第20話、俺の中の悪魔がささやく、第六天の魔王になれと。(その8)
「いやいや、どうか、お間違いなく! これまでの騒動に関しては、我々教団が、すべてを仕組んだ──と、いうわけではないのですよ⁉」
今回の、ゲームとしての『異世界人の頭の中で、「織田信長」としてアドバイスを与えることによって、見事英雄として成り上がらせてみよう!』──の実現方法を、事細かに説明して差し上げたところ、聖レーン転生教団とその首席司祭である私に対して、すっかり疑惑の念を抱かれてしまっておられる、アレク=サンダース大王陛下に向かって、慌てて誤解を訂正する。
「……間違えるも何も、今回の件に対して、世界や時代そのものをも超越して、あれだけ深く関与している教団こそが、すべての黒幕以外の、何物だと言うつもりなのだ?」
「そ、それは確かに、この世界における『お膳立て』のほとんどは、教団のほうで行いましたけど、我々だって、中には強力な魔導力の持ち主がいるとはいえ、基本的には『ただの人間』でしかないんですよ? この世界にとっては異世界である、現代日本に存在しているゲーマーたちを、集合的無意識に強制的にアクセスさせることなんて、できるはずがないではありませんか?」
「む、そうなのか?」
「そりゃ、そうですよ! できるとしたら『召喚術』で、こちらの世界に『勇者召喚』することくらいですが、実はこれって、あくまでもこちらの世界の人間に、集合的無意識を介して、『現代日本人の記憶や知識』をインストールしているだけってのは、これまでに述べました通りですし、本当にこの世界に現代日本人を、物理的あるいは精神的に、異世界転生や転移をさせているわけではないんですからね」
「……ううむ、確かになあ、そもそも人間ごときの力のみで、他の世界に干渉したりできるはずもないか。──そうすると、『人間を超越した何者か』こそが、真の黒幕ということか、一体何者なのじゃ?」
「ちゃらり〜ん♪ ここで問題です! 異世界転生系の物語の冒頭部において、ほとんど必ずと言っていいほど登場する、超越的存在とは、何でしょうか?」
「──そうか、『女神』か!」
「ピンポーン♫ 正解です! 何せ我が聖レーン転生教団の御本尊たる、『なろうの女神』様であれば、あらゆる世界におけるあらゆる異世界転生を、意のままに司ることがおできになるのですから、現代日本のゲーマーたちを集合的無意識に強制的にアクセスさせて、擬似的な異世界転生状態にすることくらい、朝飯前でありましょう」
「……『なろうの女神』、か。神を名乗っているものの、本当に人類にとっての『救世主』なのか、それとも本当は『悪魔』なのか。何せ、希代のトリックスターでもあり、単なる暇つぶしのためだけに、一個人どころか、世界そのものの運命を狂わせることすらも、厭わないと言うからな」
「ちょっ、仮にも教団の御本尊であられるというのに、言いたい放題言わないでくださいよ。『なろうの女神』原理主義者の巣窟、『なろうの女神たん♡ファンクラブ』の連中に聞かれたら、命がいくつあっても足りませんよ⁉」
「何じゃその、『なろうの女神たん♡ファンクラブ』って?」
「そういうのが、教団内にあるんですよ、下は一介のシスターから、上は教皇聖下ご自身までを、正式会員として」
「……本当に大丈夫なのか、聖レーン転生教団は?」
「大丈夫です! 一応、自分のところの御本尊を、崇め奉っているだけですから! 少々ストーカーっぽくて、私自身もほんのちょっぴり、ヤバイかと思っておりますけど!」
ここに来て、少々悪乗りした会話を繰り広げるものの、すぐにどこか憂鬱な表情に戻ってしまい、ぽつりとつぶやく大王様。
「ふっ、結局すべては、『なろうの女神』の手のひらの上だったわけか。──いやむしろ、この世界や現代日本すらも含めて、すべての世界が、彼女にとっては最初から、すべてを意のままにできる、ゲームやWeb小説みたいなものなのかも知れぬのう」
その時の彼の表情は、大陸南部の覇者の面影なぞ微塵もなく、ただの諦念に駆られた老人にしか見えなかった。
だから私はその時あえて、心からの本音の言葉で語りかけたのである。
「『それがどうした』んですか? たとえこの世界そのものが、ゲームだろうが小説だろうが、構わないではありませんか? あなたご自身がおっしゃったのですよ? たとえ現代日本人にとっては単なるゲームであろうが、ここでこうして生きている我々にとっては、この世界こそが唯一絶対の『現実世界』であるんだって」
「──‼」
私の言葉を聞いた途端、文字通り『憑き物が落ちた』かのようにして、再び瞳の中に力強い意志の光を灯す、『生ける伝説』殿。
「……そうか、そうじゃったな、わしとしたことが、つまらない弱音を吐いたものだ」
「いえいえ、うちの御本尊様が、大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げる私に向かって、もはやわだかまりなぞわずかにも窺えない、会心の笑顔で宣う大王様。
「何の、前にも言ったが、その『なろうの女神』の世界や時代を超越した『ちょっかい』があったからこそ、こうしてわしは己が信念を貫くことができたのじゃ。──それに、昔から言うじゃろう? 神様というものは己が見込んだ者にこそ、困難な試練を与えたがると。わしも、やっかい極まりないものの、この上なき尊き女神様に見込まれたと思って、せいぜい感謝してやることにするかのう」




