第116話、本当は怖い、異世界転生⁉(その5)
「……ねえ、彰彦、まだ学校に行くつもりは無いの?」
今日も朝早くから、隣に住んでいる幼なじみの少女が、僕を学校に連れて行こうと、勝手知ったる他人の家とばかりに、僕の部屋まで上がり込んできた。
──それに対して頭から布団を被ったままで、僕は大声でわめき返す。
「もう、放っといてくれよ、何度言ったらわかるんだよ!」
「あ、彰彦?」
「いいか? おまえのような、上位カーストの陽キャが、構えば構うほど、最下位カーストで陰キャの僕は、クラス内の立場がますます悪くなって、これまで以上にいじめられるんだぞ⁉」
「そんな! 陽キャとか陰キャとか、私たち、幼なじみじゃない⁉」
「幼なじみだからって、陰キャの男が陽キャの女とつき合って、クラスの上位カーストの男たちの前でイチャイチャして、いじめられもせずに無事に済むのは、現実というものを度外視した、最近流行りの何かとウザいばかりの『幼なじみ原理主義』を標榜した、Web小説のラブコメの中だけの虚構だよ!」
「……いや、彰彦がいじめられている主な原因は、まさにそのWeb小説を真に受けて、常日頃から『異世界に転生したい』なんて、馬鹿みたいな妄想を垂れ流しているからじゃないの?」
「な、何が妄想だ! 間違っているのは、このクソ現実のほうなんだよ⁉ 僕は異世界に行きさえすれば、生まれ変わって、今度こそ『主人公』として輝けるんだ!」
「うわあ…………確かに、キモいわ、これは。ええと、『なろう系』って言うんだっけ? まさに現実逃避のための、厨二的小説よねえ。いくら私が幼なじみのヤンデレキャラだって、これはちょっと擁護できないわ」
「いや、そこは擁護しろよ!」
「……それとも、異世界で生まれ変わることによって、この私から逃げ出したいとでも、思っているんじゃないでしょうね?」
「──っ」
「ねえ、どうなのよ?」
「お、おいっ、人のベッドに、上がり込んでくるなよ⁉」
「いいから、答えなさいよっ!」
「──ひぃっ⁉」
「……私がこうして今、上位カーストにいるのは、すべて彰彦のためなんだよ? 彰彦が私といる時にも、何かと可愛い女の子のほうばかりに脇目を振るものだから、むちゃくちゃ努力をして自分自身を磨き上げて、学校でも一二を争う『美少女(w)』になれたんじゃない。──まあ、元々素養的にも、それなりに良かったんでしょうけど、その点は両親に感謝しないとね」
「……ああ、確かにおまえは昔から可愛い部類に入っていたとは思うけど、そんなタイプじゃなかっただろうが?」
「ええ、私もどちらかと言うと、彰彦と同じ『オタク体質』だから、あまり目立つこと無く、孤独に自分の趣味だけに没頭したいところなんだけど、どうやらどこかの幼なじみさんが、自分自身は陰キャのくせに、陽キャのカワイ子ちゃんがお好きなようだから、本来ならお近づきになりたくもない、陽キャを気取るメス豚どもとつき合っているんじゃないの?」
「つまり、容姿だけではなく、あくまでも表向きとはいえ、性格までも改造してしまったというのかよ?」
「何、他人事みたいに言っているの、すべては彰彦のためなんだからね!」
「いや、そんなこと言われても、怖いんですけど! ほんと、異世界に逃げたくなるくらいに!」
「あはは、逃がすものですか! たとえ彰彦がいじめられようが、これまで以上に教室内で絡んでやるから! ……くふふふふ、クラスメイト全員からいじめられて、更に孤立してしまえば、その分私だけに依存するようになるから、願ったり叶ったりよね」
「──‼ ま、まさか、僕がクラスで、いじめられているのって⁉」
「さあ〜、どうかしらねえ? まあ、上位カーストで陽キャの私だったら、取り巻きの顔だけの能なしオス豚どもを唆して、最下位カーストの陰キャのオタク男をいじめさせるぐらい、朝飯前だけどねw」
「き、貴様、殺してやる!」
「あ〜ん、待ってましたあ! 首を絞めるなら、もっと強くしてえ〜ん♡」
「なっ⁉」
「ぐふふふふ。彰彦の手で殺されるのなら、むしろ本望よ。あなただって、自分の手で殺してしまった女のことを、絶対に忘れられないでしょうから、私は永遠に、あなたの心の中に居続けることができるのよ!」
「……く、狂っている、おまえは、狂っているんだ! 僕のことが好きだからって、クラスメイトにいじめさせたり、自分を殺させようとするなんて、ただの気狂いじゃないか⁉」
「ええ、私はずっと前から、彰彦だけに狂っているわよ♡」
「もう嫌だ! 僕は異世界に行くんだ! おまえのことなんか知るか!」
「へえ、異世界に行くって、一体どうやって?」
「──ぐっ」
「無駄無駄無駄無駄無駄あああああっ! いいからあなたは、ずっと私の側にいて、クラスのみんなからいじめられて、世の中すべてに絶望して、私だけに依存すればいいのよ! まさにこれぞ愛のいか○ち名台詞、『提○ったら、私だけがいればいいじゃない♡』よ!」
「どこの、『ブラックサンダー』だよ⁉ 『艦○れ』のいか○ちちゃんは、そんなこと言わない! もう後生だから、僕を独りにしてくれええええ!」
「嫌よ、何度生まれ変わろうとも、ずっと彰彦と一緒にいてやるんだから」
「生まれ変わっても、つきまとう気かよ⁉ 何それ、せっかく異世界転生できても、意味無いじゃん────って、いや、待てよ」
「うん? ようやく、諦めてくれた? そりゃそうよね、こっちは彰彦と一緒にいられるのなら、自分の命だって惜しくは無いんだから」
「……だったら、死ねよ」
「え」
「僕のためなら、死ねるんだろ? それだったら僕が手を下すまでもなく、自分で勝手に死んでくれよ!」
「な、何よ、私が一人で死んでも、彰彦には何の影響も与えないんだから、そんなことしても、意味無いじゃない⁉」
「いいや、そんなことは無いね」
「はあ?」
「死んでしまえば、もしかしら、異世界転生することができるかも知れないじゃないか? つまりその場合、僕の願いがちゃんと実現できるのを、身をもって示してくれることになるんだから、こちらとすれば感謝感激雨あられだよ」
「──っ。い、いや、でも、たとえ異世界に転生できたとして、その事実をこの世界にいる彰彦へと、どうやって知らせればいいのよ⁉」
「知るかよ、そんなこと。僕のためなら、何だってできるんだろう? 化けて出るなり、霊界通信をするなり、お好きなようにすればあ?」
「……ば、化けて出ろとか、霊界通信をしろとか、そんなあ⁉」
「はあい、泣き言なんか、聞きませえ〜ん。ヤンデレさんは、愛の成就のために、是非とも不可能を可能にしてくださあ〜い。──いいですね、ちゃんと実現するまでは、僕の前に姿を現しては駄目ですよ?」
「──うわあああああああああああん! 彰彦の意地悪うううう!!!」
そのように捨て台詞だけを残して、号泣しながら走り去っていく、隣の幼なじみさん。
「……やれやれ、さすがのあいつでも、異世界転生は無理か。まあ、当分は静かにしてくれるだろうよ」
──それから三日後のことであった。
彼女──江尻明美が、僕への永遠を愛の言葉がぎっしりと詰まった恋文と、異世界に旅立つことをしたためた遺書を残して、自殺してしまったのは。




