第114話、本当は怖い、異世界転生⁉(その3)
「……つまり部長さんは、偶然か何かによって明美の『記憶と知識』を宿すようになったからこそ、本当はまったく無関係の本物の異世界人が、明美の『転生体』を名乗り始めたと、おっしゃるのですか?」
「うん」
「しかもそもそもその異世界においては、やはり同じように集合的無意識がもたらしてくれた、数多くの現代日本人の『記憶と知識』に基づいて、何とスマートフォンが作製されていて、件の異世界人もそれを利用することによって、現代日本の僕の許に電話をかけてきたと?」
「しかり」
「──何が、『しかり』ですか⁉ 集合的無意識というのが何なのかイマイチ良くわからないので、異世界人が本当にそんなものとアクセスできるのかどうかはともかく、たとえそんな眉唾物の超自我的領域とやらのお陰で、現代日本の『スマホの知識』を手に入れたところで、大方のWeb小説における異世界のお約束として、現代日本よりも格段に科学文明が劣った世界で、スマホを作製できたりするものですか!」
「いやむしろ、異世界だからこそ、作製できると思うよ?」
なっ⁉
「い、一体、何を──」
「忘れてもらっちゃ困るな、さっきも言ったじゃないか? それこそ君の言うような典型的な異世界においては、魔法やモンスターが普通に存在していると。──そう、科学技術力で劣っていると言うのなら、『魔法』で代用すればいいのさ。『何でもアリ』の、文字通りの魔法の技術でね♫」
「ま、魔法で、スマホの技術を、代用するって⁉」
そんな! 魔法で何でも代用できるって言うんじゃ、まさしく『何でもアリ』になってしまうじゃん⁉
「だからといって、すべてを魔法任せにするわけじゃないよ? 例えば異世界人が日本から侵略してきた自衛隊を撃退する際に、アメリカやロシア等の最新兵器を利用するとして、ステルス爆撃機を魔法の力だけで飛ばしていたのでは、あまりにも非効率だからね。集合的無意識を介して得た爆撃機の情報を基にして、基本的には『工業的』に作製しつつ、コンピュータやジェットエンジン部分のような、異世界にとってはオーバーテクノロジィの超集積回路や、現代日本においてさえ非常に先進的な金属加工技術を必要とするエンジン部の燃焼室等の耐熱部品の製造等においては、魔導人工頭脳や冷却魔法や、オリハルコンやミスリル銀等の魔法金属の類いの、いわゆる『魔法技術』で補うといった、科学技術と魔法技術との『ハイブリット路線』をとることで、現代日本よりも効率的かつ高度な兵器製造を実現して、三流Web小説においては何の根拠も無く、近代兵器なぞ足下にも及ばない極大魔法上等のファンタジー異世界において無双してばかりいる自衛隊を、コテンパンに叩きのめすことすら、十分に可能なのだよ」
何その、あまりにも偏向し過ぎた例え話は? あんた何か自衛隊に、恨みでもあるのか?
「むろんこれは、スマホにおいても同様で、基本的には集合的無意識とのアクセスによって得た現代日本の科学技術を用いつつも、ファンタジー異世界においてはどうしても再現することが無理な部分は、異世界ならではの魔法技術で代用して、結果的に本物のスマホよりもよほど効率的かつ高性能に、各種のスマホの機能を実現したり、現代日本のインターネットとの接続を可能にしているといった次第なのだよ」
魔法と科学とのハイブリッド技術によって、異世界人がスマホを使ってのインターネットへのアクセスを、実現しているだってえ⁉
「……いや、ちょっと待ってくださいよ、つまりこれって一言で言うと、僕に電話をかけてきているやつって、ある意味妄想癖的に、すでに亡くなってしまっている明美になり切っているだけなんですよね?」
「うん、そうだよ?」
僕の突然の思いつき的質問に対して、あっさりと肯定する部長さん。
……やはりこの女、『確信犯』だな?
その瞬間、ついに僕の堪忍袋の緒が切れて、堪らずにわめき立てた。
「だったら別に本物の異世界人では無く、例えば僕と明美の関係を知っている、クラスメイトの誰かとかが、明美になりすましていたとしても、別に構わないじゃないですか⁉」
放課後のたった三人だけの『異世界転生SF的考証クラブ』の部室内に響き渡る、僕の心からの叫び声。
しかしそれでも、目の前の上級生の余裕の笑みは微塵も揺るぐことは無く、いけしゃあしゃあと言ってのける。
「おお、よくぞ気がついた、まったくその通りだよ!」
「……でもその場合、相手の声が明美そっくりだったのは、どうしてですか?」
「それって、君の思い込みによる、聞き違いか何かじゃないのか? 何せあくまでも機械越しの通話だからね、確実に相手の声質を再現しているとは言い難いしな」
──くっ、確かにこれは、他ならぬ僕の主観によるものだから、反論できねえ。
「……やれやれ、何をそんなに不満そうな顔をしているのかい? これってまさしく、君にとっては『朗報』ではないか?」
「ろ、朗報、ですって?」
何をいきなり言い出すんだ、この美人さんは?
「だってそうじゃないか? 君は自分自身で、己のスマホにかかってきた『死者からの電話』が、幼なじみ殿ご本人どころか、異世界人によるものでもあり得ない可能性に、やっと気がつくことができたんだよ? ここは喜ぶところだろうが」
………………………………あ。
「そういえば、そうですね! そうか、『異世界からの死者の呼び声』なんていう、少々クトゥルー風味なホラー展開なんて、最初から無かったんだ!」
あまりにあっさりと、懸念事項が完全に解決してしまい、諸手を挙げて喜びの感情を表す、相談者の少年。
「──というわけで、再びいたずら電話の類いが着信するようなことがあれば、容赦なく怒鳴りつけてやりたまえ」
「はい! どうもお世話になりました!」
にこやかな笑顔でお礼を述べるとともに、軽やかな歩調で部室を後にする僕。
──すでに空は夕焼け色に染まっていたものの、心の中は一点の曇りもない、晴天そのものであった。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……この、大嘘つきが」
お客人が喜色満面にこの場を立ち去ってから、そのすぐ後にて、部室の奥ほどから聞こえてきたのは、すっかりその存在自体を忘れ去られていた、私の唯一の──そして最愛の、部員殿であった。
「何だいいきなり、大嘘つきなんて。赤坂君ってば、ひどいじゃないか?」
「しらばっくれないでください、さっきの話、そもそも前提条件からおかしいではないですか?」
「……ほう?」
「あなたはまず最初の論点として、異世界転生やタイムトラベルは、それらの『対象者』のほうにこそ、異世界人やタイムトラベラー等の、『余計な記憶』を与えられることによって、実現されるとおっしゃいましたが、今回の件における超常現象の『対象者』って、一体『誰』のことなのでしょうね?」
「うん? そりゃあ、その超常現象が異世界転生であれば、当然、自分のことを現代日本人だと思っている、生粋の異世界人ということになるだろうね?」
「ええ、あれが『異世界転生』ならね。──だからこそあなたはそのように、先ほどの相談者を誤認させて、まんまと彼を騙しおおせたわけだ」
「──くくっ、さすがは、我が後輩、よくぞ気がついたものだ、感心感心」
「おだてて言いくるめようとしても、無駄ですからね。どうして彼に、あんな嘘をついたのですか?」
「もちろん、『罰』を与えるためだよ」
「へ? 罰、って……」
そしてその愛すべき美人上級生殿は、本日最大の驚愕の事実を、あっさりと明かした。
「──何せ他ならぬ彼こそが、巧妙に事故を装って、幼なじみ殿を殺した、張本人なのだからね」




