第110話、魔王と勇者のロンド(その3)
………………………………………は?
「──ちょっと、何をいきなりむちゃくちゃなことを、言い出しているんだよ⁉ そもそも大前提として、現代日本にしろ、このファンタジー世界にしろ、世界そのものが、実は何者かが見ている夢であるなんてことが、あり得るわけがないじゃないか⁉」
あまりにも『トンデモ話』を聞かされたために、一瞬呆気にとられてしまったものの、すぐさま魔王である『俺』に猛然と反駁する、同じく勇者である『俺』。
しかし今やほとんど棺桶に片足を突っ込んでいる状態というのに、相変わらず泰然自若としたままで、こちらへと皮肉っぽくあげつらってくる魔王様。
「おやおや、現代日本においては『SF蘊蓄オタク野郎』の名をほしいままにしていた、『俺』らしくも無い。まさか、かの荘子の、『この世界は実は一匹の蝶が見ている夢かも知れない』とする、『胡蝶の夢』の故事をお忘れなのかい? それに中国においては、『黄龍』という、それこそ現実世界そのものを夢として見ながら、眠り続けている神様が存在しているとする、神話まであったではないか?」
「……馬鹿馬鹿しい、そもそもが『現実世界を夢見ているという蝶』自体が、荘子の見た夢の産物に過ぎず、『現実世界を夢見ているという龍』自体も、神話上の──つまりは、我々人間の想像上の産物に過ぎないんじゃないか?」
そんな俺の至極もっともな反論に対して、しかし目の前の『俺──ただし、年齢は三、四十歳増し』のほうは、むしろいかにも我が意を得たりといった感じで、表情を綻ばせた。
「そう、そうなのだよ! 黄龍なんているとは決まっていないことこそ──すなわち、確かに世界そのものが夢かも知れない可能性は否定できないものの、当然その一方で、間違いなく現実のものでもあり得るはずだという、存在可能性上の『二重性』こそが、量子論に則っても、何よりも重要なのだよ!」
「は、はあ?」
自分で話題に上げた黄龍の絶対性を、いきなり否定したかと思ったら、むしろそのいるかいないか確かではないあやふやさこそが、量子論的にも何よりも重要だと?
「何せ量子が、量子ならではの『重ね合わせ』という特異な状態を生じ得るのは、量子の本質的性質が、『揺らぎ』にこそあることに基づいているのだからな。たとえ『完全なる現実世界』たる現代日本においても、『世界は絶対に夢なんかでは無い!』であっても、『実はすべては夢だったんだよ〜ん☆』であっても、駄目なのであって、常にその両者の間を揺れ動いている、『……常識的にほとんどあり得ないといえ、この世界が夢かも知れないことは、誰にも確実には否定できなよな』という、文字通りどっちつかずの、『揺らぎ』の状態にあるべきなのであり、そしてそれこそが、あくまでもマクロレベルの存在である普通の人間にも、あくまでも形ある『現実の存在』と、黄龍や胡蝶が見ている、形なき『夢の中の存在』としての、二重性的『揺らぎ』を獲得して、ミクロレベルの存在である量子ならではの、無限の『他の可能性の自分』との『重ね合わせ』状態化を成し得て、ひいては集合的無意識へのアクセスを可能とさせるわけなのさ!」
「……う〜ん、理屈的にはそうかも知れないけど、やはり『世界そのものが、誰かが見ている夢に過ぎない』なんてことがあり得るとは、どうしても思えないんだよなあ」
「ああ、たとえ信じてくれなくても、その可能性があり得ることだけでも理解してもらえれば、それで十分だよ。──現代日本ではともかく、少なくともこの異世界においてはね」
「へ? 何で異世界なら、こんな半信半疑の状態でも、構わないんだよ?」
「忘れてもらっちゃ困るよ、ここは魔法だろうがモンスターだろうが、何でもアリのファンタジーワールドなんだよ? いざともなれば、集合的無意識へのアクセスなんて、魔法一つでちょちょいのちょいなのであって、本当は今述べたような、小難しい理論なんて、一切用無しなんだよ」
………………………あ。
「そういえば、そうじゃないか⁉ だったら何で、『量子論』やら『集合的無意識』やら『世界そのものを夢見ている存在』やら、くどくどと蘊蓄ばかり語ったんだよ⁉」
「……お互い元は現代日本人なんだから、『何でも魔法で解決だぜ☆』では納得がいかないと思って、一応論理的に説明してやっただけの話だよ。──まあこれで、このファンタジーワールドにおいても、集合的無意識を介することによって、現代日本人の『記憶と考え方』とアクセスすることで、事実上同一人物を複数同時に召喚することができることを、納得していただけたと思うので、これよりは、同じ人間が異世界に召喚されて勇者と魔王となって、『自分同士』で相争うことによって、主に召喚術を行った人間サイドに、どのようなメリットがあるかを、詳しく述べていくことにしよう」
「……そうだな、俺もそれに関連して、どうしても聞きたいことがあるし」
「ほう、何かな?」
「いや、俺の『思考センス』が、この世界において最も上位にあり、人類に仇なす魔王になってしまった『俺』を倒すためには、同じ俺の『思考センス』を、集団的無意識を介して現代日本から召喚しなければならないって言うのなら、今回のようにあんたを召喚してから三、四十年ほどの間隔を開けたりせず、すぐに俺を召喚して、言葉巧みに言い含めて勇者に仕立て上げて、あんたと闘わせれば良かったじゃないか?」
俺の抱いて当然の疑問の言葉を聞くや、一応は深く頷く魔王の『俺』。
「ごもっともとしか、言いようがないな。──ただし、この『同一人物の複数同時召喚』というものが、変則的な異世界転生の仕組みによって成り立っていることを、忘れてはいないか?」
「むっ、どういう意味だよ、それは?」
「まず、我自身が行った、先代の魔王の討伐から、何十年も間をおいたのは、前に言ったように、我の『思考スタイル』は、この世界において無敵の魔法術式を構成することができるので、人類側としては、手を出そうと思っても出せなかったのだ。しかもおまえ自身もこの後すぐに知ることになると思うが、先代の魔王を退治するとともに、それまでは敵であった魔族の軍団をすべて隷下に修めることになったしな。たとえその時点で新たなる『俺(の記憶や考え方)』を召喚したところで、返り討ちに遭っただけだろう。そこで何十年も時間を稼ぎ、我が年を重ねて衰えてしまうのを待つとともに、人間の軍隊や『勇者パーティ』という名の魔王討伐隊を、選抜し鍛え上げていったというわけなんだよ」
「だったら、俺(の記憶や考え方)を一度に複数人(分)召喚して、その数だけの『人造肉体』にインストールして、一度に大勢の『勇者』で魔王退治に当たらせればいいじゃないか?」
「そんなことができることを知れば、おまえがこの『自分で自分を倒す、歪んだ魔王討伐』の真相に気づくかも知れないから、あえて採用しなかったのさ」
「……あー、確かに、そのくらいのことで気づくとは思えないものの、気づく可能性がある限りは、俺を召喚した人間勢力の連合王国としたら、うかつには採用できない案だよな」
そのように、どうにかこうにか納得できた俺に対して、満足げに頷きながら、
──この大詰めに来て、更にとんでもないことを言い出す、魔王様。
「ご理解いただけて、助かるよ。──それではこの辺で、新しい魔王陛下の、『襲名の儀式』を始めるとするか」
「へ?」
新しい、魔王って………………ちょっと、待て、おい!
──それってもしかして、俺のことか⁉




