第135話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その6)
「……『受け将棋』こそ、けして負けることの無い、あらゆる闘争における、唯一の戦法ですって?」
その時僕は、第二次世界大戦における、米英やソビエトの勝因の真の理由が、将棋における代表的な戦法と、根本的に同一であることを聞かされ、心から戦慄した。
「つまり師匠は、『受け将棋』こそが、『最強』に至る唯一の道であると、おっしゃるわけで?」
そして恐る恐るお伺いを立ててみたところ、まさに現在実際に、棋界『最強』の地位にいる男性が、相変わらず厳かな口調で僕をたしなめた。
「いや、『けして負けない』ということは、イコール『最強』というわではないのだ。──たとえ、現在『最強』である相手に対しても、負けないとしてもな」
「はあ? 最強に負けないのに、最強ではないですって? いやそもそも、けして負けないと言うことは、ずっと『勝ち続ける』と言うことでしょう? だったらいつかは、『最強の座』にたどり着くのでは?」
「……うむ、それに対して明確なる答えを与えるには、ここで改めて、『最強』なるものの『概念』について、述べておかねばならぬだろう」
げっ、また『概念』かよお?
それって何か、抽象的で、わけがわからないんだよなあ……。
「ここでは将棋の親戚とも言える、チェスを例にとって説明することにしよう。よく『コンピュータがチェスの世界チャンピオンに勝った』なんてニュースが、まるで『季節の風物詩』でもあるかのように、忘れた頃に世間を騒がせたりもするが、別にチャンピオンに勝てたところで、そのコンピュータがチェスという一つのゲーム分野において、『最強』の存在となったことが実証されたわけではないのだ。そもそもその人間のチャンピオン自身がほんの数日後にでも、他の誰かに王座を奪われる可能性もあって、けして『絶対的な王者』なんかではないし、コンピュータ自体もチャンピオンどころかただの素人と勝負して、あっさりと負けてしまう可能性だってあるのだからな。つまりそもそも、チェスだろうが囲碁だろう将棋だろうが、真の意味で『その時点における最強の存在』を確定することなぞできず、仮に百億歩譲って確定できたとしても、次の瞬間にでも、誰にも知られていない場所で、更に強い者が生まれているかも知れないのだから、チャンピオンとか名人とか竜王とかいったタイトルホルダーだろうが、それを倒した人間の挑戦者やコンピュータだろうが、けして『最強』とは断定できないのだよ」
……長文、ご苦労様です、お師匠様。
とはいえ、おっしゃりたいことも、何となくですが、理解できましたよ。
確かに、地球上の全人類が一堂に会して闘い合わなければ、真の『最強』は決定しないし、たとえ決定したところで、次の瞬間にでも、更なる最強の力を秘めた挑戦者が、生まれるかも知れないよな。
……いや、確かに、わかったけどね?
──それって完全に、中二病的な、屁理屈に過ぎないんじゃないのかなあ?
「……だったら、戦争で言えば『専守防衛』に当たる、『受け将棋』を極めたとして、一体何ができると言うのですか?」
散々翻弄され続けて、いい加減辟易しながら問いただせば、更なる驚愕の言葉を言い放つ、意外とおしゃべりが大好きなお師匠様。
「少なくとも、現在名目上棋界『最強』である、竜王の私を、倒すことはできるだろうよ」
──っ。
「まさか、それって⁉」
「そう、私は自分を倒させるためにこそ、弟子であるおまえに、『受け将棋』ばかりを修養させてきたのだよ」
……何……です……ってえ……。
「もちろん、単に『下克上』を果たすことによって、将棋界の伝統的習わしとして、『弟子による師匠への恩返し』をさせるだけではなく、おまえには何よりも、『最強』になってもらいたいのだよ。何せさっきも言ったように、『受け将棋』であれば、本当のところは『負けフラグ』でしか無い、『偽りの最強』となることは無いからな」
「わざわざ弟子の僕に受け将棋を極めさせて、ご自分を討たせるですって⁉」
「どうせ自分を倒させるのなら、『最強』の相手のほうがいいだろう?」
「ま、まさか、そのためにこそ、僕を弟子として、育てているとでも⁉」
「ああ、そうだが?」
──なっ⁉
自分を倒させるために、これと見込んだ相手を内弟子にして、自分自身不敗の戦法と見なしている『受け将棋』を、手取り足取り仕込んでいるなんて、何という『自殺マニア』なんだ⁉
思わぬ事実の発覚に、今度こそ完全に言葉を失ってしまう、他称『最強の弟子』。
すると、これまでずっと沈黙を守っていた扶桑桜花が、選手交代とばかりに、新たに竜王陛下へと問い詰めていく。
「──ちょっと待ってください、さっきから聞いていたら、随分と話がおかしいのではありませんの? かなり論理が矛盾していると思うんですけど」
「ほう、一体、どの辺がだね?」
「まず、そんなに『受け将棋』が有効と思われるのなら、ご自分こそ『受け将棋』を極められればよろしいのに、どうして竜王は攻め将棋主体なのでしょうか?」
「それはもちろん、私こそは最後には滅ぼされるべき『龍王』なのだから、それこそかつてのドイツ軍や日本軍のように、防御を怠たっての突撃一本槍な、『攻め将棋』に徹するべきなのだよ」
「おやおや、竜王ともあろうお方が、おとぼけを」
「……私が、とぼけているだって?」
「現在の棋界において、『受け将棋』なる戦法は、それを使う者が文字通りに、身も心も削りながら必死に指し続けているのにかかわらず、勝率がぱっとしない、実効性の低い戦法と見なされているはずでは?」
──え、そうなの?
「現実でもそうなのです、いわんや、最近流行りの将棋ラノベともなると、頭の中にいっぺんに十数面も『脳内将棋盤』を浮かべたり、それどころか将棋ソフトそのままに脳内将棋盤すらも使わずに、棋譜そのもので盤面のこれからの推移を思考するといった、化物じみた棋士ばかり存在するというのに、消極的な『受け将棋』なぞ、力業で押し潰されるだけではないのですか?」
何その例え、両方共『りゅう○う』のやつじゃん。
……まあ確かに、現在まともな将棋ラノベといえば、『りゅう○う』以外存在していないけどね。
しかし、そんな至極ごもっともな扶桑桜花の追及に対しても、目の前の三十がらみの美丈夫は、余裕の表情を崩しはしなかった。
「さすがは私が見込んだ、『二番弟子』候補、いい質問だ。お陰でタイミングもバッチリだし、そろそろ紹介することにしよう、君たちに続く、私の『三番弟子』──つまりは、近い将来、『偽りの最強』である私を屠ってくれるはずの、真の最強候補を!」
「「なっ⁉」」
師匠のいかにも芝居じみた宣言とともに、リビングの入り口から姿を現したのは、あたかも『つくりもの』でもあるかのように、異様に整いすぎた容姿をした、絶世の美少女であった。
「……師匠の弟子候補と言うことは、やはりこの子も、異世界転生をした記憶があるわけですか?」
「──いいえ、違います」
何と、思わずうわごとのようにつぶやいた僕の言葉に答えを返したのは、当の謎の少女であった。
「私は転生者ではありません、なぜなら、私は生きていないからです。──そう、私こそは先程話に出たチェスや囲碁の現状そのままに、もはや第一線のプロ棋士すら凌駕し、現在最高性能とも目されている、将棋ソフト『ナロ王』をベースにして開発された、擬人化美少女なのですから」
………………………………は?
──つうか、
こ、こいつぬけぬけと、自分のことを臆面もなく、『美少女』とか言いやがったぞ⁉




