第111話、魔王と勇者のロンド(その4)
突然思いも寄らないことを言われて面食らっていれば何と、先程まで俺や仲間たちと死闘を繰り広げた連中と、ほぼ同等の力を有すると思われる上級魔族たちが、この謁見の間へと姿を現した。
──とはいえ、俺を罠に嵌めるために伏兵を隠していたとかいうわけでは無く、全員一点の染みも無い白衣を身にまとい、厳粛な表情をしながら玉座より十歩ほど手前で立ち止まるや、一斉に跪き、魔王や俺のほうへ向かって深々と頭を下げた。
「……新たなる魔王であるおまえのために、あえて今回の戦いには出さずに温存していた、有能なる幹部候補たちだ。戦でも内政でも、十分に役立つ者ばかりだから、是非とも重用してやってくれ」
何が何だかわけがわからず呆気にとられていれば、更にとんでもないことを魔王がささやきかけるとともに、あたかもそれと呼応するかのようにして、魔族たちが一斉に俺に向かって宣言する。
「「「新魔王陛下に、心からの忠誠を! 全力をもってお仕えいたしますので、どうぞよしなに!」」」
当の『新魔王様』の意思を無視して、どんどん状況が進んでいくのについていけず、俺は堪らず声を上げた。
「──ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は別に、魔王襲名を承諾した覚えは無いぞ⁉」
「だったら、連合王国に帰還するか? あまりお勧めはせぬがな」
「……これまでのすべてが、俺を騙してあんたらの仲間に引き入れるための、お芝居では無いとは言えないしな」
「魔王である我が、自分の命を懸けてまでか? そんなことをするくらいなら、ここにいる一騎当千の部下たちと共に、おまえを迎え撃っているよ。そっちのほうがよっぽど、勝ち目があったろうしな」
「──ぐっ」
た、確かに。
「まあ、それでも納得できないと言うのなら、一度王国に帰ってみるがいい。おそらくは数十年前の我同様に、騙し討ちに遭うだけと思うがな」
「……そうか、おまえは『俺』だったよな。考えてみれば、自分以上に的確なアドバイスをしてくれる存在も、他にはいないか。──なあ、これって何だか、永遠に俺と俺とが殺し合う、『無限の自殺ループ』か『自作自演の死に戻り』みたいにも、思えないか?」
「ほう、さすがかつては、現代日本のWeb小説マニア、うまいたとえではないか。確かにこれは、『ループ』であり『死に戻り』であろう。──それもこの上も無く、現実的かつ理想的のな」
「はあ? この永遠に自分で自分を殺し続ける、地獄のような繰り返しが、現実的かつ理想的だと?」
「そもそもWeb小説みたいに、世界そのものが『ループ』したり、ゲームのセーブシステムそのままの、『死に戻り』現象が起こったりするはずが無いのだ。なぜなら、ある世界の中に存在している者は、自分の世界に対して時間の流れを変更したりする、『改変』を加えることは、絶対にできないのだからな。それと言うのも、量子論や集合的無意識論に則れば、世界というものは最初から、あらゆるパターンのものがすべて存在していて、何とここで言う『改変後の世界』すら存在しているので、そもそも改変する必要などなく、すべての世界が最初の状態のまま、SF小説やラノベあたりで良くあるように、『改変』や『ループ』や『消去』や『上書き』や『分裂』や『結合』などをなされることなく、ずっと存在し続けていくのみなのだ。──よって、この世界の中において、真に現実的かつ理想的な『死に戻り型ループ』を行うとしたら、我々が無理やりやらされているように、同一人物が数十年の間隔をおいて、殺し合いと再召喚を繰り返し続けるといった、非常に歪んだ形でしか、あり得ないってことなんだよ」
──っ。
勝手にこんな世界に精神体だけ召喚されて、騙し討ちみたいにして、自分で自分自身を殺させられて、今度は魔王になった自分が、新たに勇者として召喚された自分自身に殺されるといった、狂気の『無間地獄』が、真に現実的かつ理想的な『死に戻り型ループ』だと⁉
そんな現実や理想なんて、くそくらえだ!
こんなふざけきった、永遠の『生と死の輪舞』なんて、いつかこの手で断ち切ってみせる!
……そのためにもまずは、人間どもの王国にも負けない、『大きな力』が必要だ。
もちろんこの期に及んで、俺が打てる手なんて、一つだけしかなかった。
だから俺は覚悟を決めて、年老いた『俺』へと向き直る。
「……わかったよ、魔王襲名を、謹んで受けさせてもらおう」
その言葉を聞いて、満面の笑みをたたえる、魔王陛下。
「ふふ、わかってもらえて嬉しいよ、『俺』」
「ああ、後のことは任せろ、『俺』。──今度こそ、ふざけた人間どもを、根絶やしにしてくれるわ」
「おおっ、いきなり魔王らしくなったな⁉」
そのように、『勇者の俺』の突然の豹変に驚きつつも喜色を浮かべる『魔王の俺』に向かって、すでに決意を固めた俺は、むしろすがすがしさを感じながら、高らかに宣言する。
「──ふふん、考えてみれば、『記憶と考え方』だけを召喚された俺たちは、最初から人間扱いなどされてはおらず、『使い捨て』になる運命だったんだよ。しかも『精神体』のみの存在であるゆえに、元の世界に戻ることだってできやしないしな。そうなりゃ、すべての元凶である、召喚主たちに対して反旗を翻して、憂さ晴らしでもする以外には、やることは無いじゃないか?」




