第115話、本当は怖い、異世界転生⁉(その4)
『──彰彦、元気?』
『──こっちは、快調よ』
『──また、魔王軍の幹部を一人、退治したの』
『──私も魔術師として、パーティの中で、結構役に立っているのよ』
『──ああ、長年の夢だった、剣と魔法のファンタジーワールドに、異世界転生できて良かった』
「──これもすべて、彰彦のお陰よ!』
『──だって彰彦が、私のことを殺してくれたからこそ、こうして異世界に転生することができたんだから♡』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──ありがとう、彰彦』
『──私を殺してくれて、本当にありがとう!』
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……つまり部長は、相談者である彰彦君自身が、幼なじみである明美さんを手にかけたと、そうおっしゃるわけで?」
いつもの放課後の、二人っきりの『異世界転生SF的考証クラブ』の部室内に鳴り響く、自分では抑えているつもりでも、どこか険があるのは否めない、僕こと唯一の部員である、赤坂ヒロキの声。
それに対して、間に挟んだ机の上で頬杖をつき、大きくはだけた夏制服のブラウスの胸元の深い谷間を、これ見よがしに見せつけている、部長であり一つだけ年上の少女である、辰巳エリカ先輩のほうはと言えば、相も変わらず肩口で切りそろえられた艶めく黒髪に縁取られた、彫りの深く整った小顔の中で、深遠なる黒檀の瞳をいかにも意味深に煌めかせながら、こちらのほうを見つめるばかりであった。
「まあね、彼自身の言葉や態度を勘案すれば、疑いは濃厚だな」
………………は?
「えっ、何か証拠とかがあったり、どこかから情報を入手していたりとかではなく、あの短時間の間に、初対面の相手の言動を見聞きしただけで、そんなことがわかったんですか⁉」
「──というか、前提条件から、違うんだよ」
「ぜ、前提条件て」
そこで珍しく、いかにも何の邪気も無いかのごとく、ニッコリと微笑む、目の前のご尊顔。
──ヤバい。
これはまちが無く、部長がとんでもない問題発言をぶっ放す、前兆だよな?
「そもそもだねえ、ちょっと不思議な体験をしたからって、普通だったら、うちのような学園内の『オカルト研究会』モドキの、胡散臭いクラブなんかに、相談したりはしないものなんだよ。……まったく、最近の若者ときたら、ワンパターンなストーリー進行しかできない、三流ラノベや漫画なんかの、読みすぎじゃないのか?」
──いやいやいやいやいやいやいやいやいや!
「何、自らのクラブ活動を全否定するようなことを、言い出しているんですか⁉」
……メタ的に言えば、この作中作シリーズそのものの、全否定だよな。
「でも、どう考えても、不自然だろう? この個人情報保護時代に、同じ学生とはいえ、ほとんど初対面の相手に、身の上相談なんかするなんて」
「そんなこと言っていたら、ストーリーがまったく、進まないじゃないですか⁉」
「そうは言っても、お約束的な展開ばかりに頼っていたんじゃ、『創作としての死』以外の何物でもないぞ?」
「──いや、あなた、一体何が言いたいんですか⁉ さっきからずっと、本題から外れっぱなしじゃん!」
……もう、すべてが、メタメタだよ!
「うん、だからね、もしも『すでにお亡くなりになって現在異世界にいる、昵懇の幼なじみから電話があった』とかいった、オカルト的な事象が起こったとしても、本来なら『喜ぶ』べきことじゃないかな? たとえとても信じられなかったとしても、『嬉しさ』が上回り、その事実を受け容れて、再び可能となった彼女との会話を心から楽しむはずなのであって、しかもそんな馬鹿なことを他人に話したところで、頭の具合を疑われるだけだから、基本的に口外することは無いと思われるのに、実際には彼は、こんな胡散臭いクラブに相談してきたじゃないか? ──それも、とても『喜ぶべきこと』が起こったとは思えない、深刻な顔をしてね」
──‼
「そうか、たとえ『幽霊』が突然目の前に現れたからといって、それが自分にとって、『是非とももう一度会いたかった相手』であれば、怖がったり忌避したりしないのはもちろん、わざわざ『他人に相談する』なんていう、余計なことをするはずが無いですよね⁉」
「そうなんだよ。よってこういった『学園オカルト相談所』みたいなクラブは、存在すること自体が矛盾しているのさ」
──だからそんな、メタ的自己否定論は、やめてくださいってば。
「そして、『自分にとって、甦ってきたら都合の悪い死者』の、最たるものと言えば、何と言っても『自分の手で殺した相手』というのが、いの一番に挙げられるだろうよ」
「た、確かに、考えてみれば、それ以外は思い当たりませんね。普通死者が化けて出る最大の理由って、何はさておき、『自分を殺した相手への復讐』ですからね。もしそうじゃなかったとしたら、親愛なる幼なじみが甦ってきてくれた場合には、ただただ嬉しいばかりでしょうし」
そう言うや、それこそ僕にとっての親愛なる部長殿は、こちらがちゃんと理解できたことを確認して、一度大きく頷いた後に、
──ついに、『決定的な台詞』を、言い放った。
「つまり、幼なじみ殿を手にかけたという罪悪感こそが、あくまでも彰彦氏の身の上に、『死んだはずの人間が、異世界から電話をかけてくる』といった、超常的現象を起こしたわけなのだよ」
……そうなのである。
部長は、先ほど僕が指摘したように、まるっきる嘘を言っていたわけでは無く、『本当のことを述べなかった』だけなのだ。
「『異世界転生やタイムトラベル(という名の『戦国転生』)等は、その対象となる世界や時代において発生する』ということは、確かに、もしも奇跡的に現代日本人が異世界や過去の世界において転生──つまりは、生まれ変わることがあったとしても、既存のWeb小説みたいに、そこから満を持して『現代日本人を主人公にした物語』が始まるわけではなく、あくまでも受け手側の異世界人や過去(戦国時代)の人間が、『実は自分は日本人の生まれ変わりなのだ☆』などと思い込んでしまうといった、妄想に取り憑かれただけに過ぎないのであり、同様に今回の案件においても、一見『異世界転生』が実現しているように思われるから、あくまでも生粋の異世界人が自分のことを、『すでに亡き現代日本人の明美さんの生まれ変わり』なのであるという、妄想に取り憑かれているように見えるが、これは大きな大間違いなのであって、なぜなら、今回の相談事は、あくまでもこの現代日本を舞台にしているのだから、相談者である彰彦氏自身が、『異世界から自分のスマホに、すでに亡くなっている幼なじみによる音声通信が着信した』という、妄想に取り憑かれているだけの話というのが、正しい見解なのですよね?」
「──ザッツライト! さすがは、我が優秀なる部員! ほぼ99%正解だよ! たとえ異世界であろうが現代日本であろうが、異世界転生やタイムトラベル(戦国転生)なんて、本当に起こり得るはずがなく、ただ単に『現地』の人間が、それらが起こったかのように思い込んでいるだけで、いわんや『異世界から自分のスマホに、すでに亡くなっている幼なじみによる音声通信が着信した』なんてことが、実際にあり得るわけが無いのだ」
……何か、これはこれで、自らに対するメタ的全否定みたいな感じもするけど、どこかのWeb小説でもあるまいし、実際に異世界転生とかタイムトラベルとかが、起こり得るわけがないよな。
「──ところで部長、どうして正解率が、99%なんですか?」
「ああ、気にする必要は無いよ。そこは『誤差』の範囲だしな。例えば、『スマホに着信があったこと自体が、彰彦氏の妄想に過ぎないのか』、はたまた、『スマホへの何らかの着信自体は、本当にあったのか』──の、違いに過ぎないのさ」
「へ? スマホに死者から、電話がかかってくることなんて、本当にあり得るのですか⁉」
「くくく、実はそれこそが、毎度お馴染みの当クラブ名物『蘊蓄解説コーナー』にとっての、今回の最大のテーマとも言えるのだがね、これまで何度も何度も言ってきたように、異世界転生なんて超常現象は、あくまでも異世界側の人間が、何らかの切っ掛けによって、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているとされる、いわゆる『集合的無意識』とのアクセスを果たすことによって、ある特定の『現代日本人の記憶と知識』を、己の脳みそにインストールすることで、ある意味『現代日本人としての前世の記憶』を手に入れることになって、自分のことを現代日本からの転生者だと思い込んでしまうといった次第なんだ。──それで、まさにその、集合的無意識へのアクセス方法についてなんだが、集合的無意識の発案者である心理学者のユング自身が言っていた、『集合的無意識は、現在かつ過去に存在していた、すべての人類の叡知の結集なのである』って、何かを連想しないかい?」
──っ。そ、それって⁉
「そう、まさしく現在における、『インターネット』そのものじゃないか」
「……つまり部長は、インターネットとアクセスすることは、ある意味集合的無意識への入り口の一つでもあり得ると、おっしゃるわけですか?」
「何せインターネットこそは、ユング御大が言っていた、『全人類の精神の最深層を繋ぐ超自我的領域』の電脳版とも言えるからね、何かの拍子に現在や過去だけではなく、未来や異世界とのアクセスすらも、可能にするかも知れないじゃないか?」
確かにそんなパターンの、SF小説を中心にした創作物も多いけど、何とこれには、学術的裏付けが存在していたのか?
「──そして、あらゆる時代の『記憶と知識』が存在しているということは、『すでに死亡した者の記憶と知識』も存在していることになり、スマホを通じて集合的無意識にアクセスすることができれば、『音声通信』という形で死者が語りかけてくることも、十分あり得るわけなのだよ」




