第128話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その11)
同じクラス内トップカーストの女友達から言われるままに、私一人だけ先に、親睦旅行の途中で東京へと戻ったものの、我が家に帰り着くなり、途方に暮れてしまった。
──キリヤとカスミちゃんの様子を確認しろと言われても、一体どないせえっちゅうんじゃい⁉
……当然のことながら、私は今回旅行に行く前に、この幼なじみの兄妹に対して、一週間ほど留守にすることを伝えてあるのだ。
それをこうして、日程半ばに帰ってきたりして、どう言い訳をすればいいのだ?
──などと、私は愛用のパステルピンクのスマートフォンを右手に握りしめながら、悩み続けていたのものの、結局は通話もメールもラインもしないままに、ポケットへと戻した。
……仕方ない、どう取り繕っても不審がられるのなら、いっそのこと、これまた友人たちの『アドバイス』に従って、まずはこっそりと、二人の様子を確認することにしよう。
それで何も無かったら、それはそれでOKだし、万が一『とんでもないもの』を目の当たりにすることになっても、その時はその時で、適切に対応すればいいだけの話なのだ。
そのようにようやく意を決するや、私は家同士が隣り合っている幼なじみならではの特権をフルに活用して、ベランダ越しに同じ二階にある、キリヤの部屋を密かに覗くことにした。
──そして残念ながら、私は本当に、『とんでもないもの』を目撃してしまったのである。
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「……それで、これが証拠映像というわけよ」
「──何であなたはちゃっかりと、そんなものを撮っているのよ⁉」
私が愛用のパステルピンクのスマートフォンに、肌色成分多めの動画を再生して見せれば、当の『主演女優』であられるカスミちゃんが、見るからに動揺した。
両親の留守中に、珍しくもカスミちゃんだけを自分の部屋へと招待したところ、どうやら彼女は、こちらの接待がどうにもお気に召さないようであった。
それも当然であろう。
実の兄との一線を越えた、『裸のお付き合い♡(つうか、お突き合い?)』の盗撮映像を見せつけられたりしたら、中学生女子としては堪ったものではないに決まっている。
「──いやいやいや、百万歩譲って、のぞき見するのまではわかるけど、何でそれをしっかりと、映像に残せるわけ? あなた、お兄ちゃんのことが好きなんでしょう? ショックじゃないの⁉」
「もちろん、大ショックに、決まっているでしょう?」
「だったら、何でまさしくその場で冷静に、動画を撮ることができるのよ? あなたには、年頃のJCとしての、恥じらいとかは無いわけ⁉」
「──いやむしろ、これってまさに、JCならではの芸当じゃないの?」
「はあ?」
「昔っから、おかしいと思っていたのよねえ。毎年夏になると、ホラー小説とかホラー映画とかが大流行するけど、中でも目障りなのが、『実体験』とか『実話系』とか言って、本来フィクションであるべきホラー小説において、ノンフィクションであることを殊更アピールしようとする、大ボラ吹きのクズ作家どもなのよ。──そんなに『実体験』だと言い張るのなら、証拠を見せてみろって言うんだよ? まさかあんた、スマホの類いを、常時携帯してないとか言うつもりじゃないでしょうね? 少なくとも現代人だったら、ホラー小説の題材にできるような不思議体験をした場合には、ほとんど反射的に、スマホ等で映像として残そうとするはずでしょうが? それだけ、現代日本人におけるスマホ依存症が深刻化しているというのに、小説家ともあろう者が、そんなことも把握していなくてもいいわけ? そしてそれは別にホラー関係だけではなく、全般的に言えるんだけど、特に顕著なのが、私たちJCやJKなんかのお年頃の女の子なの。ちょっとでも気になることがあったら、すぐにでもスマホで映像に残して、ラインやインスタやツイッターで拡散するのが、もはや『仕様』となっているのだから、知り合いが実の兄と妹とで、ガチで愛し合っている場面に遭遇したりなんかしたら、無意識のうちにスマホの録画機能をオンにするのも、当然でしょうが?」
「──もう、インスタや動画を撮るのは、JCやJKにとっては、条件反射になっているのかよ⁉ 後どさくさに紛れて、一部の小説家をディスるのはやめろ!」
何か必死になって、わめき立てるカスミちゃんであったが、こうして証拠は完全に押さえてあるのだ、もはやぐうの音も出まい。
「……それで、そっちの要求は、何なの?」
「あら、話が早いわねえ?」
「そんな映像なんて、脅し以外に使いようは無いでしょう?」
「私の要求はただ一つ、キリヤとは今後一切、こんな人道にもとる行為を、しないでちょうだい」
「──っ」
私の要望を聞くや、まるでこちらを睨み殺さんばかりの目つきとなる、幼なじみの女の子。
「……何であなたに、そんなことを言う資格があるわけ?」
「当然でしょう、幼なじみとして、とても見過ごせないもの」
「何ですってえ?」
「実の兄妹で交わり合うなんて、どう考えても間違っているでしょう? 私は私の愛の力で、キリヤを正しい道へと、更生してやろうとしているだけよ。──そしてそのためには、あなたの存在が邪魔なの」
「な、何が、正しい道よ! 更生よ! 私とお兄ちゃんの、世間一般の形骸化しきった常識を超えた、『真実の愛』を貶めないでちょうだい!」
「真実の愛ですって? 単に目先の欲望にくらんで、理性や知性を失った、盛りのついた犬猫のようなものじゃないの」
「盛りのついた雌猫は、そっちじゃない! 結局あなたは、お兄ちゃんのことを、自分のものにしたいだけでしょうが⁉」
「──つまり、聞く耳は持たないと?」
「……だったら、何だって、言うのよ?」
「あなたが心を入れ替えて、キリヤとの不適切な関係を改めない限りは、夏休みが終わって二学期が始まっても、クラスの中にはあなたの居場所は無いでしょうね」
「──‼」
途端に表情を真っ青に染め上げる、目の前の『屠所の羊』。
どうやらこちらの意図を、正確に理解したようだ。
「……私をクラス内で、いじめの標的にするとでも言うの?」
「ええ、一応私は『クラスの女王様』ということになっているので、みんなも快く、『協力』してくれると思うわ」
「今時そんなことをして、ただで済むとでも思っているの⁉」
「ふふん、先生でも、親御さんでも、キリヤでも、泣きつきたいのなら、ご自由に。──ただしその場合には、この刺激的な映像が、ネット中に拡散することになるけどね」
「──くっ、卑怯者!」
「何とでもおっしゃい、間違っているのは、あなたのほうなのですからね。私はただ、あなたやキリヤを、救ってやろうとしているだけよ。──それでも、自分が正しいと言い張るつもりなら、私たちからどんなにいじめられようが、己の意志を貫けばいいじゃないのお?」




