第126話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その9)
私が最初に、彼ら二人の『異常性』に気づいたのは、いつの頃だっただろうか?
その兆候は、すでに私たちが出会った頃から、あったのかも知れない。
──なぜなら私たちは、けして『三人』ではなく、最初から『二人+一人』に過ぎなかったのだから。
確かに、あの二人──キリヤとカスミは、実の兄妹であり、それに対して私は、彼らにとっては、単なる幼なじみでしかないだろう。
それでも、私自身は一人っ子なこともあって、家が隣同士で、両親同士も親密だったから、彼らのことを自分の兄弟も同然に思っていたのだが。
……もしかして、それは私だけの、勝手な思い込みに過ぎなかったのだろうか?
幼い頃から、三人一緒に同じ部屋にいるというのに、ふとした時に覚えた、えも言われぬ『疎外感』。
そういう時はいつも、私以外の二人ときたら、兄妹だとしても過度なスキンシップに興じながら、お互いに耳元に唇を寄せ合って、内緒話に夢中になっていた。
まるで私のことを、最初から『いない者』として、見なしているかのように。
しかし、そのように紛う方なき『疎外感』すら覚える状況にありながらも、幼い頃から気が強かった私は、それくらいのことで悲観したりせずに、むしろわざと兄妹の間に割って入って、自分の存在を盛んにアピールしたものだった。
それに対して、キリヤのほうは、いかにも仕方なさそうに苦笑しつつも、一応私のことを受け容れてくれたのだが、一方カスミちゃんのほうはと言えば、せっかくの兄との団らんを邪魔されたことの憤りを隠そうともせず、ただ無言でこちらを睨みつけるばかりであった。
しかも殊更わざとらしく、あたかも私に見せつけるかのようにして、兄であるキリヤのことを独占しようとし始める始末であったのだが、当然こちらも負けてはおらず、いつしか女二人で一人の男を奪い合うといった、幼いながらもれっきとした『修羅場』を演じていったのである。
……とはいうものの、もちろんそれは『子供の遊び』の範疇でしかなく、特にキリヤが昔から何事にも動じない超然とした性格であったこともあり、女の子二人が少々ムキになったところで、肝心の男の子のほうが『我関せず』を貫いていたので、いたずらにヒートアップせずに済んでいた。
そんなこんなといったふうに、少々問題を孕んでいるものの、我ら幼なじみ三人の関係は、実は幼いながらも密かにキリヤにほのかな恋心を抱いていた私にとっては、なくてはならない大切なふれあいの場であり、カスミちゃんとの小競り合いすらも、いつしか楽しくも感じ始めたのであった。
──まさか実はそれが、私だけの勝手な『思い込み』にでしかなかったとも、知らずに。
明確にその『違和感』に気づいたのは、私とカスミちゃんが、小学校高学年となった頃であった。
小学生とはいえこの年頃になると、女の子は心身共に一気に成長を遂げて、しっかりと異性を意識し始めるのであったが、カスミちゃんときたら相変わらず、私を始めとする人前であろうが、ベタベタと過剰にキリヤへとじゃれつていったのだ。
その有り様ときたら、もはや微笑ましい兄妹の図と言うよりも、どことなく『危うさ』さえも感じられるほどであった。
もちろん、私自身もこの期に及んでは、キリヤに対する恋心を明確に自覚しており、以前よりも更に積極的に、二人の間に割って入って邪魔をすることで、カスミちゃんの怒りを買い、あわやつかみ合い一歩手前の口げんかを繰り広げていった。
いずれにせよ、この時の私は、まだまだ余裕綽々であった。
いくら仲がいいからと言っても、カスミちゃんは、血の繋がった実の妹なのである。
それに対して、もうじき高校生にもなろうとしているキリヤのほうは、異性に対して並々ならぬ欲望を募らせていく頃合いであり、いつまでも妹の相手をしているよりは、むしろ血の繋がりの無い女性へと、より興味を向けていくはずである。
──例えば、幼い頃からずっと一緒に育ってきた、幼なじみの女の子なんかに。
私自身も、キリヤを得るためだったら、いっそのこと自分の身を差し出すことすらも、やぶさかではなかった。
それだけ彼のことを本気で恋していたからでもあるが、それよりも増して、カスミちゃんから、彼女の『愛するお兄ちゃん』を奪い取ることこそに、愉悦を覚えていたのである。
これまで実の妹であるのをいいことに、散々キリヤとの仲睦まじき有り様を見せつけてきたのだ。
今度はこちらが、『血の繋がりの無い女』ならではの『武器』を使って、キリヤを独り占めにしても、罰は当たるまい。
そうなのである、私は無邪気にも──そして愚かにも、自分の『勝利』を信じて疑わなかったのだ。
──あれだけ、『破滅の兆候』が、顔を覗かせていたというのに。
……今から考えたら、不自然なことばかりであったのだ。
休日の朝早くに、いきなり断りも無く二人の許に訪れた際に、兄妹一緒の布団に寝ていたことが、何度もあったり、
小学校高学年にもなる妹と兄とが、いつまでも一緒にお風呂に入っていたり、
妹から兄へと一方通行とは言え、十分に女らしくなってきた肢体を、擦り付けるかのようにじゃれついていたり、
カスミちゃんが中学校に入学する頃には、実の兄妹とはいえれっきとした思春期の男女として、距離をとるどころか、むしろ幼なじみである私をのけ者にするようにして、二人だけでショッピングや映画鑑賞に出かけていって、より親密になっていったり、
元々兄妹揃って人並み以上に美形であったところ、思春期に入るや幼なじみである私さえも気後れするほどに、匂い立つような成長を果たしたというのに、不自然なまでに異性の影がなかったり、
──等々と、あまりにも、不自然なことばかりであったのだ。
もちろん、私自身も、大いに疑問に感じていた。
しかしそれでも、頑ななまでに、見て見ぬ振りをし続けていたのだ。
すべては、現実を否定することによって、私自身の『恋心』を守るために。
──しかしそれは、禁忌かつ無残な結末を、ほんの少しだけ、先送りしているのに過ぎなかったのだ。




