第121話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その4)
「……幽霊や都市伝説のような、非現実的な存在に対する感情が、たとえマイナス面にしろ極度に強ければ、目に見えたり、触ったり、できるようになるですって? そんな馬鹿な!」
いかにもな『トンデモ理論』を披露する幼なじみのDKに対して、すかさずツッコミを入れる、一応ピチピチのJCだが、彼の妹さんのいじめを画策したことがバレてしまった今となっては、何とも気まずい私こと、『隣の家の美登理ちゃん』であった。
──とはいえ、現に目の前にいる『幼なじみのキリヤ君』の背後には、その肩口から腕を回して抱きつくようにして、本来ならお亡くなりになっている彼の実の妹さんにして、私のクラスメイトだった『カスミちゃん』が、単に幽霊となって化けて出るどころか、何と都市伝説の『メリーさん』と化してご登場なさったのだから、問答無用に否定できないのも、また事実であった。
そんな私の混乱を極めるばかりの胸の内を見て取ったかのようにして、更に予想の斜め上を突き抜ける『珍説』をご披露する、キリヤ君。
「あのさ、君は『視覚』や『触覚』は、人間の器官で言うと、どの部位で知覚していると思っているんだい?」
………………は?
な、何を、当たり前のことを、聞いているんだ?
「そりゃあ、視覚は瞳だし、触覚は皮膚──つまりは、身体全体の表面じゃないの?」
「──不正解」
「なっ⁉」
「眼球や皮膚──それから、耳や鼻等のいわゆる『感覚器官』は、あくまでも人間の五感の『入り口』に過ぎず、具体的に外界の刺激を『視覚』や『触覚』として認識しているのは、すべて『脳みそ』なんだよ」
「ええっ、脳みそこそが、人間の『五感』を具体的に知覚している器官ですって? だったら、瞳や皮膚のほうは、何だって言うのよ⁉」
「言っただろう? あくまでも『感覚の入り口』って。つまりスチルカメラやビデオカメラ等の映像装置に例えれば、あくまでも瞳は『カメラレンズ』部に当たり、そこから入力された映像データが脳みそというCPUにおいて、具体的な映像として処理されて初めて、瞳で見たものを『視覚化できる』というわけなんだよ」
「えっ、つまりは、私が今見ているキリヤの顔って、目で見ているわけじゃないの⁉」
「ああ、極端なたとえ方をすると、眼球ではアニメDVDに収録されているデジタルコードだけが見えていて、それを脳みそにおいて映像データとして変換して初めて、具体的なアニメムービーを見ることができるって寸法なのさ」
「……ああ、何となく、わかった気がする。人間の『感覚の仕組み』って、意外とデジタルだったのねえ」
「ご理解いただけたようで、何よりだよ。──それではここで、応用問題です。まさしく幽霊とか都市伝説のように、本来ならけして目には見えないものを、見えるようにするには、どうすればいいと思う?」
「目には見えないものを、見えるようにするですって? 今のキリヤの話では、人間って、実際には、『目で見ているわけではない』から………………………って、ま、まさか⁉」
「そう、直接脳みそに『情報』を与えて、あたかも幽霊や都市伝説が見えているように、錯覚させればいいんだよ」
……何……です……って……。
「──いやいや、ちょっと待って! ということはつまり、私には今まさに、あなたの後ろに、『メリーさん』と化したカスミちゃんがいるように見えるんだけど、まさかこれすらも、『脳みそが見せている錯覚のようなもの』とでも、言う気じゃないでしょうね⁉」
「え、そのつもりだけど? やだなあ、美登理ったら。まさか本当に、幽霊とか都市伝説とかが、存在するとでも思ったの?」
「な、何よ、今更そんな、前提条件をすべてひっくり返すようなことを言い出して⁉ こんなにもはっきりと、カスミちゃんのことが見えているのに、妄想だか白昼夢のようなものに過ぎないわけなの? ──いや、そもそも、脳みそに幽霊や都市伝説が見えるように錯覚させるなんて、一体どうやって実現しているのよ⁉」
「──簡単なことさ、元々君の脳みその中には、当然のように『カスミ』の情報が存在しているし、『メリーさん』という都市伝説の『概念』についても、妹の持っていた『メリー』という名前の人形にかこつけて、いじめのネタにしたことがあるそうだから、君を始めとするいじめグループの全員が、脳みその中に知識として格納していることは確認済みさ。後は、君たちの『カスミに対する罪悪感』に絡めて、『メリーさん』を脳内において思い出させるように、『トリガー』を設定するだけでいいんだよ」
「……私たちに、『メリーさん』の都市伝説を思い起こさせる、トリガーですって?」
「もちろん、君たちのスマホに、『あたし、メリーさん、今、××にいるの』というメッセージを、送信することさ」
「──! あれって、あなたの仕業だったの⁉」
「そりゃそうだよ、まさか本物のメリーさんが、電話をかけてきたりするわけが無いからね」
「妄想だか何だか知らないけど、そのせいでクラスメイトたちが、発狂するまで追いつめられてしまったのよ⁉」
「──そんなこと、知るかよ? 僕の最愛の妹をいじめた罰だ、自業自得というものだろう」
「な、何ですってえ⁉」
「おやおや、いじめ集団のリーダー様におかれましては、やはり『手下』どもの、肩を持たれるわけですかな?」
「くっ。──い、いや、それでもやっぱり、おかしいわよ! 確かに暗い夜道とかで独りっきりになったら、オバケとか出るんじゃないかと変な妄想をしがちだけど、たかがメリーさんの振りをした電話を受信したくらいで、脳内にこんなに明確に、都市伝説の姿が再現されることなんて、あり得ないでしょうが⁉」
「おおっ、さすがは薄汚いいじめ集団とはいえ、人の上に立つリーダーさんは違いますなあ。うん、いい勘しているよ、君は」
「……いい勘て、どういう意味よ?」
「今回の、『カスミのメリーさん化』については、ある人物の力を借りたんだ」
「……ある人物、って?」
「『魔女』さ」
「はあ?」
「おっと、ご本人は、『女神』だって、自称していたっけ?」
「ちょ、ちょっと、何よ、その人、自分のことを、『魔女』だか『女神』だかと、平気で自称するなんて、一体どんな人なの⁉」
もはや、何が何だかわけがわからなくなって、ただひたすらわめき続ける私を尻目に、その年上の幼なじみは、満を持したかのように言い放った。
「うちの学園の高等部の、『異世界転生SF的考証クラブ』って部活の部長さんに、辰巳エリカ先輩っていう人がいるんだけど、実は彼女って、人の脳みそにどんな『記憶や知識』だろうが、意のままに刷り込むことができる超常的存在である、『なろうの女神』って呼ばれているんだよ」




