第109話、魔王と勇者のロンド(その2)
「──そ、そんな馬鹿な! 何で勇者である俺が倒した魔王までが、『俺』なんだよ⁉ そんなことあるわけないだろう? 偽物だ、偽物に決まっている! あんたが魔法か何かで、今日初めて会った俺の姿を真似て、変身しただけなんだろうが⁉」
とても目の前の『現実』を認めることができず、錯乱状態となり、あらぬことを口走り始める、自他共に認める人類最強の勇者である俺。
それに対して、今にも命尽きようとしている、あたかも俺自身を三、四十歳ほど年をとらせたような、魔王のほうが、落ち着いた口調で言ってくる。
「ここで、『偽物でも、本物でも、どっちでもいい!』とでも、返すべきかな? くくっ、懐かしいものだ、あのアニメ作品は、確かに名作だったな」
──っ。
あの、昭和を代表する、超傑作冒険活劇漫画映画を、知っていると言うことは、
「……あんたやっぱり、『俺』自身なのかよ?」
「まあな、少なくとも『中身』のほうは、おまえと同じ存在ではあるな」
「なっ、そんなわけがあるか! 俺かおまえかどちらかの『俺』が、この世界に召喚された瞬間に、現代日本に『俺』は存在しなくなるんだから、どう考えても、一度に『俺』を複数召喚することは不可能だろうが⁉」
「おや、まさかそんな基本的なことまで、わかっていなかったとは。おまえはこの世界に召喚された時、肉体そのものを丸ごと転移させられたわけでもないだろう?」
「た、確かにそうだけど、こうして俺の『魂』的なものが、この肉体に宿っているってことは、元の世界には、少なくとも俺の『魂』は、存在していないってことじゃないのか?」
「ふむ、いわゆる異世界転移では無く、異世界転生みたいなものか。だったらおまえには、元の世界においてトラックに轢かれたりして、死亡した記憶が残っていたりするのかな?」
「い、いや、気がついたらこの世界に召喚されて、この肉体に宿っていたんだけど……」
「もしもおまえが言うように、異世界への召喚にかこつけて、魂を抜き取られてしまったんじゃ、殺されたも同然じゃないか?」
「それは……ええと、元の世界においては、今この時も高度な医療を施されていて、生命が維持されたまま、眠り続けているとか?」
「何その、御都合主義の駄目SFみたいな展開は? 社会不適合者のゲームジャンキーのために開催された、某『VRMMO内のデスゲーム』でもあるまいし、そんな万能な生命維持装置なんて、我が現代日本にいた頃だって存在しなかったよ」
「だったら、どうして俺たちは、現にこの世界に召喚されているんだよ⁉」
「厳密な意味では、『俺』たちは、異世界転移も異世界転生も、実際に行ってはいないんだ。ただ元の世界の『俺』の、『記憶や考え方』だけを、現在のこの肉体の脳みそに、インストールされているだけなのだ。──そしてそれによってむしろ、これぞ真に理想的な、『死に戻り』にして、『ループ』にして、『異世界転生』を、実現してしまったわけだがな」
──‼
「……異世界転移でも、転生でもなく、『記憶や考え方』だけを、この肉体にインストールしただって? しかもまさにこれこそが、真に理想的な異世界転生だと?」
「おいおい、普通考えてみればわかることだろう? 肉体丸ごと現代日本から召喚する『異世界転移』が、『質量保存の法則』等の、物理法則的に絶対にあり得ないのはもちろん、魂なんて本当にあるかどうかもわからないものを召喚する『異世界転生』だって、どう考えたって、あり得っこないだろうが?」
「──何その、現代日本のWeb小説を、全否定しかねない暴言は⁉ やめて! 俺と同じ顔をして、そんな過激なことを言うのは、おやめになってえええ!!!」
「いやいやそんな、大丈夫だって、さっきも言っただろう? この『同一人物の複数同時召喚』こそは、真に理想的な異世界転生を実現しているって」
「……魂を召喚することができなくて、何で『記憶と考え方』なら召喚できるんだよ? つうかそもそも、どうしてこの世界のやつらは、人の『記憶と考え方』なんかを、召喚しようと思ったわけなんだ?」
「うん、いい質問だ。我も勇者としてはもちろん、魔族の王たる魔王としても、長年魔法というものに関わってきて痛感したのだが、魔法の威力というものは、その者が身の内に秘めている『魔法量』の大小と共に、具体的な魔法の術式を構築する際の、『センス』によって大きな差が生じることがわかったのだ。それは何よりも人間の『思考形態』に根ざすものなのであり、より思考形態が魔法の術式構築に向いた者ほど、強力な魔法使いとなれるわけで、おそらくは最初の『俺』が召喚される以前の魔王が、人類の誰もが太刀打ちできないほどの、魔法のセンスの持ち主だったものだから、この世界の人間たちは、当時の魔王を凌駕する魔法のセンスを有する者の『記憶と考え方』を、他の世界に求めることにしたのだろう」
「……もうほとんど、話についていけなくなっているんだが、よその世界の人物の『記憶や考え方』がどうなっているかなんて、どうやって把握するわけなんだ?」
「この世界においては、『アカシックレコード』のような魔術的な存在ということになっているが、現代日本で言うところの『集合的無意識』にアクセすることによって、取捨選択しつつ取得しているのだ。何せ『集合的無意識』には、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の、『記憶と考え方』が集まってきているのだからな。そこで人間陣営の魔術師や研究者によって、当時の魔王よりも優れた魔法センスを有する『記憶と考え方』を見つけ出して、それを十分に魔法量を内包させた、ゴーレムだかホムンクルスだがショゴスだかの、『人造肉体』へと召喚して、『勇者を生産していた』って次第なのさ」
……また、誰かさんお得意の集合的無意識かよ、なぜだか既視感がビンビンするぜ。
「集合的無意識とか、前の世界でもオカルト扱いされていたものを持ち出されても、信憑性が無いんだけど?」
「そんなことはないぞ? 何せ集合的無意識とのアクセスの実現可能性は、ちゃんと現代物理学の中核をなす量子論によって、裏付けされているのだからな」
「へ? 何で物理学の量子論が、心理学の集合的無意識の、論理的裏付けをしてくれるんだよ?」
「以前の我らのような現代日本人をも含めて、あらゆる物質の物理量の最小単位である量子というものは、形ある粒子と形無き波という二つの性質を有している故に、ほんの一瞬後の形態や位置すらも予測できないのだけど、つまりそれは、形無き波の状態においては、ほんの一瞬後に無限の形態や位置の粒子になり得る可能性を秘めていることになり、この可能性の同時多重存在状況を、量子論では『重ね合わせ』状態と言うのだが、これを人間そのものに適用すると、我々個々人は常に無限の可能性を秘めていて、常にその無限の『一瞬後の自分』と『重ね合わせ』状態にあり、それこそが集合的無意識のアクセス状態そのものので、異世界のような別の世界の人物の『記憶や考え方』を、自分の脳みそに刷り込んで、その人物自身になり切ることで、事実上の異世界転生を実現できるというわけなのだよ」
「ダウト! 何勝手に論理を飛躍させて、量子ならではの特長を、人間に適用させているんだよ⁉ 量子が己自身の無限の未来の可能性と『重ね合わせ』状態になれるのは、超微細世界であるミクロレベルにおいて、形無き波の状態になれるからであり、ごく普通に各種物理法則の影響下にある『マクロレベル』の住人であり、当然『形ある存在』たる人間に、量子ならではの特異な性質が適用されるわけがないだろうが⁉」
「ほう、若いのにそこまで量子論に通暁しているとは、感心感心。確かにおまえの反論は、正論とも言えるが、それだったら、もしも人間が量子同様に、形ある存在であるとともに、形無き存在でもあり得るとしたら、どうだい?」
「なっ⁉ 俺たち人間が、形無き存在でもあり得るって、そんな馬鹿な?」
「いや、そうとも言い切れんぞ?」
そしてその、俺の顔をした魔王様は、またしても驚天動地のお言葉を、ご披露なされたのであった。
「何せ、たとえ『完全なる現実世界』である現代日本においても、『自分たちの世界そのものが、何者かが見ている夢かも知れない』ことを、けして否定できないとしたら、現代日本で普通に暮らしている者であろうが、形ある『現実の存在』であるとともに、形無き『夢の存在』でもあり得ることを、否定することなぞできないのだからな」




