第152話、『姉弟子』なるもの♡(後編)
「丈夫じゃ、我はけしてそなたを食べたりはせぬ、むしろ我のほうが、『食べられたい』くらいなのじゃからな♡」
は? 自分のほうが、僕から食べられたいって……。
「──ってか、どわっ⁉」
何といつの間にか龍王様が、僕のすぐ目の前まで迫ってきていて、頭をぐりぐりと胸元にこすりつけ始めたのであった………………ちょっ、怖い怖い! 何で零条扶桑桜花ってば、女流棋士のくせに、一応は目上の現竜王を、そんな射殺さんばかりの目つきで、睨みつけているのですか⁉
そのようにわけがわからず慌てふためくばかりの、奨励会員のDSに向かって、腕の中のいたいけな幼女は、更なる謎めく言葉を突き付けるのであった。
「何せそなたこそは、我が長年の──そう、誕生以来数千年にわたる、真の『願い』を叶えてくれたのじゃからな。我自身何度生まれ変わろうとも、こうしてそなたの側に侍って、命を賭して守り抜いてやろうぞ♡♡♡」
………………………………は?
「何ですかその、どこかで聞いたような台詞は⁉ まさかあなたまで某美少女アンドロイドみたいに、前世で僕に助けられたとか言うんじゃないでしょうね?」
「いいや、むしろ、逆じゃ」
「ぎゃ、逆って……」
「くふふふふ、心配はいらん、そのうちわかるじゃろうて。何せそのためにこそ、我は現世において、そなたを育てておるのじゃからなあ」
「僕を育てているって…………あっ、そうだ、そうだった! あなたって、なぜか現在は幼女の姿になっているけど、本来は三十代の苦み走った美青年だったっけ⁉」
「くっ、そうなのじゃ、運命のいたずらか、まさか異世界から現代日本へと、TS転生してしまうとは…………いやいや、これって逆じゃろうが! 普通現代日本のおっさんが、異世界にTS転生して、幼女キャラになるべきなのであって、何で我がこの現代日本で、おっさんにならなくてはならないのじゃ⁉」
「おいっ、師匠はまだ、三十そこそこなんだし、しかもあんな美丈夫なんだから、『おっさん』はないだろ⁉」
「……うん? そなたもしや、『衆道』もいける口か? だったら問題は無い、『そっちの線』で育てていくか」
「何だよ、『そっちの線』って⁉ …………あれ? もしかして僕って、こんなわけのわからない本性を隠し持った師匠の内弟子でいるなんて、非常な危険な状況にあるんじゃないのか?」
「大丈夫ですわ、王子。これよりは私もあなたの『姉弟子』として、ここで同居して、けして龍王と二人っきりなぞにはさせませんから」
「それって、僕を狙う野獣が、もう一匹増えるだけの話だよねえ⁉ むしろますます大ピンチじゃん!」
「まあ、王子ったら、野獣だなんて♡」
「何でそこで、頬を染めるの⁉ あんた僕と同居して、何をするつもりでいるの⁉」
「もちろん、タイトルホルダーである私が、奨励会員であるあなたにとっての、『野○先輩』として、イロイロな指導を行っていくつもりですわ♫」
「お嬢様のくせに、無駄にネットスラングに詳しいよな? つうか、何で現世でも女性であるあんたまで、『衆道』系なんだよ⁉ そこはせめて『手品○輩』にしてもらえません?」
「つまり、むしろ私のほうから王子に、『タネ』を仕込めと?」
「そんなこと言っていないよ! 何で今回は、言動がいちいち『そっち系』なのさ⁉ 『おねショタ』路線はどこ行ったんだよ⁉」
「むしろ私もTS化して、完全に王子を受けキャラにするのも、アリかと……」
「ナイよ! そんな危ないTS作品、少なくとも『なろう』本サイトには無いよ! やるんだったら、『真夜中』や『お月様』のほうでやってよ! どうして今回は、発言がいちいち『アレ』なの⁉」
「それは当然、『元ネタ』の影響かと」
「何でもかんでも、他人様のせいにするなよ⁉ ──つうか、『元ネタ』なんて無いって、言っているだろう!」
「……おやおや、相変わらず仲がおよろしいのは結構なのですが、まさか私たちの存在自体を、お忘れになっておられるのではないでしょうね?」
唐突に鳴り響く、これまたお嬢様らしき、涼やかなる声。
振り向けば、この広々とした和室の中央で、将棋盤を挟んで座っていた二人の少女のうちの一人が、こちらをニンマリとしたほくそ笑みをたたえながら見つめていた。
白衣と緋袴という巫女装束に包み込まれた、十六,七歳くらいのほっそりとした白磁の肢体に、あたかも月の雫のごとき銀白色の長い髪の毛に縁取られた、端整なる小顔の中で煌めいている、まるで満月であるかのような黄金色の瞳。
明石月詠。
別の作品のヒロインにして、『過去詠みの巫女姫』とも呼ばれている、予知能力を有すると噂される少女であった。
「……そうです、このたび新たに『妹弟子』となり、ヒットシー王子の側に常に侍り、その御身を守り続けるのは、この私めの役目なのです。黒トカゲや悪役令嬢ごときは、すっこんでいなさい」
そのように、すでに混乱の極みにあるこの場において、更なる『対立煽り』を促そうとするのは、詠嬢に対して、将棋盤を間に挟んで反対側に座している、銀髪銀目の人形そのままの無表情の美幼女。
実は『人形そのまま』もへったくれもなく、何と彼女こそは日本将棋連盟と将棋ソフトメーカーが総力を結集して開発に成功した、自律型将棋専用アンドロイド、JSA歩ノ001号──通称、『アユミちゃん』であったのだ。
「ふふふ、これからお師匠さんや姉妹弟子さんたちが入り乱れて、金大中奨励会三段の争奪戦を展開してわけですのね? 対局の行方よりも楽しみですわあ♡」
そんなのんきなコメントを、一人だけほざいておられるのは、別の作品のヒロイン様であった。
やかましい、あんたはちゃんと、対局に集中しろ⁉
──ていうか、『将棋ラノベ』だったら、いつまでもこんな【番外編】にかまけておらず、とっとと本編を進めろよ!
そのように、この場に集う女性キャラたちのほとんどから、ガチで狙われて戦々恐々の極致にありながら、一分一秒でも早く本編が再開されるのを希っている、一応は主人公の少年であった。




