第206話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その2)
「……ついに、この時がきたぞ」
草木も眠る丑三つ時の某所にて、僕こと、この大陸きっての召喚術士兼錬金術師のアミール=アルハルは、自作の生体人工頭脳に接続された、巨大な石棺を見上げながら独り言ちた。
「この人里離れた森の奥に密かに設けられている最後のアジトには、幾重にも結界を施しているから、そう易々と見つかることは無いはずだが、相手が高位の魔導士ともなれば、絶対に安全とは言えない。僕のような野良召喚術士に、それほどの追っ手がかかるとは思えないけど、油断は禁物だ、早く『儀式』を終わらせよう!」
そう、これは、大切な大切な『儀式』なのだ。
──なぜなら、その成否に文字通り、僕自身の『命運』が、かかっているのだから。
この剣と魔法のファンタジーワールドよりも、科学技術等が格段に進歩しているゲンダイニッポンからの、『異世界転生者』を大勢召喚することによって、世界全体の文明レベルを大幅に底上げするとともに、強大なる軍事帝国『ヒノモト』によって広大なる大陸東部が統一されたのを期して、いろいろと弊害も少なくない、異世界からの人や物の召喚を絶対的に禁止する、『アンチ転生法』が制定されたのであるが、実はこれは実質的に、ゲンダイニッポンからの恩恵を帝国上層部だけで独占するためのものであって、『アンチ転生法』の網をくぐり抜けて独自に召喚を行い続けている、僕のような個人的な召喚術士たちは、帝国にとっては邪魔者以外の何物でも無く、『アンチ転生法』を笠に着て、『召喚術士であることが判明次第、問答無用で処刑する』などといった、いわゆる『魔女狩り』そのものの狂気の沙汰と相成ってしまったのだ。
身の危険を感じた僕は、すぐさま帝国を逃げ出したのだが、帝国兵と、皇帝の下で公的に召喚術を司っている、聖レーン転生教団から派遣された魔導師からなる、異端者狩り専門の追っ手が執拗に追ってきて、もはやその運命は風前の灯火ともなっていた。
そこでいっそのこと、「攻撃こそ最大の防御」とでも言わんばかりに、こちらから打って出ることにしたのである。
具体的に言えば、けして帝国お抱えの公的召喚術士にも負けない、類い稀なる召喚術の才能をフルに活用して、どんな追っ手でも返り討ちにすることのできる、誰もが認める『最強の存在』を、ゲンダイニッポンから転生させることにしたのだ。
「……とはいえ、『あちらの世界』の物理法則に則れば、物質を丸ごとそのままこの世界に移行させる、いわゆる『異世界転移』なんてものは絶対に不可能だから、人間の『記憶』や『知識』や、電子頭脳やホムンクルスの『データ』等の、いわゆる『情報体』しか、『転生』という形で持ち込めないから、こちらでそれらを受け容れる『容れ物』を造らなければならないんだけどね」
──そしてまさしく、召喚術士兼錬金術師としては、この『容れ物づくり』こそが、腕の見せ所であり、また、自分の運命を決定づけるものとなるのだ。
なぜなら、こちらの世界側が用意する容れ物は、基本的に不定形暗黒生物『ショゴス』によって形成されることになるので、ゲンダイニッポンから転生してくる『情報』次第では、どのようなものにでも変身することができるのだから、僕の召喚術士としての力によって、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくるとされている、いわゆる『集合的無意識』から引き出すことのできる『情報』のランクが決まり、より高度な情報を『容れ物』に転生させることができれば、結果的に強力な『転生者』を手に入れることが可能となるのだ。
もちろんそれは、『容れ物』の材質にも左右されるわけで、ただ単に素のショゴスのみの状態のままにしておかず、『ミスリル銀』や『オリハルコン』等の、ファンタジーワールドならではの魔法物質をふんだんに付け加えれば、物理的にも魔法的にも、それだけ強力な『転生者』を実現できるといった次第であった。
僕自身も、現在入手し得る最高の材料を用いて『容れ物』をこしらえて、この秘密研究所の巨大な石棺の中に安置して、まさにこれから召喚の儀式に臨まんとしているところであった。
「──ありとあらゆる世界の転生を司っておられる、『なろうの女神』様、我が願いを、どうぞ叶えたまえ!」
そのように大声で祈願するとともに、生体人工頭脳のスイッチを入れるや、ついに異世界転生の儀式が始まった。
『──集合的無意識とのアクセスを確認、現在、与えられた条件に基づく「最強」の存在をサーチ中。──発見。当該対象物の「制御システム」の、転生処理を開始』
『──残り時間、30分』
『──残り時間、25分』
『──残り時間、20分』
『──残り時間、15分』
『──残り時間、5分』
──っ。もうすぐだ!
『──残り時間、45分』
「────うおいっ、どういうことだ、それは⁉ 何で残り時間が、いきなり増えたりするんだよ!」
『──そういうものだよ。新規インストール作業は、焦りは禁物だぞ?』
「しかも、どうしていきなり、ガイド音声が、人間ぽくなるわけ⁉」
『(無視)──残り時間、30分』
『──残り時間、20分』
『──残り時間、10分』
「……今度は、大丈夫なんだろうなあ?」
『任せておけ。──残り時間、5分』
『──残り時間、4分』
『──残り時間、3分』
『──残り時間、2分』
『──残り時間、1分』
『──残り時間、30秒』
『──残り時間、20秒』
『──10、9、8、7、6、5、4、3、2、1』
『──0! 転生、終了!』
──‼ やった、今度こそ、成功だ!
僕は喜び勇んで、石棺の蓋を開け放った。
「……………………………………は?」
一瞬我を失い、無意識に漏れいずる、間抜けな声。
それも、当然であろう。
──何とそこに、身を丸めるようにして横たわっていたのは、年の頃十歳ほどの、幼い全裸の少女だったのである。
あたかも初雪のごとき純白の矮躯を包み込む、漆黒の絹糸のような長い髪の毛と、日本人形そのままの端整な小顔の中で鈍く煌めいている、まったく生気の見られない黒水晶の瞳。
「……ええと、もしかしたらこれが、僕が秘術を用いて召喚した、『最強の存在』なわけ?」
思わず口をついて出てしまう、茫然自失のつぶやき声。
その瞬間、少女の瞳がいきなり輝きを宿して、身体全体で僕のほうへと向き直った。
『──認証モード、発動。目の前の高等知生体を、「司令官」と確認』
それはとても、その可憐な容姿にはそぐわない、あたかもホムンクルスやゴーレムがしゃべっているかのような、いかにも人工的な声音であった。




