第142話、とある『人形』の思い出。
……この世に生を受けてしばらくのうちは、私には『心』というものが、よくわからなかった。
なぜなら、それは私にとっては、必要無いものだったのだから。
──だけど、『あの方』が教えてくれたその瞬間、私の中にそれが、芽生えたのだ。
「マリオン、危ない!」
その人は何かにつけて、奇妙な言動ばかりをして見せた。
今も、敵の矢玉から私を庇おうとして、あわや自分が傷つきそうになったのだ。
「……ヒットシー王子、何度も申し上げてますが、私は『つくりもの』ですので、死ぬことは無いし、たとえ損傷しても、教団の教会に送還されれば、何度でも復活いたしますゆえに、こうして皆様の『盾役』をするのに何の苦も無く、お気になさらないで結構なのですが?」
「でも、君だって、怪我をしたら、痛いんだろう?」
「ええ、もちろん。いくら何でも『痛覚』が無いと、一応の『生物』として、外敵の攻撃に適切な対応を行えませんから」
とはいえ、痛いからといって、肉体の稼働にはほとんど支障が無いから、何ら問題は無いのだが。
「だったら、僕は君が傷ついている姿を、ただ黙って見ていることなんてできないよ!」
「? なぜですか?」
「決まっているだろ? すぐ側で『仲間』が傷ついているのに、平気でいられるもんか!」
──トクン。
……え、何?
エラー! エラー!
……どうして、急に。
エラー! エラー! エラー! エラー!
……戦闘中なのに、演算処理に、何か不可解な、『混入データ』が。
エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー!
……ウレシイ。
エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー!
……ッ。今のは、何?
……ウレシイ。ウレシイ。ウレシイ。ウレシイ。ウレシイ。ウレシイ。
エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー!
……な、何なの?
ウレシイ。エラー! ウレシイ。エラー! ウレシイ。エラー! ウレシイ。
……な、何なの、一体⁉
ウレシイ。エラー! ウレシイ。エラー! ウレシイ。エラー! ウレシイ。 ウレシイ。エラー! ウレシイ。エラー! ウレシイ。エラー! ウレシイ。
──エマージェンシー! ヒットシー王子ニ、重大ナル危機ガ、迫ッテイマス!
「──! 王子、危ない!」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
『──実験体、大破』
『──すぐに、予備を、再配備せよ』
『──しかもこうも早期に、「心」が、芽生えるとはな』
『──やはり、ヒットシー王子の、「人外テイマー」の力は、本物だったか』
『──何せ、あの「悪役令嬢」や、極東の「九尾の狐」を、飼い慣らしているくらいだからな』
『──予備には、これまで蓄積して置いたデータを、集合的無意識を介して、インストールしておけ』
『──何せ、今回の「龍王退治」の旅の真の目的は、「彼女」の理想的かつ適切なる育成なのだからな』
『──外見はまったく同じなのだ、中身さえ入れ替えれば、誰も気がつくまい』
『──では、パーティに潜入させてある、我が聖レーン転生教団の、「僧侶」に連絡を』
『──すべては、我が教団の御本尊、「なろうの女神」様のために!』
『『『──「なろうの女神」様ために!!!』』』
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──マリオン、もう大丈夫なの⁉」
僕は、数週間ぶりに自分たちのもとに戻ってきた、いつも寡黙なパーティメンバーの顔を見るや否や、飛びつくようにして駆け寄った。
「あはは、王子はんは相変わらず、心配性やなあ。言ったやろ? 我が聖レーン転生教団の教会に行けば、全財産の半分と引き換えに、どんなモノでも復活させてもらえると」
……いくら僕たちが、『龍王退治』の途中だからって、そんなベタなことを言うのはよせ、この生臭女僧侶が。
「──王子、どうも申し訳ございません、大変ご心配をおかけしました!」
そう言って、深々と頭を下げた後で、再び目の当たりにした、『彼女』のいつもは人形そのままの端整なる小顔は、まるで真夏のヒマワリみたいに、満面の笑みをたたえていた。
え。
「……マリオンが、笑っている?」
彼女の笑顔をこの目にするのは、パーティを組んだ以来、初めてであった。
「ええ、王子のお陰で、私の中に、『心』が芽生えたのです! 本当にありがとうございました!」
そのように、快活極まる声音で言い放つや、僕の両手を力の限り握りしめる、もはや人形とは言い得ぬほど、生気に満ちた少女。
うおっ、なんて大胆な⁉
オードリーが、私用で席を外していて、ホントに良かった!
……下手したら、血を見ていたよ。
しかし、本当にマリオンたら、変わったよな、まるで別人みたい。
──いや、違う。
これまでは文字通りに、『つくりもの』そのままだったのが、今や完全に活力に満ちあふれた、『普通の人間』そのものに成り果てているのだ。
まさか、ほんの数週間で、文字通り『生まれ変わった』かのような、姿を見せつけられるなんて。
しかも、これってすべて、僕のせいだって?
……そんなに、大それたことなんて、したつもりはないんだがなあ。
あんなの、同じパーティの仲間同士なら、当たり前のことだし。
それに、確かに先に彼女を助けたのは僕のほうだけど、その後で彼女が僕のことを庇って傷ついてしまわなければ、きっと僕は今頃ここにいなかったろう。
──そのように、僕があれこれ考えを巡らせていれば、更に握る両手に力を込めて、決意の宣言を叩きつけてくる、すぐ目と鼻の先の少女。
「私、マリオネット試製二号機は、これより先は我が身命を賭しまして、王子のことをお守りいたします! ──そう、たとえ何度生まれ変わろうとも、必ずお側に馳せ参じ、王子のためだけに尽くす所存であります!」




