第157話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その22)
──それはまさに、一方的な展開であった。
十二畳ほどもある和室の中央に置かれている、一つの将棋盤。
それを挟んで対峙している、いまだ年若い、二人の女の子。
これまでの対局のおおよその流れとしては、最初のうちはほとんど波乱らしい波乱も無く、ただひたすら定跡通りに進み、中盤に入ってからは、巫女装束の高校生くらいの年頃の少女のほうが、果敢に攻め続けていったものの、結局有効打とはなり得ず、勝敗の行方は定まらないままに、攻めあぐねてしまった──といったところであった。
そしてついに終盤戦に入るや、いかにも満を持してといった感じで、一気に攻めに転じたのが、いまだ年端もいかない幼女でありながら、無表情であるためか妙に大人びた、銀髪銀目の女の子のほうであった。
それも、仕方ないことであろう。
何せ、実は彼女は人間ではなく、将棋アプリを擬人化した、量子コンピュータ装備のアンドロイドなのだから。
確かに巫女装束の少女のほうも、未来予知能力を使えるそうだが、将棋の勝負において、将棋アプリを相手にしては、文字通り勝負になるはずはなかった。
それというのも、将棋アプリというものは、昨今ではプロ棋士同士の対局において、「現在どちらが勝勢にあるか?」についてを、詳細な確率計算を踏まえて明示することができるのである、よってアプリ自身が対局する場合においては当然のごとく、常に自らの勝勢が高確率となる手ばかりを、指すことが可能となるわけである。
これでは、たとえ少々予知能力じみた力を持っていたところで、将棋に関しては素人に過ぎない対戦者には、勝ち目なぞ万に一つも無いであろう。
実際、奨励会三段の僕の目から見ても、盤面はもはや、勝負の体をなしていなかった。
自身の戦況分析演算結果に従って、確実に勝利に繋がる手を指し続けている、アンドロイド幼女アユミちゃんに対して、JK巫女少女の明石月詠嬢のほうは、今や戦略も戦術も無しに、怒濤のような攻めに対して『受け』続けるだけで、精一杯のようであった。
後は、詠嬢がいさぎよく勝負を諦め、自ら『敗北宣言』をするのを、待つばかりであろう。
──と、盤側に座して観戦していた僕たちが、そう思っていた、まさにその時。
何と、先にその手を止めのは、優勢であるはずの、アンドロイド幼女のほうであったのだ。
「……どうして、どうしてなの? 常に『勝利の可能性が高い手』を算出して指しているのに、そのつど『勝利の可能性の%数字』が、どんどんと減少していくの⁉」
ついに堪りかねて、対局の場に響き渡る、まるで悲鳴のような叫び声。
それはとても、普段はアンドロイドならではの、冷静沈着ぶりからは想像できないほど、感情的なものであった。
──無理も無かった。
僕から見ても、アユミちゃんのほうは、この終盤戦に入ってから間違い無く、『最善手』ばかりを指していた。
本来ならそんなことなぞ、どんなにベテランのトップ棋士でも不可能であろうが、そこはさすがに『将棋ソフト』の擬人化アンドロイドの、底力と言ったところか。
これまで実際に指された手についても、僕のみならず、現役の竜王であるお師匠様や、なぜか僕の妹弟子ということになっている零条安久谷扶桑桜花にとっても、異論などありようの無い、勝利への最短距離の『好手』ばかりであった。
──それなのに、肝心の対局相手の詠嬢のほうが、いつまでたっても、『悪くならない』のである。
これはかなりの、『異常事態』であった。
アユミちゃんが常に『最善手』を指しているのに対して、詠嬢のほうはいかにも素人丸出しに、セオリーなぞガン無視して、その場しのぎの適当な手を打っているだけなのである。
そうなると当然、アユミちゃんのほうが『勝勢』に──すなわち、勝つ確率がどんどん上昇していき、時を置かずに勝利への道筋の確定──いわゆる『詰めろ』がかかるというのが相場であった。
しかし、確かに詠嬢のほうは終盤に入って押されっぱなしで、すっかりアユミちゃんの猛攻を受けることのみに終始しているものの、『詰めろ』がかかるような致命的な大ピンチには、なかなか陥らなかったのだ。
──ここで基本的なことを申せば、将棋の勝負というものは、これから先の展開が無限のパターンがあり得る序盤においては、勝つにしろ負けるにしろ、ほとんど確定されていないが、中盤から終盤にかけて、どんどんと勝負が進行していくに従って、当然それから後の展開のパターンの数も限られていき、どちらが勝つか負けるかも確定し始めてくるのである。
──すなわち、いくら攻めても勝ち筋に繋げることのできないアユミちゃんのほうは、どんどんと負ける可能性が確定していき、防戦一方でありながらも致命的な状況だけは避け続けている詠嬢のほうは、勝てる可能性が確定していっているのだ。
「……そんな、攻めているのは私であって、しかも常に最善手を選んで指しているというのに、どうして私の状況のほうが、どんどんと悪くなっていくの⁉」
再び漏らされる、独り言めいたうめき声。
もちろんアユミちゃん自身も、答えを期待したわけでは無く、もはや口にせずにはおられなかったのだろう。
──しかし何と、思わぬ相手から、返事がもたらされたのだ。
「そりゃあ、当然でしょう? たとえ『勝つ可能性の%数値が最高』の最善手であろうが、あくまでも『負ける可能性』も含まれているのですからね」
………………………はあ?
将棋ソフトの擬人化アンドロイドが、量子コンピュータならではの超演算処理能力を駆使して弾き出した、最善手──すなわち、最も高確率の『勝利の可能性』の中に、『負ける可能性』すらも含まれているだってえ⁉
とても信じられない、『矛盾』そのままの言葉に、僕が思わず『発言者』のほうへと振り向けば、
その巫女装束の少女は、余裕たっぷりの笑みをたたえながら、己の対戦相手の将棋専用アンドロイド幼女のほうを、至極平然と見つめていたのである。




