第154話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その19)
……あれ、おかしいぞ。
一瞬、お師匠様のことが、『全身まっ黒けのどこか禍々しい、絶世の美幼女』であるかのように、見えてしまったぞ?
師匠はあくまでも、我が国の将棋界が誇る当代の竜王であり、それも『苦み走った美丈夫』とも呼び得る、三十がらみの男性なのに。
──しかしそのように、あまりに予想外な事態にわけもわからず戦慄しているのは、残念ながら僕だけのようで、すぐ隣で密着して座っている、自称『異世界の悪役令嬢兼大魔王』様のほうは、どうやら『通常営業』のようであった。
「おやおや、何を今更、私たちはすでに異世界ヨシュモンド王国からの転生者であることを、お互いに明かしているのではないですか? だったら、たとえ現世では女流棋士と奨励会員という、将棋界における公的な立場にあるとはいえ、その一方で間違いなく『前世における婚約者同士』という、文字通りの『運命的』な関係にあるのですから、私たちが仲睦まじく振る舞ったところで、誰からも文句を言われる筋合いは無いでしょう?」
……うわあ。
この女、ここに来ていきなり、開き直りやがった。
とにかく、言っていることが、支離滅裂じゃん?
たとえ『前世の記憶』があろうと、そんなもの個人的な妄想のようなもの過ぎず、実際上は現在の女流棋士という立場には、何も関係無いじゃん⁉
……案の定お師匠様も苦虫を噛み潰したような顔となって、聞き分けのない女流棋士に向かって苦言を呈した。
「──おい、そうやって自分だけ『前世』を笠に着て、小太とは特別な関係であることを誇示するのは、卑怯だろうが⁉ 私だってヒットシー王子とは、並々ならぬ絆があるんだぞ⁉」
……え、ちょっと。
お師匠様ったら、何をメンヘラお嬢様と同調して、『前世の記憶』争いなんかを始めているのですか⁉
「ふふっ、勇者の王子と、その討伐対象の龍王に、一体どのような絆があるとでも?」
「主人公とラスボスとの間にこそ、最も深い絆が生まれるといった展開は、むしろ異世界ファンタジーにおける『定番』ではないか?」
「はあ? 一体いつの『定番』ですか? そんなものもはや、一昔前のオワコン作品のトレンドでしょうに」
「『真に理想的な関係性』と言うものは、流行の移ろいなんかにかかわらず、永遠に尊ばれるものなのだよ」
「そうなると、最近はとんと目につかないのは、元々『真に理想的な関係』では無かったということですね?」
「──何だと⁉」
「──そっちこそ、何ですの⁉」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてえええ!
お願い、僕なんかのために、争わないでえええええええ!!!
……いや、ほんま。
頭がアレな『前世語り』のメンヘラJKと、美男子だけど同性の三十代のおっさんから、争奪戦を演じられても、迷惑なだけだから!
そのような、僕の心の叫びと呼応するかのように、師匠と妹弟子との醜い争いの間に、果敢にも口を挟んでくる、ある意味本物の『勇者』殿。
「可愛い可愛い王子様を取り合っているところ、恐縮なのですが、一応こちらも対局中ですので、もう少し静かにしてもらえないかしら?」
その声はけして、怒鳴ったり、荒げたりは、していなかった。
けれども、その隠しきれない威厳と高貴さは、自称『異世界の龍王と魔王』の二人を黙らせるのに、十分な効果を発揮したのであった。
さすがは、『過去詠みの巫女姫』。
別の作品のヒロインでありながら、わざわざ特別出演していただいただけはあるぜ。
「こ、これは、明石月の御当主殿、大変失礼をいたした」
「いえいえ、こうして私がここに招かれたのも、ひとえに『愛するお弟子さん』のためだということは、ちゃんと承知していますので♡」
「え、ええと、いえ、そのう……」
巫女姫様の意味不明な言葉に、なぜだか言葉を濁してうつむき赤面する師匠。
それを鬼の形相で睨みつける、本日付でお師匠様の内弟子になったはずの女流棋士。
………………は?
アンドロイド美少女を内弟子にしただけでなく、予知能力者の巫女姫をわざわざ招聘したのも、僕のためだって?
「……対局中におしゃべりとは、余裕ですね」
そこで新たに声をかけてきたのは、将棋盤を挟んで巫女姫の対面に座している、当のアンドロイドさん。
「ああ、ごめんなさいねえ、あなたにとっても、あの二人がイチャイチャしている姿を見せつけられるのは、勝負に集中するのに邪魔になるかと思って、釘を刺しておきましたの」
「──っ。私は別に、そんなことは! そもそもアンドロイドには、余計な感情なぞ、備わってはおりません!」
「とは申しましても、あなたもちゃんと『前世の記憶』を、お持ちなんでしょう?」
「そ、それは、そうですけど……」
「第一、いまだ勝負のほうも、『定跡』をなぞっているだけですし、それこそ将棋専用自律思考型アンドロイドであられるあなたなら、目をつぶっていても、こなせるのでは?」
「──ぐっ」
そんな見え透いた挑発の言葉に、思わず口ごもる、他称アンドロイド少女。
そしてあたかも、その鬱憤を晴らすように、力いっぱい駒を盤面に打ちつける。
「……おや、あからさまに定跡を外されましたが、大丈夫なのですか?」
「アンドロイドと言っても、別に機械的な駒運びしかできないわけではありません、舐めないでください!」
「舐めはしませんが、確かにかなり奇抜な定跡外しですこと、初心者の私には、少々手を焼きそうでございますわね」
……え、初心者って。
「ちょっと、師匠、本当なのですか⁉」
「ああ、彼女はほんのごく最近、私自身の指導で将棋を始められたばかりで、駒の動かし方以外は、基本的な定跡しかマスターしていないよ」
「そんな! それじゃ素人同然じゃないですか⁉ 相手は将来将棋界を制覇することを目標としている、将棋専用のアンドロイドなんですよ⁉ 勝ち目なんてあるわけないでしょうが!」
「いや、その素人に毛が生えたレベルの知識で、十分なんだよ」
「なっ、そんな馬鹿な⁉」
あまりに論外な言いように、僕が更に食ってかかろうとした、その刹那、
「──果たして、そうかな?」
いかにも自信満々に言い放つ、棋界一の実力者たる、現竜王。
「過去詠みの巫女姫の真の実力というものを、あまり侮らないほうがいいぞ? 何せ今から君は、目の当たりにするのだからな、本物の『最強の将棋』を──そう、『けして負けない将棋』というものをな」




