第179話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その42)
「……『死に戻り』が実は、勇者や王子様等のWeb小説の主人公にとっての、『必勝のテンプレ』に過ぎないですって⁉」
なぜか憎き討伐対象である龍王に同調するようなことを言い出した、同じ勇者パーティの仲間である、聖レーン転生教団から派遣されてきた凄腕シスター殿の、あまりにも突拍子もない言葉に、私こと大陸最凶の『悪役令嬢』とも目されている、オードリー=ケイスキー公爵令嬢は、思わず我が耳を疑わざるを得なかった。
「いやいやいや、どこが『必勝の』テンプレなのです! 龍王から『死に戻り』のスキルを一方的に押しつけられて以降の、ヒットシー様のこの苦しみようときたら、一体どういうことなんですか⁉ 言うまでもなくヒットシー様はこそは、勇者でも王子様でもあられるからして、『Web小説の主人公』の代表格的存在でしょうが⁉」
しかし、そんな私の至極当然な指摘に対して、更に意味深な台詞を返してくる聖職者。
「……だから、さっき龍王さんも言ったじゃないの? 『その者自身がその気にさえなれば』って。王子さんに『勇者としての心構え』が無ければ、その『死に戻り』のスキルは、必勝どころか、『必敗のテンプレ』にしかなり得ないのよ。──現在の、彼自身の有り様、そのままにね」
なっ⁉
「勇者自身の心構え次第で、チートスキルであるはずの『死に戻り』が、『必敗のテンプレ』になってしまうですってえ⁉」
『必勝』と言った舌の根の乾かぬうちに、場合によってが『必敗』でもあり得るって、もはや詐欺のレベルじゃないのお⁉
「……そういえばあなた、『死に戻り』のスキルは、集合的無意識とのアクセスによってもたらされた、『無限に死と再生を繰り返す記憶』そのものではないとおっしゃったけど、それは一体どういうことですの?」
「そりゃそうでしょう? むしろこっちから聞きたいんだけど、『無限の記憶』をそのまま丸ごと、脳みそに刷り込まれてしまったとしたら、現在の王子は、それこそ『精神的』に、どういう状態にあると思っているわけなの?」
「それは当然、あたかも映画か夢でも見ているかのように、脳内で『無限の死に戻りの記憶』を、再生しているのでは……………って、あっ、そうか!」
「やっと気がついた? そもそも脳内に記憶がインストールされたからと言って、それが無限のパターンもあるとしたら、リアルタイムで全部再生することなんて、どだい無理な話なのよ。王子が龍王さんから『死に戻り』スキルを押しつけられたのは、ほんのついさっきなのだから、もしも『リアルタイム再生』方式であるのなら、まだ一回目の対決の結果すら出ていないはずだし、こんなに苦しむわけが無いってことなのよ」
「……だとしたら、脳内に無限のパターンがすべて収まっているのは間違いないけど、そのすべてが順次再生されるわけではなく、あたかも俗に言う『フラッシュバック』のようにして、自分自身が凄絶に虐殺されるシーンだけが、ふいに一瞬だけ脳裏によぎるとか?」
「ええ、大体そんな感じだけど、そもそも『無限のすべての戦闘パターンの記憶』を、全部が全部脳みそにインストールされるわけではないのよ。むしろ『記憶=情報や知識』自体は必要最小限なものに限られていて、何よりも重要なのは、『テンプレ』のほうのインストールなの」
「だから、その『テンプレ』って、一体何なのですの⁉」
「……ったく、これまで散々言ったでしょう? いわゆる『コツ』そのものよ」
「コツって、さっきの蘊蓄解説によれば、将棋における『定跡』みたいなものなわけ?」
「そうそう、まさしく『定跡』よ! つまり、現在のような『龍王との最終決戦』の場面で言えば、『対龍王の戦い方のテンプレ』になるの」
「戦い方の、テンプレですって⁉」
「何度も何度も何度も言うように、量子論に基づけば、この世界の未来には無限の可能性があり得るので、これから実際に行われる王子と龍王との戦い方にも、無限のパターンがあり得ることになるけど、しかしこうして実際に、対決のための場所や日時や天候や気温や、お互いの基本的運動能力や魔力やコンディション等々、現在における各種パラメータが決定されている段階においては、それほど大きな影響を与え得る変動要因は存在せず、今言った周囲の環境の基本的データと、王子と龍王との個人的情報さえ、集合的無意識を介して脳内にインプットすれば、後は、まさにその基本情報に基づいた『戦い方のパターン』によって、場合分けが行われることになるだけって話なのよ。──それで、これもすでに述べたことだけど、人間の脳みそは量子コンピュータ以上の計算能力を有しており、更には森羅万象を象るための『言語』という基本的なデータが最初から備わっているので、こうして最低限の知識さえ与えられたならば、後は代表的な『戦い方のパターン』を二、三通りくらい、同時にインストールすることによって、それ以外の無限のパターンの予測計算についても、実際に戦う前にあらかじめ、すべて算出することができるってことなの。──そして結果的に、そのほとんどが『自らが死ぬパターン』だった場合には、あたかも脳内において、無限の『死に戻り』を繰り返すも同然となるのよ」
「……あー、なるほど。まさにこれまたあなたがおっしゃっていた、『テンプレこそが、真のWeb小説実現への道』ってことですのね。確かに眼前に迫った勝負に関する必要な情報を与えられた場合は、誰しも無限の予想パターンを脳内で予測計算することになるでしょうけど、与えられた情報から分析して、彼我の戦力差があまりにも絶望的な場合は、ある意味脳内で『死に戻り』を繰り返すことになるってわけなのですわね」
そうなると、王子の現在における苦しみようも、納得できるというものだ。
集合的無意識によってもたらされた、勝負にとって有益であるはずの情報に基づいて、脳内で何度戦術を組もうが、あえなく負けてしまう未来ばかりを見せられるなんて、絶望以外の何物でもないだろう。
──しかも、集合的無意識が与えるのは、ある意味『本物の記憶』と言っても、過言ではないのだ。
それを脳内で再生すると言うことは、実は脳こそが我々人間にとって、真に五感を知覚し得る器官であることを踏まえると、無限の『死に戻り』を繰り返すごとに、実際に『死の苦痛』を味わっているようなものなのだ、勇者と言ってもいまだ十歳ほどの年齢に過ぎない王子が、七転八倒の苦しみようとなっても、無理は無いだろう。
──そして、それは、私自身も、同様であった。
まさか、これほどの無力さを痛感させられるなんて、思ってもみなかった。
そう、現在の私には、最愛の人があくまでも精神的苦痛限定とはいえ、己のほんの目の前で苦しんでいる姿を、ただ指をくわえて見守っているしか無かったのである。




