第100話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その26)
「──さあ、赤坂君…………いや、『お父さん』、覚悟はいいかい?」
目玉ぐるぐるの完璧なる『ヤンデレモード』となって、ベッドの上に押し倒した下級生の少年である、僕こと赤坂ヒロキへと、ほんの目と鼻の先の至近距離まで迫ってくる、我が学園きっての美人上級生であり、今この時は『未来からやって来た僕の娘の精神体』が憑依しているなどと、電波的妄言を主張している、辰巳エリカ嬢。
フェミニンなサーモンピンクのキャミソールとローライズのジーンズに包み込まれた、十六、七歳ほどの年頃なれどすでに女性らしいメリハリのきいた肢体に、肩口までの艶めく黒髪と彫りの深く整った小顔の中で一際目を惹く、まるで柘榴のごとき深紅の唇。
──密かに心の中で憧れ続けてきた、誰よりも敬愛してやまない、『異世界転生SF的考証クラブ』の部長殿。
確かに自分のことを、『未来からやって来た僕の娘』だなんて言い出した現在の彼女は、中二病的妄想癖以外の何者でもないだろう。
……しかも何だか、ここに来ての唐突なる『ヤンデレモード』のほうも、すでにエンジン全開のご様子だし。
どう考えても本来なら、『お近づきになるのを敬遠したいお相手』の、筆頭候補であろう。
──だがしかし、何度も何度も言うようだが、辰巳部長こそは、僕自身ずっと憧れ続けたきた、いわゆる『本命の想い人』なのであって、これは『大チャンス』でもあると言えるのだ!
言うまでもなく、これまで『未来から来た僕の娘』宣言をして、ヤンデレそのままに迫ってきた、山王生徒会長も幼なじみのアズサも従妹のサユリも委員長も泉水先生も、みんな類い稀なる美人美少女揃いであったし、男子としてはそれなりに心動かされたりもした。
しかし彼女たちは、「おまえが(私の)パパになるんだよ⁉」などと宣って、一方的に僕に肉体関係を迫ってきたり、邪魔になる他の女性たちを実力で排除しようとして、結果的にガチのバトルロイヤルを行うといった有り様で、正直ドン引きしてしまい、とても彼女たちの中の一人を選んでお付き合いをする気になんてなれなかった。
……つまりは、たとえ目を見張るような美人や美少女だろうが、全校的に憧れの的の生徒会長や女教師だろうが、自分としては個人的にそれほど好意を抱いていなかったと言うことであろうか?
──しかし、辰巳部長だけは、違ったのだ。
彼女だって他の女性陣同様に、『僕の娘』宣言をしたし、現にこうして自分に邪魔になる者たちを、毒ガスで殺害(仮)してしまったけど、どうしても彼女のことを嫌ったり、忌避感を覚えたりはできなかった。
それは何よりも、それだけ僕が彼女のことを、心の底から慕っている証しであろう。
だったら、現在のこの状況も、別に悪くは無いんじゃないのか?
もちろん彼女に本当に『未来の僕の娘』が憑依しているなんて思えないけど、せっかく彼女自ら『お誘い』をかけてくださっているのだから、ありがたくお受けしても、何も問題は無いのでは?
何せ我が国は、『据え膳食わぬは男の恥』と言う、絶対的真理もあることだし。
そうだよ、そうしよう!
何か部長も、ちゃんとリードしてくれると言っているし。
しかも、いろいろと『ご奉仕』のほうも、してくれるらしいし。
うん、決めた、ここのところは、不本意ながら──そう、あくまでも不本意ながら、流れに身を任せることにしよう♫
──お父様、お母様、ヒロキは今宵、男になります!
そのように僕が意を決し、部長のほうを改め見やれば、あたかも天空の月が落下してくるかのように、煌めく瞳がすぐ間近まで迫ってきた。
……つまり最初は、熱いベーゼから開始するわけですね、わかります!
そして、受け入れ体勢を万全に整えるや、初心な乙女そのままにそっと目を閉じたところ、いつまでたっても唇に何の感触も訪れず、あれっと思えば、待ちに待っていた熱い吐息とともに、耳元にささやかれる艶めかしい声音。
「──あはは、ごめんごめん、冗談だよ、冗談。まさか三流天丼Web小説でもあるまいし、他でもない解説役かつ謎解き役の私までが、『未来から来た君の娘』になってしまうわけがないじゃないかw」
………………………………………は。
な、何でしょうか、今のは?
幻聴?
それとも、気のせい?
……ふひ、ふひひひひ、そんなことはないよね?
ここまで盛り上げておいて、今更『寸止め』なんてさあ。
読者の皆様は誰一人納得できず、『大炎上』になってしまうよね?
「……いや、だから、すまん、本当に冗談だったんだ、期待させて申し訳ない」
──えええええええええええええええええええええええええええええっ⁉
「そんなっ! それじゃあ、『未来から来た僕の娘』というのは?」
「もちろん、違うよ。そもそも何度も言ったではないか? 『未来からタイムトラベルしてきた主人公の娘』とか、『現代日本から転生してきたチート主人公』なんてものは、あくまでも本人の妄想みたいなものに過ぎないと」
「それって、嘘じゃなかったんですか⁉」
「むしろ、嘘であると言ったことこそが、嘘だったんだよ」
「だったら、毒ガスというのは?」
「もちろん、単なる即効性の催眠ガスで、みんな後数時間もすれば、ちゃんと意識が戻るよ」
「……では、本当に、すべては単なる冗談や、お芝居だったってこと?」
「そうだけど……ああ、『おまえをこれから(私の)パパにしてやる!』のことか? 本当に申し訳ない、ちょっと悪ノリしてしまった。それに関しては、今ここでこれからすぐと言うのは、どうしてもってわけでも無いけど、一応ご遠慮してもらおうかな」
──何だよ、そりゃあ⁉
まるで、『生殺し』、そのものじゃないか!
よくも、思春期の少年ならではの『スケベ心』を、もてあそんだな⁉
……いや、ちょっと、待てよ?
『今ここでこれからすぐと言うのは、どうしてもってわけでも無いけど、一応ご遠慮してもらおう』ってことは、ひょっとして『後日改めて』と言うことなら、期待してもいいわけなの?
ま、まさかねえ……。
で、でも、ひょっとして──
「あ、あの、部長」
「うん、何だい?」
「先ほどのはあくまでも、『未来の娘さん』を装ってのお言葉でしょうが、『お母様』が──つまりは、部長ご自身が、僕のことを憎からず思われているというのは……」
「ああ、そのことか」
そしてその少女は、いかにも何のことでもないように、あっさりと宣った。
「私はちゃんと、君のことが好きだよ、もちろん『男女の恋愛感情』的にね。このことに関しては、嘘偽りは無いから、安心したまえ」
──‼
「えっ、えっ、ぶ、部長、それって⁉」
思わぬ想い人の『告白』に、もはや心ここにあらずと言った体で、あたふたと焦りまくるばかりの僕に対して、更にたたみかけるように言葉を重ねる上級生殿。
「──ところで君は、疑問に思わないのかい?」
「へ? 何がです」
「私が本当に君に思いを寄せているのなら、これまでのパターンからして、むしろ『未来の娘』が憑依していたほうが、当然であるはずなのに、こうして一人だけ正常なままでいることだよ」
あ。
「そういえば、そうですよね? 一体、どうしてなんですか⁉」
「おや、わからないのかい? ……そうだねえ、ヒントとしては、今ここで折り重なるようにして気を失っておられる女性たちが、どうして『未来の君の娘が憑依している』などと言い出したのか、その理由やメカニズムを思い出してみるといいよ」
……『未来の僕の娘』なんかになってしまった、理由とメカニズムだって?
※いよいよ「おまえが(私の)パパになるんだよ⁉」編最終章突入につき、今日から明後日にかけて、四話連続して公開いたしますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!




