第18話、俺の中の悪魔がささやく、第六天の魔王になれと。(その6)
「…………………………は? わしの頭の中で『織田信長を名乗っていた声』は、わし自身が創り出した、単なる妄想のようなものに過ぎなかったじゃと?」
一瞬何を言われたのか、わからなかったのか、口をあんぐりと開けて、完全に言葉を失うアレックス大王様。
しかしそれはほんの数秒ほどのことでしかなく、すぐさま我に返り、私へと猛然と食ってかかってくる。
「いやいやいや、何なのじゃその、『妄想みたいなもの』って、あんなに鮮明に『声』が聞こえていたと言うのに。だったらわしって完全に、頭のおかしい人じゃないか⁉」
いきなりの『ちゃぶ台返し』そのままの展開に、これまでのシリアスムードなぞ完全になげうってしまうご老体であったが、私は微塵も動じずに言葉を続ける。
「だって、いきなり『織田信長の声が頭の中で聞こえ始めた』とか言われたら、『頭の病院』をご紹介する以外は無いではないですか?」
「──現代日本みたいな『完全なる現実世界』ならそうだろうが、ここは異世界転生が普通に行われている、剣と魔法のファンタジーワールドなの! 不思議現象を『妄想』の一言で片づけたりしたら、むしろ駄目な世界なの!」
「だから私は、異世界転生などというもの自体が、妄想のようなものに過ぎないのだと、申しておるのですよ」
「おいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ この作品どころか、すべてのWeb小説そのものを、全否定するようなことを言うんじゃないよおおおお!!!」
「全否定? いえいえ、むしろ私は、あなたの『生き様』というものを、全肯定しているのですよ?」
「……何じゃと? わしの生き様の、全肯定だと?」
「かつてあなたは、こう思われたのではないですか? 自分の人生も自分の国もこの世界そのものも、すべて間違っていると。このままにしておいたら、絶対に駄目なのだと。王侯貴族は腐敗していて、政治経済システムは全然効率的ではなく、このままでは民草は飢え続け虐げられるばかりで、そのうち大反乱でも起こりかねないと。──なのに、あなた自身は、民や世界そのものを救うための力を持たず、何の役にも立たないと」
「──っ」
「だからあなたは、こう願ったのでしょう。──力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい──と。そしてその飽くなき渇望こそが、あなたの中に、『織田信長』を生み出すことになったのですよ」
「……え」
「それというのも、実は『別の世界や別の時代の自分以外の人物の記憶や知識』を手に入れることできる、唯一の手段がございましてね、まさにそれこそが異世界転生そのものをも実現させる唯一の手段である、『集合的無意識とのアクセス』なんですよ」
「集合的、無意識って……」
「現代日本におけるユング心理学で言うところの、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくる、世界の垣根すらも越えた全人類共通の超自我的領域であり、一握りの歴史的天才や英雄のみがたどり着くことができるという、文字通り『神の奇跡の領分』ですが、けして非現実的な代物ではなく、天才や英雄ならではの『閃き』のようなものであって、何が何でも己の願望を成し遂げようと、たゆまぬ努力を重ねていった末に、あたかも『勝利の女神』からその努力を認められたがごとく訪れる、『最後の閃き』──それこそが集合的無意識なのであり、まさしくあなたの場合はそれが『織田信長としての記憶や知識』だったのであって、彼の類い稀なる天才的軍略や政治的手腕を手に入れることができたからこそ、吹けば飛ぶような小国だった祖国の政治経済体制を見事に立て直し、周辺諸国を武力で圧倒し、今や大陸南部に覇を唱えるまでになられたのですよ」
「──‼」
「だから、あなたはむしろ、誇っていいのですよ。先程申しました、『勝利の女神』様──ありとあらゆる異世界のありとあらゆる異世界転生を司る、『なろうの女神』様から、類い稀なる歴史的武人であり政治家である『織田信長』を異世界転生させる際の、最もふさわしい『受け皿』として認められたのですから。──そう、恐れることなぞ、何も無いのです。現在あなたが手にしておられる、『織田信長としての政治的軍事的手腕』は、すべてあなた自身の努力によってもたらされた、あなた自身の成果であり、それを認めた『神の恩寵』そのものなのですから」
「……そ、そうか、これまでのことはけして、誰かに操られたものなんかではなく、あくまでもわし自身の意思と行動とで、行われたことだったのか……ッ」
数十年分の悲喜こもごもからなる、万感の想いに駆られながらつぶやかれる、大王様。
しかししばらくして、何かに気づいたような表情となられた。
「うん? そうなると、現代日本で『戦国シミュレーションゲーム』とやらをしておった、ゲーマーたちはどうなるのだ? 直接わしの頭の中で語りかけていた『織田信長』が、単なる妄想に過ぎなかったとしても、現代日本のゲーマーそのものまで、『実はまったく存在していなかった』、なぞといったことはあるまい?」
「……あー、やはりそこが気になられますかあ? ええ、ええ、おっしゃる通りです、彼らは彼らで、ちゃんと現代日本において存在しておりますし、そこでこの世界を模した、量子魔導版『信長の○望』という戦国シミュレーションゲームを行っております」
「ああ、それはきちんとやっておるのだな? だったら、彼らが現代日本からこの世界へと、『異世界転生』してきているという話のほうは、どうなったのじゃ?」
「え? 異世界転生ですって? いやいや、そのようなこと、常識的にも物理法則的にも、実現できっこないじゃないですか?」
「──おおいっ⁉ せっかくさっき綺麗にまとめたというのに、またしても既存のWeb小説を全否定するつもりか⁉」
「だって、複数の世界の間を行き来するなんて、物理的にはもちろん、たとえ精神的にも、理論上まったく不可能ではありませんか? もしもWeb作家様の中で、何かやり方をご存じの方がおられましたら、是非ともご教授お願いしたいほどですよ」
「……むう、まさか貴殿、この期に及んで、この世界と現代日本とでは、それぞれ完全に独立して別々に行動していただけで、まったく関係が無かったなどと、すべての前提を覆すようなことを、言い出すつもりではないだろうな?」
「いえいえ、そんな、滅相もない。言うなればむしろ、話は逆だったわけなんですよ」
「逆、とは?」
「実を言うと、あなたが現代日本人に操られていたのではなくて、むしろ現代日本人のほうが、操られていたようなものなのです」
「な、何だと⁉」
「──そう。現代日本側の人たちは、けして異世界転生や転移なんぞを実際に行うこと無しに、むしろあなたや部下の方の『記憶や知識』を脳みそに刷り込まれることによって、ご自分が異世界転生をしてしまったものと、思い込まされているだけなのですよ」




