第164話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その29)
「……扶桑桜花ご自身が、僕のことを見初めていたって? 前世の──『あなた』が言うところの、『王子様の婚約者だった悪役令嬢』の記憶に目覚める前から?」
突然の、あまりにも予想外の『告白』に、当然のごとく我が耳を疑いまくる、僕こと奨励会三段のDS棋士、金大中小太。
──いや、とても信じられないんですけど?
何と言っても、あの、扶桑桜花さんなんですよ?
現役のJKにして、由緒ある名家のお嬢様であり、ご自身も絶世の美少女。
そして何よりも、日本将棋界きっての、大人気女流棋士。
そんな尊きお方が、ただの奨励会員のDSに過ぎない僕のことを、『気になっていた』なんて、もう『びっくり仰天』と言うよりは、『驚天動地』の心境なんですけど?
……そりゃあ、僕のほうは、何かと意識していましたよ?
いまだ小学生と言っても、れっきとしたお年頃の小五男子ですからね。
しかも、まだ「前世がどうした」とか言い出す前の彼女は、『清楚で綺麗なお嬢様』って感じで、年下の男の子からしてみたら、『憧れのお姉さん』の権化のようなものだったしな!
そのようにあくまでも、僕のほうから一方的に意識していたんだけど、彼女のほうから何か反応が返ってきたことなんか一切無く、そもそも同じ将棋連盟の一員だというのに、何かのイベントでご一緒したことなんて数えるほどしか無く、下手すると僕の存在自体を認識していないんじゃないかと思っていたんだけどなあ……。
「──うふふ、何もそんなに、悩まれる必要は無いではありませんか?」
……え?
まるで僕の内心を読み取ったかのように、いきなり声をかけてくる、当の『年上のお嬢様』(ただしすでに、前世の記憶に覚醒済み)。
「『愛される者』は『愛する者』から、ただ一方的に、愛されればいいのです。『自分を愛する者』の理由や都合なぞ、考えても無駄なのです。『私』はただ、あなたのことを、愛してしまっただけであり、あなたはただ、『私』から、愛されてしまっただけなのですから。そこにあなたが、何らかの『責任』を感じる必要は無いのです」
「……いや、僕が感じているのは、『責任』と言うよりもむしろ、『疑問』なんですけど? そもそも『扶桑桜花』と僕との、『接点』自体がわからないんですが?」
「確かに、超人気女流棋士の『私』と、一奨励会員に過ぎないあなたが、直接顔を合わせたのは、ほんの数回かも知れません。でも、『我々の業界』的には、それで十分なのです!」
「…………何その、『我々の業界』って?」
いや、薄々わかっているけどね!
「もちろん、『ショタコンたる、淑女の世界』のことですわ! ──そう、実はこの『私』である扶桑桜花ご自身も、前世の記憶に目覚める前から、ガチのショタコンであられたのです!」
──やっぱり、その展開か!
「そんな、あの名家のお嬢様で清楚な和風美人の扶桑桜花が、ショタコンだっただと⁉」
「そのとーり! あなたを一目見て完全に堕ちてしまった『私』は、すぐさま連盟内の伝手を頼りに、あなたの将棋に関する資料はもとより、本来は絶対秘であるはずの個人情報に至るまで、映像や動画込みで手に入れるとともに、果ては自分自身で変装して、あなたが奨励会入門以前に参加していたアマチュア将棋の大会に観戦に行って、そこで隠し撮りしたスナップや動画で、毎晩毎晩ベッドの中で、精根尽き果てるまで激しく、『一人研究会』を繰り広げていたのですわ♡」
「──やめてー! 扶桑桜花のイメージを粉々に打ち砕くようなことを、本人の口から言わないでー! いやいやいや、どうして最近憑依したばかりの、自称『異世界の悪役令嬢』のくせに、扶桑桜花の個人的事情に、そんなに詳しいんだよ⁉」
「それは当然、現在私が使用しておりますのは、扶桑桜花嬢の脳みそであるゆえに、彼女の記憶がそのまま自分のものとなっているからですわ。──それに、証拠の映像や動画も、山ほど存在しておりますし♡」
「ま、まさか、あなたまでも、その映像や動画を使って──」
「ええ、『夜の研究会』を、日課としておりますわ(ポッ)」
「禁止! 『夜の研究会』、禁止! ──ていうか、そもそも扶桑桜花自身が、僕のことに懸想していたとしたら、『彼女の前世』であるという『あなた』は、単なる彼女の『妄想の産物』じゃないのか⁉」
……考えてみれば、そうなのである。
ヤンデレやメンヘラ気味な女性の方が、恋心をこじらせることによって、意中の相手と自分とが、「実は私たちは前世においても恋人同士だったのであり、二人が結ばれるのは運命以外の何物でも無いのですわ♡」などといった、世迷い言を言い出すのは、もはや『お約束』や『仕様』と言い得るであろう。
そんな僕の至極もっともな指摘に対して、何と当の扶桑桜花ときたら、艶然とした微笑みを浮かべたままで、大きく頷いたのであった。
「はい、その可能性はけして否定できず、この『前世の記憶』が本物なのかただの妄想なのかは、私自身にだって、判別できはしませんわ」
……そりゃ、そうだよな。
ほとんどの異世界転生系のWeb作家の皆様は、すっかり勘違いなされているようだけど、『前世の記憶』なんて、当の本人にとっては、それこそWeb小説の主人公みたいに、確固たるものとして捉えているわけでは無く、言うなればあやふやな『夢の記憶』みたいなものに過ぎず、自分が本当に異世界転生したのか、それとも単なる夢や妄想に過ぎないのかは、本人ですら確実に区別をつけたりはできないのだ。
Web作家の皆様も、自分自身が異世界や戦国時代に転生や転移をした場合を、一度じっくりと頭に描いてみるがいい。
まったく異なる世界や時代において、いつまでも「自分は21世紀の日本人なんだ」とか思い込んで、現地の人間に成り切ろうとしなかったら、とても生き延びていくことなんてできやしないだろうよ。
「……何だ、扶桑桜花だって、ちゃんとわかっておられるんじゃないですか? ──良かった、このまま考え足らずの『ゲーム転生モノのヒロイン』みたいなことを言い出したら、どうしようかと思いましたよ」
「あら、あなたは本当に、それでいいの?」
「へ?」
「だって、異世界転生の可能性を全否定するということは、この『扶桑桜花』自身が、紛れもなくあなたのことを虎視眈々と狙っている、ガチのショタコンということになるんですけど?」
………………………………あ。
「そ、そうだ、そうだった! 事ここに至っては、実際に異世界転生をしているか否かにかかわらず、扶桑桜花が『ヤベえヤツ』ということは、もはや決定事項だったんだ⁉」
「うふふ、その通り! 何せだからこそ私は、この方の身に、転生することになったのですもの」
「へ? 何で『ヤベえまでにショタコン』だったら、異世界人に転生されてしまうことになるんです?」
そんな僕のいかにも訝しげな質問の言葉を聞いて、ほとほとあきれ果てたようにため息をつく、目の前の『ヤベえショタコン』。
「本作においても、これまで散々申してきたではありませんか? 『本好きの日本人』が転生するのは、その転生先の異世界人の女の子が、元々本好きであったからって。──そう、そもそも転生を受け容れるほうが、それを望んでいるからこそ、転生などと言う、超自然現象が実現するのであって、扶桑桜花自身が、元々あなたのことを本気で愛していたからこそ、前世においてあなたと婚約者同士だった私が、このように実際に転生することになったのですよ」




