第124話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その7)
非常に残念なことながら、現実には、『異世界転生』なんて、けしてあり得ない。
『現代日本からの転生者』とは、実のところは、単に異世界人が、『自分は現代日本人の生まれ変わりなのだ』という、妄想に取り憑かれているだけなのである。
──ただしそこに、異世界人自身の、『願望』や『憎悪』や『喜び』や『哀しみ』等々といった、極度に『強い感情』が介在しているのも、また事実であった。
本好きが高じて、深層心理における超自我的集合知──いわゆる、『集合的無意識』とのアクセスを果たし、現代日本の司書の記憶と知識を手に入れて、オーバーテクノロジーそのものの印刷技術と流通経路の開拓により、『読書』を世間一般にまで広めることを為し得た、下級役人の娘。
本来知能レベルが低く、人間や外敵から狩られるばかりの存在であったが、何としても生き延びるために、現時点の異世界人よりも遙かに高度な知性と理性を得ることを渇望した結果、集合的無意識とのアクセスを果たし、現代日本人の記憶と知識を手に入れて、世界の支配者にまで上り詰めた、蜘蛛やスライムやドラゴンたち。
落ちこぼれと揶揄されながらも、志半ばで倒れた父親の遺志を継ぎ、名門パーティに荷物持ちとして潜り込み、各地の魔物を退治しつつ不断の努力で腕をめきめき上げていき、ついに集合的無意識とのアクセスを果たし、一瞬にして自らの『不幸な未来の無限の可能性』を垣間見る力を──実質上の『精神的な死に戻りスキル』を手に入れることによって、見事に魔王退治を成し遂げた勇者の息子。
周囲を強大な覇権国家群に取り囲まれた弱小王国において、どうにか逆境を乗り越えようと、世界最強の軍隊の創設に万難を排して乗り出して、ついには集合的無意識とのアクセスを果たし、時代を超越した現代日本レベルの超兵器の技術に関する知識を得て、その製造及び実用化を為し得た、ずっと凡愚を装っていた策略家の王子。
最下層の貧民として生まれながらも、親兄弟を始め生まれ故郷の人々を重税や飢饉等から救うために、身売り同然に商家で丁稚奉公しながら、仕事はもちろん勉学にも励み、その努力の末に集合的無意識とのアクセスを果たし、現代日本レベルの超効率的な経済知識や経営手腕を獲得して、大陸きっての大商人となった男。
これらの偉業はすべて、棚ぼた的な『現代日本人としての前世の記憶』や『神様がくれたチートスキル』なぞといった、文字通りに御都合主義的なものが最初から備わっていたからではなく、本人の飽くなき努力と、何よりも『自分の夢を何としても叶えよう』という、強い決意と願望があったからこそであった。
──そう。まさしく時代はもちろん世界そのもののレベルを超越した『叡知』すらも与えてくれる、集合的無意識とのアクセスは、救世だろうが征服だろうが愛情だろうが憎悪だろうが利己主義だろうが慈愛だろうが成り上がりだろうがざまぁだろうが独占欲だろうが博愛主義だろうが信頼だろうが裏切りだろうが、人並み外れた『強い感情』があって初めて、成し得るのだ。
そして何もこれは、いかにもWeb小説ならではの『異世界転生的なイベント』に限らず、現実の現代日本における、いわゆる『オカルト的な超常現象』についても、同様なのであった。
異世界人が強く望めば、本当に異世界転生や転移が実行される必要は無く、現代日本レベルの最先端の知識を得て、それぞれの願望を叶えることができるように、もしも我々普通の現代日本人が、幽霊や都市伝説的存在と、触れ合ったり常に一緒にいたいと心から願えば、本当に幽霊が化けて出たり都市伝説的存在が出現したりする必要は無く、我々の個人的認識においてのみ、幽霊や都市伝説を知覚できるようになるのだ。
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「……それこそが、私やあなたが、都市伝説の『メリーさん』と化してしまった、今は亡きカスミのことを見たり触れたりできるようになった、理由なわけなの?」
長々と続いた年上の幼なじみの少年による、集合的無意識とのアクセスこそが、Web小説界でお馴染みの異世界転生どころか、幽霊や都市伝説といったオカルト現象さえも、真に現実的に実現できるという蘊蓄話を聞かせられた後で、私は心からの感嘆のため息をもらした。
「ああ、ちょっと前にあるライトノベルで、『死んだ人間を幽霊にしてしまうのは、いつだって生きた人間のほうなのだ』という主張が記されていて、まさにその『きっと自分のことを恨んでいるだろう』という負い目こそが、死者を勝手に『悪霊』にしてしまうのだという理論には、諸手を挙げて賛同するところだけど、別にその作品のように『オカルト現象の実在』を認める必要は無く、単に集合的無意識とのアクセスによって、あくまでも妄想として、個人的にオカルト現象を認識することによって、現実性を完全に守り抜くことすらもできると思うんだ」
「……生きた人間の『強い感情』こそが、今は亡き者を『悪霊』にもしてしまえるですって? ──だったら、まさに今あなたの両肩に抱きつきながら、血の涙を流しているカスミちゃんは」
「──そう、実の兄である僕自身が強く望み、そして実際にそうなってしまうように、いろいろと細工を弄したからこそ、カスミをメリーさんと同化させることによって、事実上この世に甦らせることができたのさ」
え。
「……自分の妹を生き返らせるためとはいえ、都市伝説と一体化させることを強く望み、いろいろと策を巡らせたですって?」
「ああ、すべてはカスミをいじめ抜いて、死に追いやった、おまえたちへの復讐のためにね。──何せ、確かにカスミは人のことを恨んで化けて出るようなことなんてあり得ないほどの、お人好しだったけど、メリーさんみたいに、絶対に人を死に追いやってしまう都市伝説と同化させれば、必ずおまえたちに、カスミを不幸のどん底に陥れた、『報い』を与えることができるからな」




