第158話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その23)
「……何ですって、将棋専用ソフトの擬人化アンドロイドである、私に搭載された量子コンピュータが算出した、最善手──すなわち、『勝つ可能性の%数値が最も高い一手』にさえも、『負ける可能性』が含まれているのですってえ⁉」
またしても、いかにも堪らずといったふうに、悲鳴のような叫び声を上げる、『アユミちゃん』。
その気持ちも、良くわかった。
最も勝つ確率の高い、極論すれば『最も正しい一手』であるはずの、最善手ばかりを指しているというのに、実はその中には『負ける可能性』もれっきとして存在していて、最善手を指せば指すほど『負ける確率』が高まっていくなんて、どう考えてもおかしいだろうが⁉
「──そんなこと、断じて認められるものですか!」
うおっ、びっくりした⁉
まさにその時、座興の対局が行われている十二畳の和室にて、まるで僕の心の内を代弁するかのような、幼い声音が響き渡った。
それはにわかには信じられないものの間違いなく、あの常に冷静沈着極まりない、機械仕掛けの幼女人形、JSA歩ノ001号『アユミちゃん』によるものであったのだ。
「──な、何が、『最善手の中にも、負ける可能性が潜んでいる』よ⁉」
「──『対局が進行していき、勝敗が確定していくにつれて、勝勢にいるほうがいつまでも勝負を決められないでいると、むしろ負ける可能性が増大していく』よ⁉」
「──私は『全知なる神』に等しき、無限の未来の可能性をすべて予測計算することのできる、量子コンピュータを装備した、将棋専用アンドロイドなのよ!」
「──将棋の局面の展開はもちろん、天気予報に始まり、株価の予想や、国家レベルの経済成長も、世界各国の政治経済活動の発展具合すらも含めて、森羅万象すべてを、ほぼ正確に予想できるのよ!」
「──そんな私に対して、たとえ将棋の勝負とはいえ、たかが人間の予知能力者ごときが、太刀打ちできるのものですか!」
そのように悲痛な声音がとどろき渡るや、完全なる沈黙に包み込まれる、即席対局場。
──と、思われたものの、
「……くくく」
ほんのわずかばかり続いた静寂を打ち破るかのごとく、地を這うような重苦しいつぶやき声。
「くく、くくく」
「かか、かかかかか」
「かははははははははははははははははははは!!!」
──それは何と驚いたことにも、これまではずっと清楚な和装の旧家の令嬢然としていたはずの、明石月詠嬢によるものであった。
端整な小顔の中で禍々しく煌めいている、あたかも蛇や蜥蜴の類いを思い起こさせる、縦虹彩の黄金色の瞳。
「『全知なる神に等しき』ですって? たかが機械仕掛けのお人形さんが、片腹痛いこと。まさかコンピュータごときに、無限の可能性を秘めたこの現実世界の未来を、本当に完璧に予測できるとでも思ったわけ?」
「──なっ⁉」
あまりにも思いがけない面と向かっての罵詈雑言に、思わず言葉に詰まらせる、アンドロイド娘。
「確かにあなたたちコンピュータによる計算結果は、正確無比でしょう。しかし、計算が正確であるからといって、未来を完璧に予測できるわけではないのですよ? ──例えば、こんな小話をご存じないかしら、ある日父親が長年の単身赴任を終えて帰宅することになったのだけど、駅に迎えに行った母親から娘へと電話がかかってきて、『スマホの乗り換え案内ソフトによれば、あと15分ほどでパパは到着するわ♡』と言われたので、娘のほうはわくわくしながら待っていたら、丁度15分後に再び母親から電話がかかってきて、『……たった今、駅のすぐ近くの踏切で、お父さんの乗っていた電車が大きな事故に見舞われて、お父さんが、お父さんが──』と、涙まみれの声で告げられたの」
「「「──‼」」」
その『小話』とやらの、あまりに無慈悲で壮絶なる内容に、揃って言葉を失う、巫女姫以外の一同。
「そうようねえ、確かにコンピュータソフトであれば、鉄道等の行程にかかる時間を正確に算出することなら、お手の物でしょう。──しかし、この無限の可能性があり得る現実世界において、列車等の運行が、必ず決められた通りに行われる保証なんてあり得るのかしら? 何らかの突発事案のために、大規模な事故とは言わないまでも、ちょっとした運行過程の『遅延』くらいなら、日常的に起こり得るんじゃないかしら? ──果たして、乗り換えソフトは、そういった『不確定要因』を含めた、真の未来予測をやりこなせるのかしらねえw」
「──っ」
理路整然とした、『機械的な計算による未来予測』の根本的欠陥を指摘されて、ついにぐうの音も出なくなる、量子コンピュータ仕込みの機械幼女。
「……ほんと、人間を舐めるのも、大概にしてよね? あなたたちみたいな、『勝つことばかり』を予測計算することしかできない機械なんぞに、これまでの人生における数えきれない経験上、未来にはあらゆる『リスク』が潜んでいることを痛感している、私たちの人間の、ごく自然に身についた『リスク回避能力』を、甘く見るんじゃないってもんよ」
侮蔑の視線で睨みつけながら、吐き捨てるように言い放つ、巫女装束の少女。
そのいかにも意味ありげな台詞を聞いて、何かに気づいたかのようにして、はっと目を見開くアンドロイド幼女。
「……勝つことばかりを予測計算するのではなく、未来に潜んでいるあらゆるリスクこそを回避するための、能力ですって? それって、まさか、まさか──」
その驚愕に打ち震える様を見やり、満足げに微笑みながら、『過去詠みの巫女姫』とも、またあるいは『禍苦詠むの巫女姫』とも、呼ばれし少女は宣った。
「──そう、私の予知能力は、自分が『不幸になる未来』のみを視ることができるのであり、よって私はこの対局中ずっと、『自分が負ける未来』ばかりを見せつけられていたの」




