなると、たとえ見かけ上幼女とはいえ、かなりの手練れであることは期待できるぞ。
「……そのムサシさんて、『武士』の武に、『蔵書』の蔵って、書くやつか?」
「はい、そうです」
やっぱり!
でも、ニッポンの大昔の武芸者(の弟子)が、この剣と魔法のファンタジーワールドで、どれ程の脅威になり得るかは、ちょっと疑問だよなあ。
自分の運命を左右する大切な儀式の、あまりに予想外の結果に、僕が完全に大混乱に陥っていた、まさにその時。
「……くくくくく、不用心ですなあ。いくら強固な結界を幾重も張り巡らせて、我々の目を欺こうとしても、召喚の儀式を行ってしまったんじゃ、集合的無意識を管理している我が教団に、居場所を見つけてくれと言わんばかりではありませんかあ?」
突如、さして広くは無い研究室に響き渡る、いかにも皮肉っぽい声。
慌てて振り向けば、隠れ家の入り口には、背後に屈強な帝国兵を五、六名ほど従えた、痩せぎすで長身の黒衣の聖職者が立ちはだかっていた。
「聖レーン転生教団……ッ」
「はい、私異端審問第二部に所属しておりまして、あなた様のような違法召喚術士を捕縛して、処刑場にお送りいたすことを、使命としております」
「な、何が、違法だ、おまえら教団や帝国こそ、召喚術を独占しているくせに!」
「おや、ここで教団侮辱罪として、即刻死刑にしても構わないのですが?」
「くっ、どこまでも腐った奴等めが。──ふん、しかし、一足遅かったな! もうこっちの召喚術は、成功しているんだからな!」
「な、何? つまりは、ゲンダイニッポンからの転生を、実行したわけですか! どんなチートスキルの持ち主を、召喚したのです⁉」
「驚くなよ、かの剣豪宮本武蔵の愛弟子だ、まずは物理でおまえらを排除してくれる! 行け、『キヨ』!」
「なっ⁉ 宮本武蔵の愛弟子だと⁉ ……………………………………もしかして、その子がですか?」
あ、あれ、追っ手の皆様が、何か『うろんなもの』を見るような、侮蔑の表情に変わられたぞ?
「……まったく、もはや自分の運命に絶望して、ヤケになって召喚術を使って、最後にそのような穢れ無き幼子に対して、己の欲望をぶつけようとするとは、恥を知りなさい! あなたは召喚術士である以前に、人間として失格です!」
なぜだろう、悪の帝国の手先であるはずの相手から、普通に聖職者として怒られてしまったぞ。
ふと、自分の真横に立っている、ゲンダイニッポンからの転生者のほうへと、視線を向けてみた。
すると、年端もいかない幼女が、真っ裸で直立していた。
……うん、完全に、『事案発生』の、状況ですね☆
「──いやいやいや、待って待って待って! 本当だから、この子こそが、たった今僕が召喚した、おまえら帝国の手先を倒すための、『最強の存在』だから!」
「……どこまでも、見苦しい。もはやこれ以上たわ言を聞かされたら、耳が腐れてしまいます! 騎士殿、とっとと処分なさってください!」
「「「はっ!」」」
「お願い! 闘うのは構わないけど、まずは話を聞いてえ!」
しかし、僕の必死の弁明に耳を貸すこと無く、どんどんと迫りくる帝国兵たち。
くそっ、こんな誤解を受けたまま、殺されて堪るか!
「おいっ、お前も剣豪の弟子だったら、あいつらくらいひねり潰してくれよ!」
もはやなりふり構わずに、幼女へと助けを乞う、情けないにもほどがある、自他共に認める凄腕の召喚術士。
「司令官? 何やら先程から、誤解なされているようですが、私は別に、剣豪の弟子なんかではありませんよ?」
「な、何⁉」
「それに私は基本的に、あのような対人戦闘を専門にしておられる方々に対抗するようには、造られていないのですが?」
……はい、知っていました。
普通、裸の少女が、完全武装の騎士を相手にして、闘ったりできるわけ無いよねえ。そんなのは、ゲンダイニッポンの三流Web小説だけの(ry
「──ああ、もういい! お前の作成目的とか基本性能とか知るか! とにかく逃げるなり闘うなり、全力を発揮しろ! これは司令官としての『命令』だ!」
『──サー・イエス・サー。司令官よりの命令を受諾、これより「戦闘モード」に移行いたします』
……あ、あれ、また『人工的な声音』に、なりやがったぞ?
『──集合的無意識との接続を、開始!』
『──「キヨシモ」の戦闘データ及び、艦艇構造データ、入力開始!』
『──主砲、発射準備、開始!』
……な、何だ、『アレ』は⁉
何とその時、少女の華奢な右腕が、禍々しい火砲の砲門へと、メタモルフォーゼしていったのである。
あまりの事態の展開に、誰も彼もが呆然と立ちつくす中で、これまで一切感情を表すことの無かった少女が、おもむろに微笑んだ。
それはまるで、天使や妖精のごとく、この上もなく清らかでありながら、地獄の悪鬼そのままに、とてつもなく禍々しくも見えたのである。
『──主砲、発射!』
次の瞬間、薄手のローブのみをまとっていた教団の魔術師はもちろん、重装備の帝国兵はおろか、アジトそのものが吹き飛んだのであった。
幸い、一瞬にしてすべてが破壊されてしまったから、火災等の二次災害が起こることは無かったが、周囲一帯が瓦礫や木材によって埋め尽くされてしまい、もはやこの世の有り様とは思えないほどであった。
ここが人里離れた森の中だったから良かったものの、人家の密集地帯であれば、飛び散る瓦礫や木片とによって、どれ程の人的かつ物的な被害が出たものか。
──ただし、僕と『キヨ』だけは、まったくの無傷であったが。
「……ふう、咄嗟の判断で魔術障壁を張り巡らせて、事無きを得たけど、一秒でも遅れていたら、お陀仏だったぞ⁉」
「──だから申したではありませんか、私は基本的に、『対人戦闘』については、専門外であると」
この大惨事を招いた当のご本人のほうは、相変わらず泰然とした表情を崩すことなく、まったく同じ場所でたたずんでいた。
いや、あれ程の火力をぶっ放しておきながら、何でこんなちっこい身体が、反動で移動したりしないんだよ⁉
「お、お前、一体、何者なんだ! 長くても構わないから、正式な個体識別名とやらを言ってみろ!」
果たして、僕は、一体、
どんな『化物』を、召喚してしまったと言うのだ⁉
するとその少女は、真っ裸のままで、直立不動の体勢となり、厳かに宣った。
「──はっ、司令官。わたくしめは、かつて大日本帝国海軍に所属しておりました、一等駆逐艦夕雲型の19番艦、個体名『清霜』であります!」
……何……だっ……てえ……。




