第129話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その12)
──どうして、
──どうしてなの?
──どうしてみんな、私のことを、仲間はずれにするの?
──どうして、
──先生を始めとして、大人たちは、誰一人として、助けてくれないの?
──どうして、
──たった一人の味方であったはずの、お兄ちゃんまで、見て見ぬ振りをし始めるの?
……助けて、
……助けてよ、
──誰か、私のことを、助けてちょうだい!
『アタシガ、タスケテ、アゲマショカ?』
──っ。
……そ、そんな、『あなた』は、お兄ちゃんが、どこかに、捨てたはず。
『ソウヨ、ダカラワタシハ、「フクシュウ」シニ、モドッテキタノ』
……復讐?
『サア、アタシト、ヒトツニナッテ、「アイツラ」ニ、フクシュウヲ、シマショウ!』
……い、いや、駄目、こっちに、来ないで⁉
『ムダ、ムダ、アタシカラ、ノガレルコトナゾ、ダレニモデキナイノ』
『ナゼナラ──』
──突然鳴りだす、病院内だから、電源を切っていたはずの、愛用のスマートフォン。
「……あたし、メリーさん、今、あなたの脳みその中に、いるの」
──いやああああああああああああああああああっ!!!
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……ふうん、つまりは、カスミに対するいじめはすべて、他ならぬ君自身が画策したことだった、というわけかな? 美登理」
私の長々と続いた打ち明け話を聞き終えるや、その幼なじみの少年は、いかにも素っ気なくそう言った。
──そう、あくまでも、『素っ気なく』、である。
……何で、
……何で、そんなに、
平気な顔を、していられるわけ?
最愛の妹を自殺へと追い込んだのが、今自分の目の前にいる、幼い頃からずっと一緒にいた、幼なじみであったことが明かされたというのに。
しかもその当の、今は亡きはずのカスミちゃんが、かの有名な都市伝説の『メリーさん』と一体化することで甦って、まさにこの時、自分の肩口に後ろから抱きついて、血の涙を流しながらいかにも憎々しげに、自分のことを睨みつけているというのに。
それに何よりも、私がどうして、このような愚かな行為に至ったかについて、その動機に思いを馳せるつもりは無いのか?
──つまりは、私のあなたへの『想い』なぞ、気にする必要も無いとでも言うつもりなのか?
そんなことを思い巡らせていると、さすがに私の様子を不審に感じたのか、目の前の少年が──愛しい幼なじみのキリヤが、再び口を開いた。
「ああ、すまない、誤解をさせたんなら、悪かったね」
「えっ、誤解、ですって?」
「──実は僕は、君たちがカスミを散々いじめ尽くして、死に追いやったことを、全然恨んではいないし、むしろそれどころか、感謝しているほどなんだよ」
………………………………は?
「キリヤ……あなた……何を……言っているの?」
「──だってそうだろう? お陰様でカスミは、結局自分のことを最後の最後で見捨ててしまった、最愛の兄への憎悪のために、悪霊と成り果てて、こうして僕へと取り憑くことになったんじゃないか? しかも都市伝説である『メリーさん』と一体化することによって、ただの人間の霊魂みたいに、何かの拍子で成仏することなんてあり得ず、僕を取り殺すまではずっと、二人で一緒にいられるってわけだからね」
「……一緒にいられるって、キリヤは、それでいいの? そうして姿は見えども、そのカスミちゃんには、肉体は無いのよ?」
「うん? ああ、君は僕たちの『秘め事』を、知っていたんだっけ? あれはカスミがどうしてもとねだるから、仕方なくやってあげただけの話なんだ。ある程度は、二人の絆を深める効果もあったしね。──でもね、僕自身は最初から、そんな即物的な関係よりも、魂同士の真に永遠なる結びつきこそを、欲していたんだ。そういった観点に立てば、こうして悪霊となり憎悪をもってカスミに取り憑かれるのは、願ったり叶ったりとも言えるんだよ」
「──妹が悪霊となって自分に取り憑くのが、本望ですって⁉」
「憎しみはある意味愛情よりも、相手のことを強く想っている証しだからね。──ていうか、そもそも君たちのいじめに便乗して、カスミをメリーさんと一体化させたのは僕自身なんだし、むしろ君たちを利用していたようなものであって、申し訳ないとすら思っているんだよ?」
「……な、何で、自分の妹に対して、そこまですることが、できるの?」
「そんなの、決まっているだろう?」
そしてその、長年憧れ続けてきた年上の幼なじみの少年は、あっさりととんでもないことを言い放つ。
「実の兄妹が、真に結ばれるためには、普通の常識的な恋愛関係なぞを高望みするのはもちろん、あえて禁忌の肉体関係に走り刹那的かつ破滅的な快楽に溺れるなんて、論外に過ぎず、むしろ『魂での結びつき』こそを目指すべきなんだ。そこで考えられるのが、兄か妹かのどちらか一方の、『一度死んでからの悪霊としての復活』なんだけど、その場合生き続けるカスミに悪霊になった僕がつきまとったりしたんじゃ可哀想だから、カスミのほうを悪霊にして、おまけに都市伝説化してもらったってわけなのさ」
……何……です……って……。
「実の妹と永遠に愛し合いたいからって、いじめを黙認して、悪霊として甦らせるのみならず、都市伝説とまで一体化させるなんて、むちゃくちゃじゃないの⁉ ……狂っている、何が『真に永遠なる絆』よ、あなたはただ、狂っているだけだわ!」
「──何を今更、自分の妹と、ガチの恋愛関係を成就しさせようとしている者が、正気のはずが無いじゃないか?」
「──っ」
「そんなことよりも、美登理、君はもう少し、自分自身のことを、心配したほうがいいんじゃないのかい?」
「……え?」
「言ったろう、こうしてメリーさんと一体化したカスミのことが見えているのは、あくまでも脳みそに直接及ぼされている錯覚のようなものに過ぎず、本当は実体では無いって」
「え、ええ、確かにあなた、そう言っていたわよね」
……それにしては、あまりにもリアルだから、本当にそこにいるようにしか、見えないけどね。
「つまりね、今僕の後ろにいるカスミは、あくまでも僕のことを恨んで化けて出た、『個体の一つ』に過ぎず、君に対しては、ちゃんと『君のことを恨んでいる』、別のカスミが存在し得るんだよ」
……へ?
その瞬間、私のスカートのポケットの中で、スマホが着信音を鳴らし始めた。
「しかも、あくまでも脳みそが見せる錯覚のようなものだから、その数も別に一人とは限られてはおらず、例えば自分に対するいじめの首謀者などといった、他の誰よりも憎悪が大きい相手に対しては、大量に現れることだって、あり得るのさ」
もはや私が完全に言葉を無くしていると、着信音が途切れるとともに、何もしていないのに音声通話が繋がってしまう。
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
そして、後ろから延びてきた多数の小さな手のひらが、私の全身に絡みつく。
「……ああ、あああ、あああああ、ああああああああああッッッ」
「いやあ、すごい数だねえ、そんなに『カスミから恨まれている』と、自覚していたんだ。まあ、それはあくまでも、君自身の脳みそが見せている錯覚に過ぎないんだから、別に実害は無いし、安心していいよ。──ただし、他のいじめの実行犯の女の子たちと同様に、君の精神自体が耐えかねて、発狂してしまうかも知れないけどね♡」




