第123話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その6)
「……現在過去未来を問わない、人類の叡知──つまりは、あらゆる『記憶と知識』が集まってくる、いわゆる超自我領域である集合的無意識が、俗に言う『閃き』みたいなものですって?」
これまでの学術的な小難しい言葉の連続に、心底うんざりしていた最中に飛び出した、いかにも俗っぽい言葉に、思わず私は問い返した。
──都市伝説で有名な『メリーさん』と化して、血の涙を流しながら自分の肩口に後ろから抱きついている妹の亡霊すらも、ただの『妄想』のようなものと切って捨てた、年上の幼なじみの少年へと向かって。
「……ああ、『閃き』じゃピンとこないんだったら、『願望』と言い換えてもいいよ?」
「願望、って……」
集合的無意識とかいう、あたかも『心霊的なインターネット』と言うか、『ヴァーチャルな量子コンピュータ』と言うかの、いかにも古くさくオカルト的でありながら、最先端の科学技術的でもあるという、わけのわからないものが、人にとっての『閃き』や『願望』のようなものに過ぎないって──。
「実はこれについても、この手の解説の際の例え話として散々取り上げられてきたらから、もううんざりしているんだけど、確かにこれが一番わかりやすいと思うから、ここは観念して聞いてくれ。仮に──そう、あくまでも仮の話なんだけど、ある異世界において、ごく平凡な下級役人の女の子が、唐突に『読書の楽しさや尊さ』に目覚めてしまうんだけど、その時点における文化水準では、読書なんて王侯貴族や一部の富裕層くらいしか楽しむことができなかったものだから、その子はどうにかして、書物を大量かつ安価に世の中に行き渡らせるために、製本技術や流通経路の格段の効率化を目指して全力を尽くしていくことになったんだ」
──おいおい、その『例え話』、本当に大丈夫なのか? 『夏のホラー2019』の正式エントリー作品における、『大蜘蛛のタラ子』のエピソード同様に、かなりヤバいんじゃないのか?
……あれ? この子って、生まれつき『現代日本人としての前世の記憶』を持っていた、いわゆる『転生者』じゃなかったっけ?
何で、ある意味この『例え話』において、最も重要な点に触れないんだろう?
「もちろん、さっき言ったようにその世界における文化レベルの低さを始めとして、身分制度や経済状態や庶民の知的レベル等々、目的である『読書の広範囲な普及』に対しては、前途に立ち塞がる難題が山積みとなっており、たかが一個人の女の子が奮闘したところで、当然のごとく限界があり、どの分野においてもあと一歩のところで、『願望』に手が届かない状態に陥ってしまうんだ。──そんな時彼女を成功へと導いてくれるのが、他でもなく『閃き』なのさ」
──え。
「エジソンの名言で有名じゃないか、『天才(的発明)とは、99%の努力と、1%の閃きからなる』って。これはつまり、本当に自分の願望へと全力を尽くして邁進して、努力に努力を重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて重ねて、あと一歩及ばずに立ち止まりかけた、まさにその刹那、あたかも『努力に対するご褒美として与えられる、神様からの啓示』そのままに、突然の脳内に訪れた『閃き』によってこそ、最後のピースがピタリとはまり、願望を叶えることを成し得るってわけなんだよ」
「閃きこそが──つまりは集合的無意識こそが、不断の努力の結果、最後に与えられる、『成功へのピース』ですって?」
「そうさ、閃きこそが集合的無意識であり、その『本好きの女の子』は、努力に努力を重ねることによって、まさしく『ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の記憶と知識が集まってくるとされる、超自我領域』とのアクセスを果たして、現代日本の最新の知識を己の脳みそにインストールすることに成功して、事実上の『現代日本からの異世界転生』を実現して、最新の印刷技術や最も効率的な流通経路の構築術等についての『知識』を手に入れて、己の望みを叶えたって次第なのさ」
──なっ⁉
「……そ、それって、まさか?」
「そう、実はWeb小説なんかによくあるように、現代日本人の転生者だから、『異様なる読書好き』になったのではなく、元々生粋の異世界人でありながら、『異様なる読書好き』であったからこそ、時代や世界そのものにそぐわない己の夢を叶えるために、人一倍努力した結果として、奇跡的に『現代日本人レベルの叡知』を得ることになり、擬似的な異世界転生を果たすことで、誰もが気軽に楽しむことができる、『現代日本レベルの読書環境』を実現できたわけなんだよ」
あー。
そりゃそうだよねえ。
Web小説みたいに、何が何でも最初から『異世界転生ありき』では、現実性もへったくれもあったものじゃ無いけど、むしろ逆に、何としても自分の夢を叶えるために、文化レベルの低い異世界人なりに努力に努力を重ねて、あくまでも自分自身の力で『奇跡の扉』を開いて、現代日本人レベルの『記憶と知識』を手に入れることによって、事実上の異世界転生を果たしたっていうほうが、絶対に現実的だわ。
「──って、ちょっと待って! まさしくこの『異世界転生の仕組み』を利用することによって、私やあなたが、今や亡霊であり都市伝説でもあるカスミちゃんを、見たり触れたりできるようになったということは⁉」
今更になって『衝撃の事実』に気がついた私が、思わずわめき立てるように幼なじみに向かって問いただせば、果たして大きく頷く、目の前の少年。
「──そう、少なくとも僕がこうしてカスミを、自分に対して憎悪を抱いている都市伝説として甦らせたのは、己自身の願望に基づいてのことだったのであり、だから僕はこのままこの子にとり殺されることになろうとも、本望というわけなのさ」




