第133話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その4)
「……ちょっと、どうしたんですかいきなり、扶桑桜花? 師匠のことを『竜王』ではなく、『龍王』なんて呼んだりして? しかも『近い将来、あなたを殺す者』とか、物騒なことを言い出して⁉」
すでに、棋界きってのアイドル女流棋士が『前世』を語り出して、しかもいきなり師匠を変えるとともに僕の『妹弟子』となり、これからこの部屋で一緒に暮らし始めることを宣言するといった、十分にカオスな状態だったところに、ようやくこの部屋の主であり、僕の将棋の師匠でもある、黒縄竜王が帰宅なされたから、これでどうにか一安心と、ホッと気を抜いた途端、事態は予想外の方向へと迷走し始めたのであった。
「それについては、ご本人が、ようくご存じですわ。──ねえ、龍王陛下?」
……は?
こちらの当惑をよそに、むしろ自信満々に、棋界でも指折りの常識人として知られる師匠に対して、相変わらず電波的呼称で呼びかける、自称『異世界の悪役令嬢』。
当然、そのようなたわ言なぞ、一刀両断に斬り捨ててくれるものと、思ったのだが──
「……ああ、もちろんだよ、オードリー公爵令嬢」
──お認めになってしまった、だとお⁉
「……ふうん、つまりヒットシー王子を──すなわち、金大中奨励会三段を、あえて内弟子にしたのは、将来自分を害する怖れのある、『勇者』としての前世の記憶を秘めた者を、手元に置いて監視するためですのね?」
へ? ゆ、勇者って……。
「む、何のことだね?」
「しらばっくれないでください! 現在の王子には、前世の記憶が無いようですが、いったん『勇者』として目覚めれば、あなたにとってはさぞや、ゆゆしき事態となることでしょう。──何せ、かつて龍王としてのあなたを、見事に討ち果たしたのは、まさしくヒットシー王子ご自身なのですからね! ──そしてそれは何よりも、王子にとっての誰よりも頼りになる腹心にして婚約者でもある、この私の弟子入りを、あっさりと承諾したことこそが、何よりの証拠。どうせ私たちを二人まとめて自分の目の届くとこに置いて、隙を見計らって、闇から闇に葬ろうとでも思ったのでしょうが⁉」
自他共に認める『悪役令嬢』だった前世でも見せたことが無かった、冷淡極まる目つきで、格上の竜王のほうを睨みつける女流棋士。
あまりにも剣呑な雰囲気がビシビシとただよっているものの、僕としてはどうしても、問いたださざるを得なかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何ですか、僕が勇者で、龍王を討ったとか、だからこそ師匠が僕を弟子にして、手元に置いて監視しているとかって? いくら『前世主義者』でも、あまりにも電波過ぎるでしょうが⁉」
「え? 王子ったら、本当に、前世の記憶に目覚められていなかったのですか? 演技とかでは無く?」
「ギクッ! …………あ、いや、扶桑桜花ってば、僕のことを『王子』とか言ったり、ご自分のことを『悪役令嬢』とか『公爵令嬢』とかと言ったりなさっていたから、異世界と言っても、いわゆる『乙女ゲーム』的な世界から、転生してきたとばかり思っていたものですから」
「はあ、確かにベーシックストーリー的には、『乙女ゲーム』的キャラ配置となっておりますが、各エピソードごとに世界観が多彩に変化しており、その中には『龍王退治編』も、ちゃんとございましたのですよ?」
「そ、そうなの? ──いや、そんなことよりも! 何その、『ベーシックストーリー』とか『キャラ配置』とか『各エピソード』とかって、いかにも『メタ』的なワードは⁉」
「本作がメタ的なのは、今更の話ではございませんの? ……でも、困りましたねえ、まさか我々と王子との、『前世の記憶の復活度』に、それほどの差があるとは。これでは碌に、意思の疎通も図れないではありませんか?」
「……まあな、そもそも『異世界転生』と言ったところで、『集合的無意識』とアクセスすることで、別の世界の人物の『記憶や知識』を、己の脳みそにインストールすることによって実現しているのだから、たとえ同じ世界の人物たちの『記憶や知識』をインストールしている場合においても、記憶の完全度や、時間の前後関係等に、差が生じるのも無理は無いだろう」
だから何で師匠まで、そんな電波話に、平然と参加しているんですか⁉
「記憶の完全度や時制に、差が生じるですって?」
「そもそも、一口にヨシュモンド王国と言っても、多世界解釈量子論的には、いわゆる『パラレルワールド』として、似たような世界が無数に存在しているんだ、我々が『まったく同一のヨシュモンド王国』から来ているとは、けして断言できないのだよ」
「……まさかあなた、今こちらにおられる王子が、『私の王子』とは限らないから、所有権がないとでも、おっしゃるつもりではないでしょうね?」
──おいっ、いつ僕の所有権が、あんたのものになったんだよ⁉
「……いや、別に、そんなことを言っているわけでは無いのだが? それに、たとえそうであろうと、諦めるつもりなぞ無いんだろう?」
「当然ですわ、たとえ王子に前世の記憶が無いのをいいことに、内弟子にして囲ってしまおうとも、この私が必ず奪い返して見せますわ!」
「だから、そこが君の勘違いだと、言っているのだよ」
「勘違いですって? だったらどうして、金大中奨励会三段が、自分を前世で打ち倒した勇者だと知っていて、弟子入りさせたわけですの⁉」
……うん、そうだよな。
まさか、あの(いろいろな意味で)『変態悪役令嬢物語』に、『龍王退治編』なんかがあったとは驚きだが、確かに扶桑桜花の言うように、もし本当に師匠が勇者に倒された龍王の生まれ変わりだとしたら、勇者の生まれ変わりである僕を、内弟子にして自分の側に置くなんて、いずれ機会を見て復讐するため以外には、理由が思いつかないよな。
そのように、異世界の王子様と悪役令嬢が二人揃って、自分に対して疑惑の視線を向けてくるのを、いかにもうんざりしたように大きくため息をついてから、
あまりにも予想外なことを言い放つ、目の前の三十がらみの苦み走った美青年。
「もちろん、育てるためさ。──将来、龍王である自分を、打ち倒せる可能性を秘めている者たちをね」
「「──なっ⁉」」
言わずと知れたRPG界におけるラスボスの代表格の、龍王が、自分を退治する者を育てるだと⁉
……何その、いかにもネット上のゲーム板で叩かれそうな、自演乙なシナリオは?




