第190話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その51)
僕が、剣と魔法のファンタジーワールドであるヨシュモンド王国において、「ありとあらゆる世界を夢見ながら眠り続けてる」と言われている、黄龍の力を一気に解放した途端、
──文字通り、『世界が一変』、した。
「……あれ?」
「ここは?」
「私たち、一体……」
現代日本の東京都の住宅街の一角にそびえ立つ、セレブ御用達の高層マンションの一室の、二十畳ほどもある広大なる和室における、即席の『将棋の対局場』にて、文字通りに夢現のままに、呆けた表情でうわごとのようにつぶやく、三名の男女。
一人は、この『豪邸』の家主であり、僕の将棋の師匠でもある、彫りが深く精悍な顔もダンディな三十絡みの美丈夫、黒縄戯竜王。
また、唯一の人間の女性として、これまた当代の扶桑桜花という、将棋界きっての大人気女流棋士にして、花も恥じらう現役美少女JKの、零条安久谷嬢。
そして、見かけ上は年端もいかない愛らしい幼女でありながら、その正体は将棋連盟がソフトハウスと共に開発に成功した、将棋解析アプリの擬人化アンドロイド、JSA歩ノ001号──通称『アユミちゃん』。
そんな彼ら彼女らがなぜだか、散々見慣れたはずのこの室内を、さっきから当惑した表情でキョロキョロと見回しているのであった。
──あたかも、ほんのつい先刻まで、まったく別の世界にでも、いたかのように。
「ほらほら、どうしたのです皆さん、そのようなまさしく『狐につままれた』ような顔をなされて。ようやく『勝負』もケリがついたことですし、本日のところは、これにてお開きにいたしましょうよ」
そんな折に、さも当然のようにかけられた僕の一言に、更に混迷を深める、女流棋士殿。
「……勝負が、ついた、ですって?」
「ええ、結局『過去詠みの巫女姫』であられる明石月詠嬢ならではの、『不幸な未来のみの予知能力』の受け将棋におけるメリットは絶大すぎて、『すべての未来の可能性を予知できる』最先端の量子コンピュータを内蔵しているアユミちゃんのほうは、ほとんどまともに対応できなくなってオーバーヒートしてしまい、自動的に『降参』する運びになったのでありませんか?」
「そ、そうだったっけ、か?」
「もう、しっかりしてくださいよ、師匠? 突然将棋専用アンドロイドのアユミちゃんを連れてきて、詠嬢と対局をさせたのは、師匠ご自身ではないですか? ──ほら、早くアユミちゃんを将棋連盟に送り返して、開発メーカーにメンテナンスをしてもらわないと、何か重大な支障を来すかも知れませんよ?」
「──そ、そりゃいかん! アユミちゃん、何か不具合は無いかい⁉」
棋界の重鎮である彼には珍しく、血相を変えてアンドロイド美少女のほうへと振り向き、問いかけたところ、
「JSA歩ノ001号、自動メンテナンス開始…………エラー報告、116件。最も深刻なものとして、集合的無意識とのアクセス不良を提示」
「集合的無意識とのアクセス不良って、未来予知機能の根幹に関わる不具合じゃないか? まずい、今すぐメーカーに診断してもらわなければ! ──小太、私はアユミちゃんを連盟に送り届けてくるから、後のことは頼むぞ⁉」
「わかりました、お任せください」
そんな僕の返事を聞くや否や、ぐったりと力の抜けきったアユミちゃんを抱きかかえて、足早に部屋を出て行くお師匠様。
……ふふふ、すべては、計算通り!
さて、残るは、『彼女』のみか。
そのように胸中で独り言ちながら、おもむろに振り向けば、零条扶桑桜花が、現実世界か異世界にかかわらず、いつもの彼女らしくもなく、まるで迷子でもあるかのような、何とも心許ない表情を浮かべていた。
「……あ、あの、ヒットシー王子──いえ、金大中小太奨励会三段、私一体」
だから僕はその時、いかにも優しげな笑みをたたえながら、騙りかけたのである。
「──夢、ですよ」
「……え?」
「そう、すべては、悪い夢を、見ていただけなのです」
「わ、私が、夢を見ていた、ですって?」
「ええ、『前世の記憶』とか『異世界転生』とか、この現実世界においては、けして存在し得ないのです。そんなものはすべて、夢の中で見た記憶が、脳内にこびりついているだけなのです」
「あなたと──異世界の王子様のヒットシー様と、この私とが、婚約者であることが、単なる仮初めの夢の記憶に過ぎないですって⁉」
「あなたはその、根も葉もない偽りの記憶に惑わされて、こんな小学生のガキンチョに対して、『(いろいろな意味で)間違った感情』を抱いてしまっただけなのです。──さあ、早く現実に目覚めて、嫌なことは全部忘れて、同じ将棋連盟の会員同士としての、正常な関係に戻りましょう!」
「……こ、この、あなたに対する、恋心が、すべて偽りですって? そんな馬鹿な⁉ ──で、でも、確かに常識的に考えれば、現役のJKである私が、まだDSに過ぎないあなたに、本気で懸想して、こうして住まいにまで一方的に押しかけてくるなんて、客観的に見れば女性としてはしたなさ過ぎるかも…………ううっ、私ったらどうして、こんな大胆なことを⁉」
「よくぞ、お気づきになられました。──いや、大丈夫ですよ? 零条扶桑桜花は別に、僕に対して初対面でいきなり、全裸で迫ってきたり、バニーガールのコスプレをしたりしたわけではございませんし、『将棋ラノベのヒロイン』としては、むしろまだまだですよw」
そのように、おためごかしの(ある意味非常に)危険な発言を弄することによって慰めれば、むしろ更に顔を真っ赤に染め上げ、とうとう我慢の限界に達し、いきなり立ち上がる女流棋士。
「そ、そうですわ、私急用を思い出しましたので、これにて失礼させていただきます!」
それだけをどうにか口走るや、これまた脱兎のように駆け去って行く、実は(これでも)我が国きっての名家のお嬢様。
……くっくっくっ、まさにこれぞ、『完全勝利○』!(艦○れ並み)
十把一絡げのWeb小説でもあるまいし、実はこうして最終的に『現代日本』に帰還できた場合においては、もはや『異世界に転生していた間に行った様々なイベント』なんて、『絶対に実際にあった出来事』として確実に記憶しておくことなぞ、常識的な人間の頭脳では絶対にあり得ず、今僕が『お手本』を示したように、「それは単なる、夢だったんだよ?」と誘導すれば、少々不審がりながらも納得していただけるくらいには、あやふやなものとなってしまう運命でしかないのだ!
まあ、かなり強引なやり口ではあるが、これも真の意味において神様とも呼び得る、かの『黄龍』の認めた使徒ならではの力業だし、効き目が抜群なのは、至極当然のことであろう。
このように言い含めておけば、よもやこのれっきとした『現実世界』においては、自分のことを『龍王』だの『悪役令嬢』だの『人道人間』だのと、口にすることは二度とあるまいて。
そのように、僕が完全に油断しきっていた、
──まさに、その刹那であった。
「うまいことを、やられましたね。さすがは、ヒットシー王子様」
──⁉
唐突に背後からかけられた涼やかな声音に、慌てて振り向けば、そこにはわざとらしいまでにおっとりとした笑顔が、僕のほうを見つめていた。
そう、あたかも月の雫のごとき銀白色の長い髪の毛に縁取られた端整なる小顔の中の、夜空の満月そのものの黄金色の瞳を煌めかせながら。
「……明石月詠嬢、どうしてあなたが、『その名前』を口にできるのです? そもそもあなたは、異世界人としての前世の記憶なぞ、無かったのでは?」
「あら、忘れてもらっては、困りますわ」
そして彼女は、わずかに躊躇することも無く、とどめの言葉を突き付けた。
「私こと『過去詠みの巫女姫』こそは、黄龍の巫女なのであり、第一使徒であるあなた同様に──いえ、それ以上に、ありとあらゆる世界の『記憶と知識』が集まってくるとされる集合的無意識と、制限無しでアクセスできることをね♡」




