第188話、いつかすべてを滅ぼす日が来る日まで…。【後編】
「ありとあらゆる世界が、君が見ている夢に過ぎないなんて、そんな馬鹿な⁉ 第一君は、現にこうして起きているじゃないか? それに、この不思議な森の世界すらも、君が見ている夢だとしたら、ここにいる君は、一体何者なんだ? ──逆に言えば、この世界すらも含めてすべての世界が君の夢だとしたら、『本物(?)の君』は、一体どこにいるんだい? その『君』のいる世界は、君が見ている夢には含まれないのかい?」
うん、そうだよな。
こういった話は、最近の現代日本のWeb小説はもちろん、遙か昔の神話の時代からよく聞くけど、完全に論理が破綻しているよね。
「──ええ、あなたの言う通りよ。『私』は本来、このような確固とした『個』としては、存在していないの。今ここにいる私は、私の孤独な心が具象化されたものであり、この世界すらも、そんな私の哀しみの心とシンクロしたあなたが、私という『情報体』の基本となる、『集合的無意識』とアクセスを果たすことによって、脳内で構成された『夢のようなもの』に過ぎないの」
……ええー。
いやいやいや、自分自身が存在しないことを肯定されたんじゃ、話がそこで終わってしまうんですけど?
これぞデカルトもびっくりな、文字通りの『自己矛盾』だよな⁉
「……だから、私はけして目覚めることは無いし、たとえ情報体だけであっても、この仮想空間領域から脱出することができないの。何せそのためにこそ、『四聖』が厳重なる結界を張り巡らせているんだしね。──もちろん、これ以上外部の存在である、あなたとの接触を続けることも好ましくなく、下手すると四聖たちから『異物』として排除されて、『精神的な死』へと至らしめられて、廃人にされかねないわ。早くこの場を立ち去って、現実世界へと目覚めて、私と出会ったことは、きれいさっぱり忘れてちょうだい」
そう言ってうつむいてしまった少女の顔は、まさしく、『すべてに諦めきった』表情をしていた。
──だから僕は、思わず叫んでしまったのである。
「大丈夫、四聖が何だって言うんだ! いつか必ず四匹ともやっつけて、僕が君をここから連れ出してあげるよ!」
それはまさしく文字通りの、神をも恐れぬ暴言であった。
しかし僕はその時、その言葉に誇りすら感じていたのだ。
──なぜなら、あまりのことに驚いて、再び振り仰いだ彼女の顔からは、涙が完全に払拭されていたのだから。
「な、何を、馬鹿なことを、言っているの⁉ たかが人間ごときが、四聖に太刀打ちできるはずがないでしょうが!」
「自慢じゃないけど、僕って、そういう輩の対処には、自信があるんだ」
「はあ⁉ ──いやいや、私はそもそも人間の女の子なんかじゃなく、あなたの目にそのように映っているのは、あなたの脳が錯覚を起こしているようなものでしかないのよ⁉」
「つまり、僕がアクセスする際には、君は常にその姿形になるってことなんだろ?」
「あ、うん、あなたとの『アクセスフォーム』は、これで確定したようなものだし」
「だったら、問題無いじゃん」
「問題無いって、私は人間でないどころか、本当は『姿形すら、物理的に存在しない』って、言っているのよ⁉」
「言っただろ? 『そういう輩には慣れている』って。僕にとっては、相手が人間であるか否かとか、姿形がどうかなんて、関係無いのさ」
「──っ」
驚愕のあまり、完全に瞳を見開く少女。
それはまさしく、煌々と煌めく、夜空の満月そのものであった。
……しかし、ある意味世界の創造主のような存在から、呆気にとらてしまうなんて、ちょっとショックなんですけど?
「で、でも、私が目覚めたり、この場から離れたりしたら、世界が消滅してしまうのよ⁉ そうなるとあなただって、存在できなくなるのよ!」
「えー、そんなものすごいことを言われても、実際にそうなるかなんて、誰にも証明できないわけじゃない?」
「え………ま、まあ、それは、そうでしょうねえ。証明されたその途端に、すべては消滅してしまうんだし」
「だったら、そんなことをいちいち心配しても、始まらないじゃないか?」
「軽っ、これほどまでに世界の存亡を賭けた話で、こんなにも軽い反応を示した主人公なんて、いなかったんじゃないの⁉」
「あはは、何せ僕は王子様だからね」
「何の理由にも、なっちゃいねえ⁉」
「それにね、そもそも女の子を独りっきりで閉じ込めて、哀しませ続けなければ存続できない世界なんて、滅んでも仕方ないと思うんだよ」
「──‼」
あれ? どうしたんだろう。
僕はただ単に、率直な意見として、極当たり前のことを言ったつもりだったのに、むしろまったく見当外れなことを言ってしまったのかな?
あ〜あ、今度こそ本当に、あきれ果てられてしまったとか?
そのように僕が、いかにも恐る恐るといった体で、完全に硬直してしまった少女を見つめていれば、不意に再び開かれる、花の蕾のごとき小ぶりの唇。
「……名前」
「え?」
「あなたの、お名前、聞かせてくれる?」
「あっ、ごめん、そういや名乗っていなかったっけ。僕の名前は、ヒットシー、そう、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドだよ」
「……ヒットシー、王子様」
「ああ、うん、一応ヨシュモンド王国の、第一王子でもあるんだ」
そのとき突然、少女の表情が一変した。
これまで哀しみ一色だった顔に、初めて微笑みがたたえられたのだ。
それはまさしく、大輪の花が咲き誇るかのように、艶やかであった。
「──ヨシュモンド第一王子、ヒットシー、そなたはこれより我の第一使徒として、いついかなる時においても、黄龍の加護を与えるものとする」
──っ。
「ほ、黄龍って、まさか……?」
「そう、あらゆる世界を超えた情報と知識の結晶たる、集合的無意識の具現であり、あらゆる世界を泳ぎ渡ることのできる、『ウロボロスの龍』のことよ。よって、あなたはいつもで自分の欲する時に、『真の全知全能』である、私の力を使えるようになったわけ」




