第119話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その2)
「──お兄ちゃん、私の『メリーさん』を、どこにやったの⁉」
「……ああ、あの人形なら、昨日捨ててきたよ」
「嘘! どうして、そんなことを! お兄ちゃんだって、私が『あの子』のことを、何よりも大切にしているのを、知っていたじゃない⁉」
「大切にしていたからこそ、なんだよ」
「……え?」
「あれは、おまえの、『身代わり』なんだ」
「お、お兄ちゃん?」
「安心しろ、ちょっとした『呪術』をやっているだけだ、おまえ自身には、何も影響は無いから」
「──安心なんてできないよ! 何よ、呪術って⁉」
「決まっているじゃないか、おまえをいじめ抜いて、学校に行けないようにして、結局身体を壊して、こうして入院生活を余儀なくさせたやつらに対する、『復讐』だよ」
「──っ」
「元々身体が弱かったというのに、何の理由もなく、理不尽ないじめなんかしやがって、そのせいでカスミの持病が重篤化して、完全に寝たきりになってしまったじゃないか……ッ」
「や、やめてよ、お兄ちゃん、復讐なんて! 私別に、みんなのこと、恨んでないから! 私が弱かったから、学校から逃げ出しただけだし!」
「おまえ、この期に及んで、まだそんなことを言っているのか⁉ いくら気が優しくてお人好しだからって、限度があるだろうが!」
「ううん、私は、優しくもお人好しでも無いよ? それに学校には美登理もいたし、別にみんながみんな、『敵』だったわけじゃないし」
「なっ、美登理だってえ⁉」
「うん、美登理だけは最後まで、私のことをいじめたりせずに、むしろ庇ったりもしてくれたんだよ!」
「……おまえ、それって、本気で言っているのか?」
「ど、どうしたの、そんな怖い顔をして。だって美登理は、私だけでは無く、お兄ちゃんにとっても、昵懇の幼なじみじゃない?」
「おまえが、そんなだから、俺は…………ッ」
「ちょっと、お兄ちゃん、どうしたのよ、一体⁉」
「いや、何でも無い。……ええと、そんなことよりも、おまえがあの『メリーさん』という人形を、大切にしていたことを知っているのは、美登理以外にもいたっけ?」
「あ、うん、美登理から一度、学校に持ってきてって言われたので、持っていったんだけど、誰かに隠されてしまって大騒ぎになったから、クラスメイトなら、みんな知っていると思うよ?」
「そ、そうか」
「その時だって、結局最後には、美登理が見つけくれたんだから、私の前であの子のことを悪く言ったら、お兄ちゃんだって怒るよ?」
「ふふ、はは、ふはははは、そうかそうか、みんな『メリーさん』のことを、知っているのか、それは好都合だな」
「……お兄ちゃんたら、急に笑い出したりして、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫大丈夫、それにメリーさんのほうも、すぐに戻ってくるよ」
「えっ、お兄ちゃんが、捨てたところに、取りに行ってくれるの?」
「いや、メリーさんが、自分で戻ってきてくれるのさ」
「はあ?」
「何せ、『呪術』が完成したんだからな。これからは楽しい楽しい、『都市伝説ショウ』の、始まりってわけだよ♫」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……随分久し振りね、この部屋でこうして、二人になれるのも」
「──ああ、そうだな」
本当に久方振りに、幼なじみ同士の二人っきりの状況だというのに、いかにも素っ気なく答えを返す、年上の『お隣さん』。
──それも、無理はなかった。
何せ彼は、ついこの間、最愛の妹を、亡くしたばかりなのだから。
「……あ、あの、キリヤ、このたびは、カスミちゃんにおかれては、心からお悔やみ申し上げます」
事が事なので、『親しき仲にも礼儀あり』とばかりに、おずおずと弔意を伝えてみるものの、やはりいつもの彼らしくも無く、いかにも陰鬱に口をつぐんだままであった。
本当は、そっとしておくべきかも知れない。
こんな時に、しつこくアプローチし続けるのは、むしろ逆効果であろう。
──しかし、『弱みにつけ込む』という意味からすれば、最大のチャンスとも言えた。
何せ、ようやく、邪魔者の排除をやり遂げたのである、ここで押さなければ、いつ押すと言うのだ。
「……キリヤ、きついことを言うようだけど、いつまでも亡くなった人への想いばかりに、囚われていては駄目よ?」
──その瞬間、それまでうつむけていた顔を勢いよく上げ、こちらへと刺すような視線を向ける、幼なじみの少年。
そこには間違いなく、私を責めるような感情が、はっきりと見て取れた。
しかし、臆してばかりは、いられない。
まさしく、ここが私にとっての、最大の『勝負所』なのだ。
「聞いて、キリヤ! 私だって、カスミちゃんの幼なじみなんだから、彼女が亡くなってしまって、とても辛いし、あなたの気持ちも、良くわかるわ! でも、いくら私たちが彼女のことを想っても、あの子は二度と戻っては来ないのよ⁉ だったら早く気持ちを切り替えて、前向きに生きたほうが、天国のカスミちゃんだって、きっと喜んでくれるわ!」
そのように、私が、あらかじめ用意していた台詞を、高らかに謳い上げれば、その迫力に押されたようにして、呆気にとられた表情となる、最愛の男の子。
……うふふ、効いてる効いてる、どうやら後一押しで、堕ちそうね♡
そのように、内心でほくそ笑みながら、更に虚言を続けようとした、その刹那、
「……ふふ、ふふふふふ、あは、あはははは、ひひ、うひひひひひひひひひ!」
唐突に鳴り響く、あたかも狂ったかのような、哄笑。
何とそれは、目の前の少年の、薄い唇から、漏れ出ていた。
「あはははははは! ──まったく、何を言うかと、思ったら……」
「ちょっ、ちょっと、キリヤ、いきなりどうしたの? そんなにお腹を抱えて、笑いだしたりして⁉」
「そりゃあ、笑いもするさ、何せ今回の件の『主犯』である君が、よりによって、そんなことを言い出すんだからねえ」
──っ。
ま、まさか⁉
──いや、あわてちゃ、だめよ!
ここで変に焦ったら、墓穴を掘るだけだわ。
キリヤの本意を確認するまでは、とぼけきらなければ!
「な、何よ、キリヤ? 私が主犯て、一体何のこと?」
「……ふうん、白を切るんだ? まあ、いいけどね。どうせ君のやったことは、すべて無駄だったんだから。──ほんと、君のせいで巻き添えになった、クラスメイトの人たちも、いい迷惑だよねえ。まあ、どのみち、自業自得ではあるけどね」
なっ⁉ ほとんど全部、バレているじゃないの!
──いや、そんなことよりも。
「……キリヤ? 私がやったことが、すべて無駄だったというのは、一体どういうことよ?」
「──こういうことさ」
そう言って、テーブルの上に置いてあった、愛用のスマートフォンを手に取れば、まるでそれと呼応するかのように鳴りだす、けたたましい着信音。
それに対してわずかにも動ずることなく、キリヤが流れるように通話ボタンをタップした、その途端、
「『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』」
電話を通じての音声と、肉声との、まったく同じ舌足らずの声が、聞こえてきたのであった。
「……カスミ、ちゃん?」
──そう、平然と椅子に座り続けている、キリヤの両肩に腕を回すようにして、後ろから抱きついてきたのは、もはやこの世にはいないはずの、私のもう一人の幼なじみにして、クラスメイトの少女であった。




