第118話、あたし、メリーさん、今……。【夏のホラー・NOT病院編】(その1)
──お兄ちゃん、
どうして、会いに来てくれないの?
もう私のことなんか、要らなくなってしまったの?
──お兄ちゃん、
──お兄ちゃん、お兄ちゃん、
──お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、
──お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、
──お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、
──お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、
このままだと、私たち、
──二度と、会えなくなって、しまうんだよ⁉
……お兄ちゃん、
…………お兄ちゃん、
……………………お兄ちゃん、
…………………………………………会いたいよ、
………………………………………………………………………………お兄ち
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──真夜中の、明かりのほとんど無い、仄暗い裏通りにて、その少女は、必死に走り続けていた。
「……はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ」
しかしそれでも、『アレ』から逃れることなぞ、けしてできはしなかった。
「──⁉」
その時突然、スカートのポケットの中で、着信音を鳴らし始める、電源を切っていたはずのスマートフォン。
しかも、通話スイッチをタップしてもいないのに、聞こえてくる、どこか聞き覚えのある、少女の声。
『……あたし、メリーさん、今、××駅前にいるの』
──っ。
──さっきよりも、確実に、近づいてきている?
──どうして、どうしてなの? 私自身後先考えず、むちゃくちゃな道順を走り回っているのに⁉
だから彼女は、堪りかねて、スマホを取り出して、わめき立てる。
「いい加減にして! 何が『メリーさん』よ、あなた、カスミでしょう? 確かずっと入院中だったはずなのに、この電話、病院からしているの⁉」
『……あたし、メリーさん、今、××商店街の、入り口にいるの』
「──ひっ⁉」
更に彼我の距離が縮まったことを知らされて、もはや通話を続ける気も失せて、再び必死な形相で走り始める。
……もしかしたら、今この手に握りしめている、スマホを投げ捨てれば、いいのかも知れない。
メリーさんから確実に逃げ延びる方法については、ネット上等において散々議論され尽くしているものの、いまだ不明のままであり、ひょっとしたら、『電話』こそを最も不可欠なギミックとしている、メリーさんの魔の手から逃れるために、あえてスマホを手放すことは、あながち間違ってはいないかと思われた。
しかし、だんだんと距離が縮まっているのを知らされるのも、確かに恐ろしいが、相手の動向がまったくわからなくなるのも、それはそれで堪え難かったのだ。
そのように、胸中で激しく葛藤しながら、なおもひた走り続けていると、
『……あたし、メリーさん、今、あなたがついさっき通り過ぎたばかりの、コンビニの店先にいるの』
「なっ⁉」
──この暗がりの中で、店の明かりが皓々と照らされていたから、覚えていた。
──コンビニなんて、ほんの一、二分前に、通り過ぎたばかりじゃない⁉
──駄目! このままでは、捕まってしまう!
──もう、逃げるとか、距離を空けるとかじゃなくて、とにかく少しでも、人通りの多いところに行こう!
そのように方針を転換して、あえて追っ手をまくために入り込んだ袋小路から、大通りへと脱出しようと、少しでも明るく賑やかに感じられるほうへと、歩を進めていたところ、
──! この通りの向こうから、多くの車が行き来している音が聞こえるわ!
喜び勇んで、騒音のするほうへと右折すれば、目映い光に包み込まれた。
「…………あ?」
何と、車通りの激しい基幹道路を目の前にして、彼女の行く手を阻んでいたのは、いくつもの照明に照らされた、現在は無人となっている、工事現場であった。
「そ、そんな! どうにか通り抜け、できないの⁉」
しかし、手前の柵から身を乗り出して覗き込めば、水道工事だかガス工事だか不明であるが、ぽっかりと掘り起こされた大きな穴が、道幅いっぱいに広がっていた。
そして、次第に背後からひたひたと近づいてくる、小さな足音。
──それと同時に、ついに鳴り響く、最後の着信音。
『……あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』
──振り向かなければ、良かった。
しかしそれでも、自分のほうへとじりじりと近づいてくる存在を、無視し続けることなぞできなかったのだ。
……とはいえ、そうして振り向いてみたところで、そこに存在するものを理解することなぞ、絶対に不可能であったのだが。
──何せ、『メリーさん』からの最後の電話に応じて振り返った時、後ろにいるのは、その者にとって、『最もおぞましき恐怖の対象』以外の、何物でも無いのだから。
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!」
そして次の早朝、まだ十代も半ばの年頃だというのに、髪の毛が真っ白となった少女が保護されたのだが、もはやまともな会話なぞできず、何が彼女の身に起こったのかは、誰にも知られることは無かったのである。




