第15話、俺の中の悪魔がささやく、第六天の魔王になれと。(その3)
「──『悪魔憑き』じゃ! 『悪魔憑き』がおるぞ!」
広大なる『式場』中に鳴り響く、壮年の男性の怒声。
最初は誰もが、我が耳を疑った。
──今のは、自分ただ一人の、聞き違いだと。
しかし、辺りを見回せば、皆一様に己と同じく、あたかもとても信じられないようなものを耳にしたかのような、呆気にとられた表情をしていた。
次に人々は、声の主──当時の世界宗教、ヤダモン教の大神官の、正気を疑った。
──何せ、まさに現在執り行われているのは、このサンダース王国の、国王陛下その人の国葬なのである。
それを事もあろうに、今から教団を代表して『お悔やみ』の言葉を述べようとしていた大神官が、『悪魔』だの何だと口走れば、頭の具合を心配されても、無理はなかろう。
当然のごとく、慮外者を取り押さえようと殺到してくる、警備の兵たち。
しかし微塵もひるむことなく、むしろその聖人は一喝した。
「馬鹿者! おまえたちが捕らえるべきは、あのうつけの第一王子じゃ! あの者は今、悪魔に──すなわち、『ジパングからの転生者』に、取り憑かれておるのじゃ! それもかの悪名高き、『オダノブナガ』にな!」
「──‼」
まさしく、この俺のほうを憎々しげに睨みつけながら、衝撃の台詞を宣った上級の聖職者を目の当たりにして、今更ながらに己の浅慮に気がついた。
……まさか、俺に転生者が取り憑かれていることだけでなく、それが『織田信長』であることまで、見抜かれてしまうとは。
信長が予言した通り、俺が晴れてこの大陸南部一帯の覇者となり、『アレク=サンダース大王』と呼ばれるようになった時代みたいに、『現代日本からの異世界転生者』たちが、最新の科学技術等をもたらすことによって、あらゆる異世界において『NAISEI』や『近代兵器による戦乱の平定』や『製本技術やマヨネーズの普及』等々いった、政治経済体制や人々の生活水準の大幅なる向上を達成してみせることで、転生者とは『異世界に福を呼ぶ神の使い』として神聖視されて、あらゆる異世界転生を司る『なろうの女神』を御本尊とする、『聖レーン転生教団』なる新興宗教組織が、全異世界的統一宗教として認められて、現代日本からの異世界転生を大いに促進して、おのおのの異世界における転生者たちを全力をもって保護協力しているのとは大違いに、
それよりも数十年前の──つまりは、この物語で言えばまさしく『現在』に当たる、俺が単なる一小国の『うつけの第一王子』と呼ばれていた、いまだ『転生者』というものが、よその世界『ジパング』からやって来て、あらゆる異世界の文化や宗教や生活習慣を破壊しようとする、『謎の侵略者』と捉えられて、当時の世界的宗教組織『ヤダモン教』によって、転生者に取り憑かれた者は『悪魔憑き』として断定されて、見つかり次第捕縛拷問の憂き目に遭い、『自白』を強制的に引き出された後には、一人残らず火炙りの刑に処されていたのだ。
……てっきり『悪魔憑き』なぞというのはあくまでも方便で、教団にとって都合の悪い者に汚名を着せて亡き者にせんとする陰謀劇の類いだと思っていたのだが、こうもあっさりと見抜かれてしまうなんて。
しかも、タイミングが、最悪であった。
何と言っても、一国の王の葬儀の場なのである。
今この場には、国内のすべての貴族に、高級官僚や上級軍人、それに諸外国の要人が、一堂に集っているのである。
もはや俺の王権剥奪はおろか、『悪魔憑き』として処刑されることすらも、『決定事項』と言っていいだろう。
……まさか、こんなことになってしまうなんて。
そのように俺が、完全に絶望の淵に立たされていた、まさにその時。
──脳内で響き渡る、お馴染みの声。
『何を落胆なぞしておる、むしろ今こそ格好な、「旗揚げ」の時ではないか?』
……旗揚げ、だと?
そういえば、どうしたことか警備の兵士たちときたら、すぐさま周囲を取り囲んだくせに、一向に捕縛するそぶりを見せることなく、むしろ俺のことを守るかのように、周囲に警戒の視線を巡らせるばかりであったのだ。
そうこうしているうちに、軍の下級士官に過ぎないはずの俺の腹心の部下である、自称『柴田勝家』や『羽柴秀吉』たちが、式が行われている大壇上へと上がり込み、これまた俺を庇うかように陣取るや、最近新設されたばかりの、我が軍の虎の子たる『鉄砲隊』に向かって、大音声にて命令を下す。
「──全部隊、斉射! 国賊どもを、討てえい!」
あたかも雷鳴のごとき轟音が、耳をつんざいた。
断末魔と共にばたばたと倒れ伏す、王侯貴族や高級官僚たち。
その一方で外国の要人たちのほうは、上級軍人たちの手によって、いち早く避難させられていて、全員無事なようであった。
呆気にとられてただ立ちつくすのみの、ヤダモン教の大神官に、遠巻きに見物に訪れていた、大勢の一般市民たち。
そんな彼らに向かって、むしろ晴れ晴れとした顔つきで胸を張り、高らかに宣言をする、『柴田勝家』。
「皆の者、聞くが良い! たった今、この王国に巣くい私腹を肥やしていた、腐った王侯貴族や役人どもは、すべて討ち果たした! これよりは第一王子であられるアレク様が王位に着かれて、真に正しい国の舵取りを行われて、この国の政治経済体制を抜本的に改革し、必ずや王侯貴族のみならず一般市民に至るまで、すべての王国民が豊かに暮らせる、『王道楽土』を打ち立てることを約束しよう!」
その、まさしく『一般庶民』にとっては、とても信じられない文言に、完全に言葉を失ってしまう民衆たち。
それに対して、ようやく我に返った大神官が、火がついたかのようにわめき立て始めた。
「自分の親兄弟である王族や、国の柱たる官僚を殺した逆賊が、何をたわけたことを言っておるのじゃ⁉ これらの方々はそれはそれは熱心なる、我が教団の信奉者であられたのだ! このような神をも畏れぬ蛮行、我が教団並びに、同じく信徒であられる大陸中の王侯貴族の皆様が、けして赦しはしないぞ!」
「くくく、信奉者に信徒か、耳障りのいい言葉でごまかしたところで、教団にとっては、体のいい『寄進者』という名前の、金蔓だっただけの話ではないか?」
「──な、何と⁉」
それがあまりに侮辱的だったからか、あるいはズバリと的を射ていたからか、顔を真っ赤に染め上げて、言葉に詰まってしまう大神官。
もはやその相手もやめて、再び民衆のほうへと向き直る、『柴田勝家』。
「聞けい、者ども! 我が殿アレク新国王陛下は、これより大陸統一へと邁進なされるご予定であるが、それと共に、まさにその大陸各国にとっての獅子身中の虫である、ヤダモン教を根絶やしになされるおつもりである! 旧態依然とした狂信に囚われ、本当は我が世界に富をもたらし得る『転生者』たちを『悪魔』と決めつけて、これまで何の罪も無い人々を無数に処刑してきた罪は、もはや赦し難い。ヤダモン教亡き後は、現在異端認定を受けている『聖レーン転生教』──通称『なろう教』こそを国教に定めて、『ジパングからの異世界転生』を盛大に奨励していき、かの国の進んだ技術を受け入れることによって、庶民の暮らしを始めこの王国そのものを、大いに豊かにしていくことを、ここに約束しよう!」
そのあまりに衝撃的な言葉に、最初のうちは誰もが沈黙していた。
──しかし、すべての民衆にとっては、
──王侯貴族たちの腐敗も、
──硬直的で古びた政治経済システムも、
──むやみやたらと『悪魔憑き』と決めつけて、冤罪によって親兄弟や恋人や友たちといった、己の愛する者を処刑してきた、ヤダモン教も、
むしろ心の底では、憎くて憎くて仕方ない、いつかは『天罰が当たるべき者ども』でしかなかったのだ。
それを、まさに今、これまで『うつけ』と呼ばれていた第一王子が、罰を与えてくれたのである。
まさしく『鉄砲』という、人智を超えた、『転生者』という神の使いがもたらしてくれた、恐るべき武器によって。
──まるで、魔王でありながら、同時に、天の意思を代弁するかのようにして。
「……アレク様、万歳」
「万歳」
「万歳」「万歳」
「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」
「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」
「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」
「「「──アレク新国王陛下、バンザーイ!!!」」」
まさにそれは、民たちのこれまでの不平不満の、大爆発であった。
怒濤のような歓声は、けしてとどまるところを知らなかった。
捕縛されて引き立てられていく、天の御使い『転生者』に仇為す、邪教ヤダモン教の大神官。
彼には拷問されて自白を強制的に引き出された後に、火炙りに処される運命が待ち構えていた。
もはや堪りかねた俺は、己の頭の中に巣くう『悪魔』に向かって、食ってかかった。
「──おいっ、これはどういうことなんだ⁉」
『ふん、おまえがいつまでたっても重い腰を上げようとしないから、こっちで勝手に勝家や秀吉に命じて、我らが「ジパングの知識」にて設立した鉄砲隊を始めとする、全軍の掌握を画策させて、このような不測の事態に備えておったのだ』
「……すべては俺の自発的な意思に任せて、けしておまえの傀儡なんかにしないと言っていたのは、嘘だったのか?」
『それも時と場合によるだろう。もし我がこういうこともあろうかと、勝家たちに下知を与えていなければ、今頃おまえは捕縛され、近いうちに刑場の露と消えていただろうよ』
「──うぐっ」
……それは確かに、そうだろうけど。
『だから言ったろう、時代のほうがけして、おまえを見逃したりはしないと。元々今日この日こそが、立ち上がる時だったのだ。自分を信じろ、何せおまえこそが、この大陸の南部に覇を唱える、アレク=サンダース大王となる男なのだからな』
くっ、もはや、この運命からは、逃れられないというのか。
だったら、こっちも、腹をくくるしかない。
いいだろう、おまえの望む通り、なってやろうではないか。
魔王にして、天の意思の代行者でもある、第六天の魔王に。
すべての異世界転生を司る、『なろうの女神』の地上における代弁者、『聖レーン転生教団』の、最大の庇護者に。
並々ならぬ決意を秘めて、まるで己の前途を暗示するかのような地獄絵図そのままの、父王の国葬の式場を睨みつける。
──頭の中で、『織田信長を名乗る悪魔』の、高笑いを聞きながら。
そう、まさにこの日この時こそが、大陸南部の覇者への道を歩き始めた俺と、周辺諸国やその後ろ盾であるヤダモン教団との、血で血を洗う大抗争の、幕が切って落とされたのであった。




