第17話、俺の中の悪魔がささやく、第六天の魔王になれと。(その5)
「……何じゃと、わしの頭の中に転生してきた『織田信長』を始め、腹心の部下たちの身も心も完全に乗っ取っていた、『柴田勝家』や『羽柴秀吉』たちがすべて、実際の戦国武将本人ではなく、実は現代日本の単なる歴史マニアのゲーマーに過ぎないだと⁉」
愕然としながらも、そこはなと無く怒りを感じさせる表情で、振り絞るように吐き出される、地を這うかのような低く重たい声音。
その気持ちは、痛いほどよくわかった。
己のこれまでの人生がすべて、他人から仕組まれたものであったことだけでも、堪え難き屈辱であろう。
──しかもそれが、英邁なる戦国武将本人たちによるものではなく、単なるゲームオタクのヒキニートが暇に飽かせて、文字通り『遊び』としてやったことだったなんて、志高い本物の『侍』としては、憤死ものであろう。
事実、目の前のご老人は、もはや覇王としてのプライドなぞかなぐり捨て、私に向かってすがりつくようにしてまくし立てた。
「嘘だ、嘘だと言ってくれ! わしのこれまでの人生が、他人が──それも、戦国武将でも歴史的政治家でもなく、ただの現代日本の『遊び人』が、手慰みに行っていた『お遊び』でしかなかったなんて⁉ 嘘ではないと言うのなら、その『信○の野望』なぞという、『戦国シミュレーションゲーム』の具体的仕組みを詳しく言ってみろ! たとえ理論上は可能とは言え、本当によその世界の数十年もの歴史を、たかが『お遊び』によってコントロールしたりできるものか!」
それはむしろ、自分自身に、必死に言い聞かせているかのようであった。
そうでもしないともはや、精神の均衡が保てそうにないから。
これから先も、『英雄』として、生きていく自信がなくなるから。
──しかし私の言葉は無情にも、彼の最後の希望を、あっさりと断ち切った。
「いえいえ、むしろ『お遊び』だからこそ、可能なのですよ。何せ現代日本には、『シヴィ○イゼーション』などと言う、人類の数千年の歴史をプレイできる、世界そのもののシミュレーションゲームがあるくらいですからね」
「──‼」
「我が教団が独自に改良を施した、量子魔導版の『信○の野望』も同様に、『ストラテジーゲーム』と呼ばれる類いの、歴史そのものの完全シミュレーションゲームでして、実際に操作する『プレイヤー』のほうは現代日本に居ながらにして、かかったとしたもせいぜい最長二、三日程度で、これまであなたが体験してきた数十年の半生に対して、あなたご自身の頭の中で『織田信長』として適宜適切なアドバイスを与えたり、直接腹心の武将たちの身も心も乗っ取って思い通りに行動させたりすることによって、この大陸の南部の歴史を意のままに推移させることだってできるのですよ」
「……この世界での数十年もの歴史の操作を、現代日本においては僅か二、三日でやりおおせるだと?」
「当ゲームには、先程も申しました、『あらゆる時点の異世界へも干渉できる』機能が内包されておりますゆえに、何も数十年の歴史をそのままなぞる必要は無く、好きな時に好きな時点に干渉──つまり、『織田信長』なら、あなたの頭の中でアドバイスを与えたり、『柴田勝家』や『羽柴秀吉』ならあなたの腹心の部下を直接操ることで、この世界のあなたの王国に関する歴史を、自由自在にコントロールすることが可能となるのです」
「……確かに、『信長』も四六時中わしの頭の中に居座っているわけではなかったし、平和な時期にはそれこそ何ヶ月も音沙汰が無かったこともあったな。それに部下たちのほうも、『戦国武将』としての顔を見せるのは、わしの前だけだったか」
「──それに彼らとしても、別に本物の世界の数十年もの歴史を操作しているつもりなぞはなく、あくまでも単なる暇つぶしのゲームとして遊んでいただけなのであって、気が向いた時にだけゲームを立ち上げて、こちらに干渉してだけなのですよ」
「──っ」
私があえて明らかにした、『とどめの一言』に、今度こそ完全に『打ちのめされた』表情となる、かつての教団の救世主たる『英雄』殿。
このままついに、心折れてしまわれるのか?
──それとも?
「……くっ」
「くくくっ」
「くくくくくくく」
「くははははははははははははははっ!」
狭い告解室に響き渡っていく、老人の笑声。
それはついに感情のたがが外れてしまったかのように、とどまるところを知らなかった。
──両目からあふれ出る、涙の滴。血すらにじみ出ている、固く握りしめられた両手。
……ああ、やはり、かの『英雄』殿でも、駄目だったか。
結局今回も、『実験』は、失敗でしたか。
「そうか、そうか、わしの文字通りすべてを費やしてきた──無数の屍を乗り越えてきた、これまでの数十年間が、現代日本人からすると、ただのゲームに過ぎなかったわけか! これを笑わずして、何を笑うというのだ? くは、くはは、くはははははは!」
……ああ、もう、聞くに堪えません。
もしかしたら、彼ならばと、思っていたのですが、やはり甘かったようですね。
これ以上は、『英雄』の名を汚すだけでしょう。
場合よっては、『失敗作』として、この場での処分も──
私が失意のあまり、ついそのような、不穏な考えを抱き始めた、
──まさに、その刹那であった。
「それが、どうした?」
…………え。
慌てて振り向けば、大王陛下の双眸は、再び力強い意志の光を取り戻していた。
「この世界が、単なるゲームに過ぎないだと? 馬鹿を言うな。確かに現代日本からしたらそうかも知れんが、この世界で今まさに生きているわしらにとっては、間違いなく、『現実世界』以外の何物でもないのだ!」
──‼
な、何と……。
まさか、まさか、まさか、まさか、まさか──
「それに、たとえ切っ掛けがどうであろうと、折に触れて誰かのアドバイスに促されたものであろうと、この数十年間のわしの半生は、最終的にはわし自身の決断によって築かれてきたのじゃ。そしてその成果は、大陸南部全体を版図とする、大王国としてちゃんと存在しておる。現代日本ではどうか知らんが、我々この世界の人間にとって、この数十年間というものは、ゲームでもWeb小説でもなく、紛う方なき本物の『歴史』だったのだ! それなのに、これまでの自分の行いに──そして人生そのものに、何を恥じたり悔いたりする必要があるものか!」
椅子を蹴倒すようにして、その場に立ち上がり、裂帛の気合いで高らかに宣言する、『英雄』と呼ばれし男。
……ああ。
まさに、そのお言葉こそを、聞きたかったのです。
──これでもう、思い残すことは、何もありません。
私は胸中で意を決するや、その場に跪き、床に額をこすりつけるかのようにして、いわゆる『土下座』の姿勢となってから、今更ながらに口上を述べた。
「──数々のご無礼、申し開きのしようもございません! ここはこの首をはねることをもって、どうぞお怒りをお鎮めください!」
嘘偽り無く、死の覚悟をしていたところ、相手に動く様子は微塵もなく、その代わりしばらくたってから、落ち着き払った声がかけられた。
「貴殿、最初から死ぬ覚悟で、この告解──否、今回のゲームそのものの、お膳立てに臨んだな?」
──っ。
思わず顔を上げれば、とてもこちらを糾弾しているようには見えない、穏やか視線に迎えられた。
「……どうして、それを」
「話せ、教団は、何を企んどる。わしにはそれを聞く、権利があると思うが?」
「──はっ、もちろんでございます! 何せあなた様には、此度大変ご迷惑をおかけするとともに、栄えある最初の『成功例』となられたのですから!」
「……成功例だと? このわしがか?」
「──はいっ、異世界転生を実現するシステムを利用して、すべての異世界人と現代日本人とを、最も理想的な形で融合することによって、人でありながら神でもある、真に新たなる人類、『シン・ジンルイ』を生み出さんとする、『プロジェクトH』──人呼んで『人類ヒナガタ計画』の第一段階たる、真の英雄『ノヴァ・エロイカ』の創造、それこそが今回のゲームの真の目的なのであり、まさしくあなた様は、今や『次なる新たなる時代の英雄』となられたのです!」
「プロジェクトH……人類ヒナガタ計画か、まさか教団が、異世界転生を強硬に促進している裏で、『新たなる人類』を創出するなどと言う、壮大なる計画を推し進めていたとはな。──それで、貴殿、本当のところは、死ぬ覚悟をすると同時に、少しでも成功の確率を上げるためにこそ、このわしを『実験体』に選んだのだろう?」
「あはは、もはや大王様には、隠し事なぞできませんね。まさしくおっしゃる通りでございます。一介の小国の廃嫡寸前の王子から、大陸南部の覇者となられたことはもとより、いまだ結成したばかりであり迫害の対象でしかなかった、我が教団を手厚く保護してくださったあなた様であれば、きっと不可能をも可能になされるものと存じまして」
「ふふ、お眼鏡に適うことができて、わしとしても一安心というものだ。──委細承知した、貴殿の行いについては、何ら罪に問わぬこととしよう」
「──なっ、よ、よろしいのですか?」
「ああ、何だかんだ言っても、今回のゲームのお陰で、わしが大陸南部の覇者になれたことは、間違いの無い事実なのじゃからな」
そのように、まさしく心から晴れ晴れとした表情で宣う、大王様。
……これはむしろすべてを明かさねば、不義理というものですねえ。
「あのう、そのことなんですが、大王様」
「うん、まだ何か、わしに言うべきことでもあるのか?」
「実は、今おっしゃったような、数々の偉業は、別に我々や『織田信長』を騙る現代日本のゲーマーの功績ではなく、すべてはあなたご自身の意志と力によるものなのですよ」
「はあ?」
この期に及んで、これまでの話をすべてひっくり返すようなことを言い出した私に、またもや心底面食らった表情となる、他称『ノヴァ・エロイカ』氏。
それを尻目に、更に決定的な台詞をぶち上げる、異世界転生については誰よりも専門家揃いの、聖レーン転生教団の首席司祭。
「そうなのです、実はあなたの頭の中で『織田信長を名乗っていた声』は、あなた自身が創り出した、単なる妄想のようなものに過ぎなかったのですよ」




