第140話、【夏のホラー2019終了記念】本当は怖い将棋ラノベ⁉(前編)
──それは、生憎と雨模様の、無性に蒸し暑い、夏の終わりのことでした。
その日は午後から、僕が内弟子として住み込んでいるお師匠様のお宅で、ちょっと変わった将棋の研究会が行われていたのです。
研究は研究でそれなりに白熱したのですが、その合間の雑談の中で、せっかく将棋界最高位の『竜王』と、女流棋士のタイトルホルダーの『扶桑桜花』が揃っているのだから、本番の対局形式で勝負をやってみようという話になったのです。
いくらお遊びでも、自分ごときが竜王に挑むのは不遜だと、最初は難色を示していた扶桑桜花も、『賞品』を決めた途端俄然やる気になられました。
……その賞品というのが、単なる奨励会員に過ぎない、弱冠十歳の僕こと金大中小太であることや、彼女以外の参加者たちも全員が全員、僕を見る目つきが異様にギラつき始めたことは、大いに疑問でしたが。
とはいえ、最初にいきなり竜王と女流タイトルホルダーが対戦するのも何ですので、まずはほとんど素人同然の、本研究会初参加のお二人が勝負することになりました。
一方が、銀髪金目の巫女服娘というのも非常にアレですが、もう一方も、銀髪銀目のおかっぱ頭の、五歳くらいの幼女というのは、もはや座興のレベルとしても、ふざけすぎているのではないでしょうか?
そのように師匠である竜王に向かって苦言を呈したところ、何でも巫女娘のほうは予知能力者であり、おかっぱ幼女のほうは奨励会員並みの実力があるので、何の問題も無いとのことでした。
……おい。
何だよ、未来予知の巫女娘って?
せっかく冒頭からずっと、『実話系怪談(w)』を気取っていたのに、すでにこの段階で、世界観がむちゃくちゃになってしまったじゃないか⁉
……まあ、この作品については、細かいところを突っ込んでもきりがありませんので、僕の不満は見事にスルーされてしまい、問答無用で対局が始まりました。
いったん勝負が始まってみれば、少なくとも序盤はきっちりと定跡通りの展開となり、どうやら僕の心配は杞憂に終わりそうでした。
本当にマジで、本作のど素人作家ごときが、ちゃんとした対局シーンなんて描写できるのか、心配だったのですが、一応は合格点といったところでしょうか?
そのように、内心で胸をなで下ろしていたのですが、どうやら安心するのはまだ早かったようです。
局面が中盤にさしかかるや、まるで待ち構えていたように、巫女娘が自ら定跡を外し、予想外の手ばかりを指し始めたのです。
もちろん、奨励会クラスの実力を誇るというおかっぱ幼女のほうも、少しも慌てることなく、最初のうちは適切な対応をし続けていたのですが、巫女娘のほうがあまりにも奇手ばかり繰り出すものだから、だんだんと長考を重ねるようになりました。
そして、ここ一番の重要なる局面において、幼女の手が完全に止まってしまったのです。
どんどんと『持ち時間』のタイムリミットが迫る中で、あたかも首そのものが落ちんばかりに、盤面へと向かってかがみ込んで、長考をし続ける幼女。
「『アユミちゃん』奨励会三級(仮)、持ち時間、残り一分です」
僕のいわゆる『秒読み』の声が、その場に響き渡るものの、更に盤面へとうつむき、熟考するばかりの幼女。
「あと、三十秒」
更に前かがみとなる、幼女の頭。
「あと、二十秒」
もはや盤面スレスレとなる、幼女の頭。
「あと十秒、九、八、七、六──」
そしてまさしく、将棋盤へと、鼻先が触れそうになったかに見えた、まさにその刹那、
「五、四、三、二──」
──ゴトリ。
「一……って、うわあああああああああああああっ⁉」
何とその時、本当に幼女の頭がポロリと取れて、将棋盤の上へと落下したのです!
それを目の当たりにしながらも、いつものごとく泰然自若とした物腰を少しも揺るがさずに、厳かに口を開くお師匠様。
「……うむ、アユミちゃんの時間切れにより、勝者、過去詠みの巫女姫!」
「──いやいやいや! 何冷静に審判をしているんですか、師匠! 対局者の首が取れたんですよ⁉」
「ふっ、思わず首が取れてしまうような熱戦は、これまでの棋界の長い歴史の中で、数え切れないほどあったからな」
「別に抽象的な描写方法とかのことを、言ってるわけではありませんよ! ──具体的に! 物理的に! 首が外れてしまったって、言っているのです‼」
「……しかし、首が落ちたために、駒の配置が乱れて、対局が続行できなくなったことについても、どうせ時間切れだったのだから、問題無いのでは?」
「だからそんなことではなくて、首が落ちたことそのものについて、問題にしているのですよ! 早く救急車とかを、呼ぶべきではないのですか⁉」
「──勇者様、そんなにご心配なさらなくても大丈夫です! ほら、私はこの通り、元気元気ですから!」
………………………は?
その時突然、将棋盤の上から聞こえた声に、思わず見下ろせば、
おかっぱ頭の幼女の『生首』が、こちらを見上げて、ニッコリと微笑んでいたのです。
「──うぎゃあああああああああああああああああああっ!!!」




