第130話、将棋ラノベで、ロリときたら、次はおねショタかヤンデレだよね♡(その1)
──僕の名前は、金大中小太。
実は何と、『なろう系』作品ではもはや『ありふれた職業』に過ぎない、『異世界の王子様』という前世の記憶があること以外は、ごく普通のDSさ。
……おっといけない、大切なことを伝えるのを、忘れていた。
一応僕は、将棋のプロ棋士の登竜門『奨励会』において、このたび三段昇進を果たしたばかりの、史上空前の『小学生棋士誕生か⁉』の呼び声も高い、世に言う『天才少年』だ。
他には、『コンピュータの申し子』とか、『半ズボンをはいた騎士』などと、呼ばれているが、ふふふ、いやあ、人気者は辛いねえ。
──もっとも、これらはすべて、他人やマスコミによる『レッテル貼り』に過ぎず、僕自身は自分のことを天才などとは思ってはおらず、コンピュータの類いもさほど重要視せず、ただ単に便利な道具としてのみ使い、半ズボンをはいているのも別に小学生としては珍しくもなく、それに僕は騎士ではなく、あくまでも棋士なのだ。
それでなくとも将棋界なんて、ただでさえ『天才のふきだまり』なのだ。少しでも慢心してしまうと、他の天才に潰されるだけで、特に今僕が在籍している奨励会の三段リーグこそが、半年間でたった『二席』という、あまりにも希少すぎる四段への切符を巡って、天才同士で仁義無用のガチの潰し合いを行っているという、『リアル蠱毒』の世界なのであり、油断は禁物なのだ。
そのように、世間の過分なるご評価に思い上がることなく、常に自分を戒めながら、夏休みまっただ中の本日においても、朝からコンピュータを相手に研鑽に励んでいた、まさにその最中であった。
唐突に鳴り響く、来客を知らせるチャイムの音。
「……あれ、こんな時間に、誰だろう?」
今日は来客の予定は、無かったはずなのに。
時刻も午前10時になったばかりといえば、事前にアポもとらずに他人の住居を訪れるには、あまりに早すぎる時刻であろう。
「宅配便かなあ? 何かの勧誘とかだったら、嫌だけど……」
別に将棋に限らないとは思うが、『勉学』や『修行』といったものは、何よりも集中することが大切なのであって、どうでもいいことで中断されるのは、何よりも許し難いことであった。
そうは言っても、まさか無視するわけにはいかず、僕はインターフォンに向かって、遅滞なく応答することにした。
……ちなみに、こういった『将棋ものラノベ』の類いだと、なぜか主人公が安アパートに住んでいるという設定が多いが、今時それは無いだろう。
ああいった低層アパートは、防音対策がおざなりだから、周囲の生活音がうるさくて集中力が阻害されるし、こちらの将棋の駒の音も結構周囲に響いてクレームの原因となり、近隣関係をお互いに悪化させるばかりなので、いいことなぞ何も無いのだ。
……年に数千万円も稼いでいる、『竜○』だったりするんなら、もっといいところに住めよ?
例えば今僕がいる、都心のウオーターフロントの、オートロックを始めとするセキュリティも万全の、超高層マンションみたいなね。
ということで、何もこの部屋の玄関先の真ん前に、押し売りや不審人物が来ているわけでもないので、余裕の心持ちで、オートロックがかかっている一階のエントランスの映像を、インターフォンのモニターで確認したところ。
「──なっ、零条安久谷扶桑桜花⁉」
不審人物とか、押し売りとかの、次元ではなかった。
そんな有象無象の類いなんかよりも、こんなところに存在するのが信じられないほどの、『大物』のご登場であった。
もちろん、たかが奨励会三段の小学生ごときが、女流棋士きっての実力者かつ大人気スターに無礼があってはならず、僕は慌ててインターフォンに呼びかけた。
「──零条扶桑桜花、金大中でございます、初のお目通りが叶い、恐悦至極であります。本日は一体、どのような御用向きであられるのでしょうか?」
僕はまだ齢10歳ほどのDSに過ぎないが、将棋界は町道場等における、アマチュアとしての第一歩からすでに、礼儀作法については厳しく躾けられており、年齢のみならず、将棋指しとしての名声や実績が格上の相手に対しては、必ずへりくだるのをデフォルトとしているので、『なろう系』の主人公キャラのように、チートスキルを持っているのか何か知らんが、異世界転生してすぐに、自分より年上でしかも冒険者稼業等における大先輩に対して、『ため口』を叩くようなふざけた真似なんか、絶対にいたしません。
『──まあ、ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。うふふ、さすがは将来の『史上初の小学生プロ棋士』殿。でも、そのように構えないでいただきたいのですが。何せ本日は、他でもなく、あなた様にお目にかかりにまかり越したのですから』
「……僕に、ですか?」
『ええ、折り入って、お話ししたいことがあるのです』
何だろう、女流棋士で、しかもタイトルホルダーの実力者なんて、これまで接点は、まったく無かったというのに。
……そのように、いろいろと疑問は尽きないが、何はさておきタイトルホルダー様を、これ以上エントランスに待ちぼうけにさせるわけにはいかず、僕はオートロックを解除して、彼女をマンション内へと招き入れた。
──まさにそれこそが、自分の日常の、崩壊の始まりとも知らずに。
「突然お邪魔して、申し訳ございませんね」
「いえいえ、どうぞ、お上がりください」
今年高校に入学したばかりと言うが、小学生の僕から見れば十分に年上で、しかも将棋指しとしては(段数はともかく、実績的には)遙かに格上であるというのに、腰が低く気品に溢れた振る舞いをなされる姿は、むしろ年齢以上に大人びて見えた。
……いやあ、こうして実物を間近に見ると、写真や動画なんかよりも、とんでもなく美人さんだなあ。
長い髪の毛は、艶めく烏の濡れ羽色だし、端整な小顔の中の瞳は、黒水晶そのものだし、純白のサマードレスに包み込まれた華奢な肢体も、初雪のごとき色白さだし。
子供心にも、こんな綺麗なお姉さんと二人っきりになるのは、ちょっとドキドキしちゃうな。
──おっと、いけないいけない、いくら相手がアイドルや女優顔負けの美人さんだからって、れっきとした棋界を代表するタイトルホルダー様なのだ。
きっとここへは、将棋連盟から何か大切な連絡事項を伝えに来られたとかの、お仕事で見えられているはずだから、これ以上邪なことを考えていたんじゃ、失礼に当たるよな。
そのように、僕が自分自身を戒めていた、まさにその時。
──ガチャッ!
……え?
三和土に立ったまま、後ろ手にドアの鍵をかかける、麗しの扶桑桜花殿。
え、えーと、当然僕としても、施錠しようと思っていたので、手間が省けて助かったんだけど、
な、何でこの人、口元でニンマリとほくそ笑みながら、僕のことをまるで、獲物を前にした肉食獣のような目つきで、見ておられるのでしょうか?
もはや何が何だかわけがわからず、僕がただ呆然とその場に立ちつくしていれば、
「……ああ、ヒットシー王子、お会いしとうございました!」
そんな感極まった声を上げながら、僕へと抱きついてくる、実は出るところは出ている豊満なる肉体。
──っ。ヒットシー王子、だってえ⁉
「ちょ、ちょっと、零条扶桑桜花、いきなりどうしたんですか⁉」
「嫌っ、私のことは、『オードリー』と呼んでください! ──昔みたいに」
……こ、今度は、オードリー、だと?
「まさか、まさか、あなたは──」
「ええ、私たちの前世である、この現代日本からすれば異世界に当たる、ヨシュモンド王国における、筆頭公爵家令嬢であり、あなた様の婚約者でもございました、オードリー=ケースキーですわ」
──‼
※やはり、ロリの極みの『りゅう○うのおしごと!』の次代を担う将棋ラノベを狙うなら、『ネコミミゴスロリ』なんかじゃ役不足で、最低でも『おねショタ』や『ヤンデレ』であるべきだよね♡
しかも『なろう』作品ならではに、隠し味(?)として、『異世界転生』もトッピングしたりして☆
ちなみに、『扶桑桜花』は、本作独自の(架空の)女流棋士のタイトルの一つで、ヒロインの『零条安久谷』さんにとっては『尊称』みたいなものであり、『アンラッキー』は、戦艦『扶桑』が帝国海軍随一の『不遇な軍艦』であることにかけており、(その姉妹艦が『山城』であることも踏まえて)『りゅう○うのおしごと!』に登場する、『山城桜花』という女流タイトルのもじりだったりして、同様に『ロケット』のほうも、これまた言わずと知れた帝国海軍のロケット特攻機の、かの悪名高き『桜花』にかけております。
また、零条安久谷──つまり、『れいじょうあくや』のほうは、『悪役令嬢』のアナグラム(?)だったりします。




