第153話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その18)
──何だかんだと、『御託』ばかりが山盛り語られていた、お師匠様にして現竜王による、『解説コーナー』がようやく終わって、いよいよお待ちかねの、『予言の巫女姫VS自律思考型アンドロイド美少女』という、リアル異能バトルそのままの対局が、戦いの火蓋を切ったのであった。
「……あれ、解説コーナーと、この対局開始シーンとの間に、何か三話ばかり余計なエピソードが挟まれていたような記憶が、おぼろげにあるんだけど?」
──うっ、なぜか急に、激しい頭痛が⁉
だ、駄目だ、もう少しで何かを思い出そうとするんだけど、そのたびに原因不明の激痛が襲ってきて、それ以上何も考えられなくなってしまう!
そのように、僕が突然の頭痛に耐えきれず頭を抱えていると、そっと柔らかく豊満なる胸元へと引き寄せる、華奢な両腕。
「──大丈夫ですわ、王子。それはたまたま『平行世界の王子の記憶や知識』と、集合的無意識を介してアクセスしただけで、言ってみれば『白昼夢を見たようなもの』に過ぎないのですから」
「……は? 零条扶桑桜花、何ですか、白昼夢を見たようなものって」
そうなのである、対局の舞台である広々とした和室の中央に置かれた将棋盤の傍らで、お互いに適当な距離を空けて座っていたはずの美少女棋士が、いつの間にかちゃっかりと、僕のすぐ側まで移動してきていたのだ。
それにしても、『平行世界の僕』って何のことだよ? またお得意のメンヘラ話か?
「とにかく気にする必要は、まったく無いということですわ。今は何よりも、対局のほうに集中いたしましょう♡」
──ぬう? 珍しくも至極真っ当なことをささやいてくるものだな、この大人気アイドル女流棋士さんは。
……いや、言っていることはともかくとして、ちょっと接近──というか、もはや『密着』の、し過ぎじゃないですかねえ?
しかも何ゆえ、いかにもさりげなさを装って、僕の太ももの上に手を置いたり、なされるのでしょうか?
一応季節的に真夏だし、年齢的にも小学生だしで、こちとら『ショタ』の代名詞の、『半ズボン姿』なんですけど。
「……あの、扶桑桜花、ちょっと暑苦しいので、少し離れていただきたいんですけど?」
「あら、この部屋ときたら、少々クーラー効き過ぎているようだから、寒いんじゃないかと存じまして、私の人肌で温めて差し上げようと、思っただけですのに」
うん、確かに、寒さとは別の理由で、鳥肌が立ちかけているけどね。
「いくら空調が効いている室内とはいえ、外は真夏の満天下ですので、やはり気分的にね。それにうるさいくらいの蝉時雨も、さっきからひっきりなしに聞こえてきていますし」
「──だったら、こんな予知能力者とアンドロイドとの対局とかいった、『将棋ラノベ』と言うよりは『異能バトル』そのままの、ふざけた勝負なんかほっぽり出して、私とホテルのプールに泳ぎに行きません?」
………………………は?
「な、何ですか? いきなりプールとか──」
「うふふふふ、プールと申しましても、高級ホテルの会員制のプールですので、人目を気にする必要はありませんよ? ──それに私も、この夏はいつになく冒険をしてみようと、結構大胆な水着を新調したものですので、是非ともどなたかにお披露目しようと、機会を窺っていたことですし♡」
「……大胆な、水着? 扶桑桜花が、ですか?」
──その時ゴクリと鳴ったのは、僕の喉元であったのだろうか?
ここに来て、衝撃の告白をすると、実は僕はずっと以前から、零条安久谷扶桑桜花の、大ファンだったのだ。
もちろん自分でも、いまだ小学生の身でありながら、少々ませ過ぎているとは思っているものの、同時にこの時期の男の子としては、年上の女の人に憧れるのは、ごく自然なことなのである(断言)。
急に今日になって、「前世がどうした」とか、「自分の正体は悪役令嬢で大魔王なのだ」とか、「おまえの妹弟子になって、これからはずっと側にいてやる」とか、電波かメンヘラそのままなことを言い出したものの、本来はいまだJKでありながら、生粋のお嬢様ならではの大人びた清楚さを常に漂わせていて、しかもタイトルホルダーの女流棋士という、将棋の腕も折り紙付きという、今のところは単なる奨励会員に過ぎない僕としては、とても憧れないわけにはおられない、文字通りの『理想の女性』であったのだ。
──そう、基本的には彼女は、『清楚なお嬢様』なのである。
今だって、この夏の盛りに、ほとんど肌を露出することなく、上品な装いをキープしているのだ。
それなのに、人目の無い会員制の高級プールにおいて、僕のためだけに、その素肌をさらけ出してくれると聞いて、心を動かさないでおられるであろうか?(反語)
「……そ、そうですね、今年の夏はずっと、将棋の修行と勉学に明け暮れていたことですし、ここら辺で少しは、息抜きも必要かも知れませんね!」
「まあ、嬉しい、快くお受けくださって。それでは早速実家の執事に電話して、車を回させますので、少々お待ちくださいな♡」
皆さん、聞きました? 「執事に車を回させます」ですって。さすがは我が国でも一二を争う名門旧家ご出身の、生粋のお嬢様ですこと。
……うん、仕方ないよね。
将棋界は基本的に、縦社会だからね。
たとえ相手が今日から自分の『妹弟子』になるかも知れないといっても、現役のタイトルホルダー様なんだから、一奨励会員としては、言うことを聞かざるを得ないよね。
そのように、僕が密かに心の中で、あたかも言い訳をするように、自分の『良心』と『棋士魂』に対して、必死に言い聞かせていた、まさにその刹那。
「──こらっ、そこの二人! 今まさに神聖な対局が始まろうとしているのに、何をイチャイチャくっちゃべっているんだ⁉」
突然、広々とした十二畳の和室に響き渡る、男性の怒声。
思わず二人して振り向けば、部屋の最奥の上座に陣取っていた、現竜王のお師匠様が、顔面を真っ赤に紅潮させて、こちらを睨みつけていた。
……その表情の中に、ほんのわずかとはいえ、『嫉妬心』らしきものが垣間見えたのは、果たして僕の気のせいであろうか?




