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第117話、本当は怖い、異世界転生⁉(その6)

「……へえ、彼って、いじめられていたんですか?」


 引き続き、いまだ二人っきりの『異世界転生SF的考証クラブ』の部室において、更に詳しく今回の『異世界からの死者による電話』に関する相談者──がわあきひこ氏の身の上を聞き及び、いかにも驚いた表情となりながら、発言者の麗しき部長殿のほうを見やれば、




 肩口で切りそろえたつややかな黒髪に縁取られた、彫りの深く端整なる小顔の中で、黒檀の瞳をいかにも意味ありげに、ニンマリと煌めかせていた。




「ふ〜ん、そんなに驚くことかい? それも()()()()、君が?」


「な、何ですか、一体何が言いたいのですか?」


「……ったく、白々しい」


「何ですってえ⁉」




「──直接的か、ネット等を介しての間接的かは知らんが、これまでずっと自宅にひきこもっていた彰彦氏に、このクラブの存在を教えて、相談に来るように仕向けたのは、君自身なんだろう?」




 あらら、バレていたのか。


 ……ま、そりゃ当然か。


 むしろ、部長がそのくらいのことを見破れないほうが、おかしいよな。


「……良くわかりましたね、同じ一年生とはいえ、僕と彼とはクラスも違うというのに」


「ふっ、まだとぼけるつもりかい? そのように、一見無関係のようにも見える、君たちの間の共通項ミッシングリンクなら、ちゃんとあるではないか?」


「ほほう、それって、どのような?」




「もちろん、『異世界』だよ。──一部では有名な異世界転生系Web作家の、ハイル=ヒーロー=アッカーサー大先生?」




 ───っ。


「……だから、その筆名ペンネームでは呼ばないでくださいって、何度も何度も頼んでいるではないですか?」


「くくく、本名が『あかさかヒロキ』だからって、何だい、これ。ドイツ軍なのかアメリカ軍なのか、はっきりしたまえ。──いや待てよ、これっていっそのこと、『アッカーサー』を完全にドイツのほうに変えてしまうと、むしろ、先々代の……」


「──うわあああああっ、それ以上はマジでヤバいから、やめてください!」


「いやそれにしても、Web作家って、何でおかしな筆名ペンネームばかり、付けたがるのかねえ」


「……ノーコメントで、お願いいたします」


『ハイル=ヒーロー=アッカーサー』とか『881374』とかいった、わけのわからない筆名ペンネームを付ける人間が、他人様のことを言えないからね。


「それで、二人の間には、どういった『なれそめ』があったんだい?」


「……部長のご想像の通りですよ、某小説創作サイト上に公開していた、僕の異世界転生系の作品を読んだ彰彦君が、熱烈なファンになって、何度も気合いの入った感想を送ってくれているうちに、すっかり意気投合して、個人的にラインでやりとりするようになったことで、彼が同じいまがわ大学付属の高等部の一年生であることや、クラスで陰湿ないじめに遭って、現在絶賛引きこもり中であること、それに──」


「それに? ──ああ、いや、わかっている、何といっても異世界転生作品の、愛好家同士だ、言いたいことは、一つだろう」


「……さすがですね、部長。そうなんです、彼が言いたいのも──」




「ヤンデレな幼なじみにつきまとわれて、もうたくさんだから、異世界に逃げてしまいたいと。──まさしく、君とご同様にね」




「──いやいやいや、何です、それ⁉ 確かに彰彦君が、重度のヤンデレの幼なじみさんのことで悩んでいると、相談を受けたことがありますが、何が僕と同様ですか⁉」


「だって、君にもいるではないか? アズサ君だっけ、何でも君の部屋に盗聴器や隠しカメラを仕込んで、24時間監視し続けているとかいう」


「それって、初耳なんですけど⁉ えっ、アズサのやつ、そんなことをしているの⁉」


「……あー、もしかして、知らなかったの? 悪い悪い、今のはほんの冗談だから、忘れてくれ」


「忘れられるか! 冗談か事実か、一体どっちなんです⁉」


「まあ、いいではないか、今日帰って、徹夜で家捜しをしてみたまえ」


「──それって、『監視装置が存在する』って、前提じゃん⁉」


「だからといって、短絡的に、アズサ君を傷つけるような真似は、感心しないぞ?」


「……ああ、それは、もちろん。しかしびっくりしましたよ、あの彰彦君が、自分の幼なじみの子を、自殺に追い込んでいたなんて。僕が彼に部長に相談するように勧めたのは、あくまでも彼の最大の望みである、『異世界転生の実現の仕方』について、何らかのアドバイスが得られるかと思っただけですし」




「君が思っていた通りさ、それだけ彼は、『異世界転生の実現』を、心より願っていたのだよ」




 ………………………………は?


「またしても、一体何なのですか? 僕が思っていた通りって。まあ確かに、彰彦君が『異世界転生の実現』を、何よりも希っていたのは事実ですが」


「君は、彰彦氏が、『異世界から幼なじみが電話をかけてくる』といった妄想に囚われているのは、彼女を自殺に追い込んだ『罪悪感』のせいだと思っているようだけど、妄想というものは、実のところは『願望』の顕れでもあるのだよ」


「が、願望って……」


「もちろん、理不尽ないじめなんかを受けている、こんな最低の現実世界を捨てて、異世界に転生することさ。──そもそもそのためにこそ、幼なじみ殿を自殺に追い込んだんじゃないか?」


「──‼ いやいやいや、いくら何でも、そこまではしないでしょう⁉」


「さあねえ、意識的か無意識的かは知らないが、彼自身がそう望んだからこそ、幼なじみ殿は自殺して、異世界で生まれ変わって、現在は世界の境界線を越えてまで、彼に電話をかけてきているんだよ、──『早く、異世界においで♡』って」


 ……何……です……って……。




「異世界においでって、それって、つまり──」




「そう、今頃彰彦氏は、幼なじみ殿に導かれて、異世界に()()しようとしているのではないかな? ──まさしく、自分自身の願望通りにね」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……あけ?」




 久し振りに自分の家から外出して、人目を避けてこっそりと忍び込んだ学園において、珍妙なる相談事を終えての帰り道、繁華街の雑踏の中で、見覚えのある人物の姿を目にしたのであった。




 ──ただし、『彼女』はすでに、身罷っているはずであったが。




「──きゃっ⁉」


「何よ、あんた!」


「痛っ!」


「おい、てめえ、人にぶつかっておいて、謝れよ⁉」




 思わず、人混みを押しのけるようにして駆け出したものの、そのあまりにも奇異な格好をした少女の姿を、あっさりと見失ってしまう。




 ──どこだ?


 ──どこに行ったんだ?


 ──あれは、間違いなく、明美だった。


 ──幼なじみである僕が、見間違ったりするものか!




 ──たとえそれが、トンガリ帽子に、全身を包み込む漆黒のローブという、現実離れした、格好をしていたとしても。




 ──そう、彼女は、あの異世界からの電話で言っていたように、Web小説なんかでお馴染みの、『勇者パーティの魔術師キャラ』そのままの、出で立ちをしていたのだ。


 ──明美明美明美明美明美明美明美明美明美明美い──!


 ──お願いだ!


 ──もう一度、姿を見せてくれ!




『……あきひこ、こっちよ』




「あ、明美?」


 突然あまりにも鮮明に聞こえてきた、探し人の声。


 ──あたかも、頭の中で、直接鳴り響いているかのように。


 ふと前方を見やれば、黒一色の衣装をまとった幼なじみの少女が、大通りの向こう側にたたずんでいた。


『……彰彦、お願い、今すぐ「こちら」に、来てちょうだい』


「いや、おまえって、ほんのこの前、死んだはずじゃ?」


『そんなことなんか、どうでもいいでしょう? 本当に「異世界に転生できる」方法が、見つかったのよ?』


「な、何だと⁉」


『さあ、早く、私のほうに来て。そうしないと、間に合わないわ』


「わかった、今行く!」


 そう言って、信号が青であるのを確かめて、横断歩道を渡ろうとしたところ、




「──きゃああああっ⁉」


「あ、危ない!」


「お母さん、助けてえ!」




 慌てふためく、歩行者たち。




 目の前には、信号を無視して突っ込んでくる、大型トラック。




 ──あたかも、異世界転生系のWeb小説ならではの、テンプレ極まる冒頭シーンであるかのように。




『……おめでとう、これであなたの望みが、やっと叶ったわね。──もう二度と、放しはしないから。私たちはこれからずっと、そこが日本だろうが、異世界だろうが、「あの世」だろうが、一緒にいられるのよ♡』




 最後の瞬間、目の端で垣間見た、幼なじみの少女の、あたかも夜の闇のごとき姿は、魔術師と言うよりもむしろ、『死神』であるかのようにも見えたのであった。

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