表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

誤字脱字は遠慮なく感想でお願いします。

ただし誹謗中傷は御遠慮下さい。

あの日、上から落ちて来るあの子を拾った事を私は後悔したことはない。

例え将来起こる事が分かったとしても、それは変わらないと断言できる。


だってあの子に出会えて本当に幸せだったから。


……後悔はしていないけれどまさか将来あんなことになるなんて、夢にも思わなかったけど(汗)






私は人里離れた深い深い森の奥にぽつんとある小さな沼に住む水の下級精霊だった。

小さいと言ってもそれは傍目だけで、水底はかなり深く、地上からは見えないが沼底にはかなり広い空間が存在する。

しかも私以外の精霊が住んでいない、人間も殆ど訪れない理想的な住処。



そんな沼にある日人間が訪れた。

人間が此処まで来ることなんてかなり珍しい、と思って底から見上げていたら、何か布の塊が沼に放り込まれた。

まさかゴミ?と思い、地上の人間に気づかれないように目くらましをかけ、もしゴミなら散らばって沼を汚されるのは嫌なため、大きな空気の泡で包むことにより拡散を防ぐ。



この時の行動に本当に私良くやった!!と後に何度も思った。



布の塊が私の腕に落ちて来る頃には、上の人間は何処かに行ってしまっていたようだが、そんなことを気にしている余裕はその時の私には無かった。




なぜなら、ゴミかと思っていた塊の中身は金髪の赤ん坊……しかも翼の生えた赤ん坊だったからだ。




これには驚いて固まってしまったが、濡れた不快感からか赤ん坊が大きな声で泣き始めたことにより、すぐに驚きは吹っ飛んでしまった。急いで家の中(家には大きく空気の膜を張っているため呼吸可能)に連れて行き、状態を確認したけど少し濡れているだけで、すぐに空気の泡に包まれたため赤ん坊はとても元気だった。


しかしこのままでは身体を冷やしてしまうため、もこもこの布に包んだ後、風呂のための湯を沸かす。


普通の下級精霊ならこのまま放置して最悪赤ん坊を死なせてしまっていただろうけど、私には幸運にも人間についての知識があった。

ただ、人間の赤ん坊と同じ扱いをしていいのか分からなかったので少々不安だったけど、身体が暖まり、不快感が無くなってリラックスしたのか赤ん坊はおとなしく眠ってくれた。


スースーと寝息を立てる赤ん坊を見ながら、先程の人間とこの子について考える。

翼を持つ種族がいることは知っていたが、確かあの種族は閉鎖的でプライドが高かったはず。

特に人間を見下しているとのこと。

上に居たのは人間、この子の親である可能性は低いと思うけど、片親の可能性は捨てきれない。


やはりこの子は捨てられたのだろう。


私がいなければ確実に死んでいただろう赤ん坊をじっと見る。

翼が生えている以外は普通の、可愛い赤ん坊。

親から無理やり引き離された可能性もあるが、さてどうしようか。


そう悩みながら赤ん坊に触れていると、眠っていた赤ん坊が目を覚ましてしまう。

綺麗な茶色の瞳に私が映る。

先程のように泣くこともせず、ただただ見つめて来る赤ん坊に対し、ある思いが湧きあがって来た。



こんな可愛い子を捨てるというなら、私が育ててもいいのではないか?と。



たかが下級精霊に子育てなど無理と思うだろうが、私には人間の…前世の記憶があった。


そもそも本来の下級精霊は私も含めてみんな弱いため、強い精霊の近くに住むことが多く、ほぼ集団生活状態。

集団生活が嫌いなわけじゃないけど、なぜか私は他の下級精霊と違いただそこらを漂って、気が向いたら喋ってまたそこらを漂うだけの生活が嫌だった。


それは前世の記憶が原因だった。

とはいっても断片的な物しかなく、人間の日常生活や畑仕事に関する記憶……というよりは知識ばかりだった。

精霊とは自然から生まれるため、最初は人とまだ関わったことが無いのに、なぜこのような記憶を持っているのか分からず戸惑った。


しかし、気まぐれな風の精霊がそれは前世の記憶だと教えてくれた。

この世界に時たま前世の記憶を持つ者が生まれる、と。


完全に記憶や人格も持ったままの者もいれば、私のように断片的な記憶を持つ者もおり、その中にはこの世界の物ではない記憶を持つ者が稀にいるとのこと。

さらに私の記憶について聞いたその精霊は、私のは異世界の記憶であることも教えてくれた。


そうして教えてくれた精霊と別れた後、自分がしたいことなどを考え、私は生まれ育った土地を離れた。

住みやすい環境を探して色々な所を旅し、今のこの沼にたどり着いた。


まずは記憶にあるような木の家を沼の底に造り、腐らないように空気の膜を張り、人間の頃に食べていたような植物を育てるため畑も作った。

そして沼に住み始めて何十年も経ち、生活基盤が安定していることも赤ん坊を育てたいと思った要因の一つだ。

まあ最大の理由は、この子の可愛さにやられたからかな?


「そうと決まれば名前が必要ね」

「あー」

「性別は男の子だから……夜彦よるひこ、お前が落ちてきたのは夜だから夜彦にしよう」

「ぁうー」


夜とは多くの命が眠る休息の時間、やすらぎの時だ。

大きくなったら夜彦も誰かにやすらぎを与えれるような、そんな子になって欲しいという願いを込めてつけた。





「へぇ~俺の名前ってそんな風につけられたんだ。でもかあ様、なんか俺の名前って変わってない?棚にある本の中の人とは違うっていうか」

「それは前世で暮らしていた国風だからよ。夜彦は自分の名前が普通と違うのは嫌?」

「ううん!かあ様につけてもらった大切な名前だもん、大好き!」

「ふふ、ありがとう」


あれから7年……夜彦は元気にすくすくと大きくなった。

元気なのはいいけど、かなりやんちゃで……この間なんて散歩の時に危ないから近付いちゃダメと言ったのに、かあ様見て!と言いながら腕に蛇を巻きつけてたのよ。

奇跡的に毒が無い種だったのと噛まれなかったから良かったものの、かなり肝を冷やしたわ。

勿論ちゃんと二度としないよう説教&お仕置きをしたので、もう蛇は持ってこなくなったけど……蛇は、ね。


好奇心旺盛なのはいいことでもあるけど、やっぱり心配になるからほどほどにしてほしいわ。


「ねえ、かあ様?」

「なぁに?」

「どうして……俺は捨てられたのかな?」

「それは私も分からないのよ……やっぱり理由を知りたい?」


つい最近、何故私と違い水の中で息が出来ないのかと疑問に思った夜彦にどうして?と問われた。

はぐらかす事もできたが、夜彦は年の割にかなり賢い子だ。私は全て包み隠さず話した。

夜彦とは血のつながりが無いこと、沼に捨てられたところを拾ったこと。

かなりショックを受けていたようだけど、私は夜彦のことを実の息子と思っている、心の底から愛していると伝えながら、さらに思いっきり抱きしめた。


最初は私の言葉を聞いても不安そうだった夜彦も、抱きしめられながら延々と愛の言葉とこれまでの思い出(夜彦との愛のメモリー)を聞くと次第に顔を真っ赤にして


「わかった!もうわかったから、離して~!!」


と言ってくれた。

私の夜彦への愛を理解してくれて、本当によかったのだけれど………その後しばらく避けられたりしたのはなぜかしら?まさかもう反抗期?


この間話した時には聞いてこなかったけれど、やっぱり自分が何故捨てられたのか知りたいのね。


「ううん、別に知らなくてもいい」

「え!?」

「むしろ俺捨てられて良かったと思ってるんだ。だって捨てられてなきゃ、かあ様と親子になれなかったし!」


そう、満面の笑みで断言されて、これに嬉しくならない親がいる?いやいるはずがない!

胸から込み上げてくる想いのままに、抱きしめる。


「私も、貴方に出会えて本当に良かったわ」

「へへっ!かあ様、大好き!!」

「あら私は大好きのうえ、愛してるわよ?」

「~っ俺もっ大好きだし!ぁ、ぁぃっ~~~愛してる!!」


顔真っ赤にして恥ずかしがりながらも、愛を伝えてくれる愛しい息子をよりいっそう強く抱きしめる。

ずっと、それこそ夜彦が大人になって自立して独り立ちするまで、この幸せな生活が続くのだと、私達は心の底から思っていた。






しかしそんな思いを裏切るかのように、別れの時は…もうすぐそこまで来ていた。






それは、散歩で訪れた丘に訪れた時だった。


最初私も夜彦もその集団に気づかなかった。

勿論、魔物や人間に出会わないようにちゃんと周辺の気配などは常に警戒はしていた。


しかし所詮私は下級精霊、力はそこまで強くない。


自分よりも力がある者が気配を消していたり、結界を張っていれば気づくことが出来ない。

そのため集団は私達に音も無く近づき、その姿を現した。


いきなり目の前に出現した集団を認識した瞬間、横にいた夜彦を抱き抱え、急いで沼へと飛ぼうとした。

…がいつの間にか丘全体に結界が張られており、丘から離れることすら叶わなかった。


仕方無く夜彦を後ろに庇いながら、近づいてくる人達と対面する。

すると先程は一瞬すぎて気づかなかったが、なんと目の前の全員が夜彦と同じく翼を持っていた。


ただ羽の色は同じではなく、夜彦は白なのに対して目の前の人達は濃淡はあれどほとんどが茶色や黒い色をしている。一人ローブを被っている人については分からないが、視界に入る分には羽が白い者はいない。


恐らく夜彦と同じ種族かと思われるが、どういった目的で近づいてきたのか分からないため、いつでも魔法が打てるように魔力を練る。


お互いの顔がはっきり見えるぐらいの距離で止まった先頭の男達と睨みあう。

先に口を開いたのは先頭にいる、大柄な男だった。


「その後ろにいる者を出してもらおうか」

「何故?私の息子に何の用?」

「息子…?」


私が息子というと男と、その後ろが驚いたようにザワザワし始める。


「嘘は止めてもらおう」

「嘘?私はこの子が赤ん坊のころから育ててきた。例え血が繋がってなくとも、種族が違くとも、この子は私の息子よ!赤の他人に嘘と言われる覚えは無いわ!!」


何も知らない癖に嘘だと断言する態度で言われた瞬間、思わずカっとなってしまった。


「なっ!?たかが下級精霊ごときが無礼な!」

「きっと御子もどこからか攫ってきたに違いない」

「そうだ、将軍!そんな無礼者などさっさと切ってしまえ!」


私の物言いに男の後ろの奴らが喚き出して、場に嫌な雰囲気が漂う。

御子って……夜彦のことかしら?と考えていると


「おい!!さっきから好き勝手言いやがって!俺のかあ様に酷いこと言うな!」

「夜彦!?」


しまったと思うも時既に遅く、後ろにいた筈の夜彦が男の前に立ち、啖呵を切る。

すぐに後ろ庇おうとするが、その前に煩かった奴らの様子が可笑しいことに気づく。

夜彦の顔を見て何故か……ありえない物を見たように驚いている?


「どういうことだ…」

「羽は純白なのに、あの目は…」

「まさか……」


先程よりもヒソヒソザワザワしているが、一体なんなのか。


「黙りなさい」


すると集団の中心にいたローブを被っている者が言葉を発した。

一瞬にして喋っていた人達が黙り、辺りがシンとする。

その隙に夜彦を背後にやると、私達の前にローブの者が進み出て来る。


将軍と言われていた男と隣合うように立つと、ローブを脱いだ。


そして現れたのは………夜彦と同じ金髪と純白の翼を持つ、眼鏡をかけた儚い印象を抱かせる美しい青年。

ただ一点だけ夜彦とは違い、青年の目は金色だった。


「私の部下達が大変失礼なことを、申し訳無い」

「謝罪はいいわ。それで結局、貴方達は何をしに来たの?そもそも私達に何の用があるの?」


青年に注意されたからか声は出さないが、青年以外の者たちが凄い形相で睨んで来る。

だけど私の態度など気にせずは青年続ける。


「私達は、あなたの後ろにいる子供を引き取りに来ました」


夜彦を引き取りに、そう聞いた瞬間全身の血が下がるのが分かった。


「……貴方達、いいえ貴方は夜彦のなんなの?」

「兄弟です。…まあ異母兄弟ですが」

「異母…」

「はい。私の父と人間の女性との間に生まれたのが、そのヨルヒコなのです」


そう言うと周りの奴らとは違う暖かな眼差しを夜彦に向ける。

初めて会ったというのに、そんな風に見られるのが居心地が悪いのか、私の足に顔をくっつける夜彦。


「……夜彦が貴方と兄弟である証拠がどこにあるの」

「見れば分かります。ヨルヒコの羽が白いことこそ、私と兄弟だという何よりの証拠です」


聞けば翼を持つ一族……イーム族のほとんどが茶色や黒い羽で、白い羽を持つのは王族の者しかいないとのこと。

たとえ人間の血が半分混ざっていようと、白い羽を持つ者は王族なんだそうだ。


「恐れ入りますナハムティ殿下、発言をお許しください」

「なんですか将軍」


すると先程からこちらを睨んでいる将軍と呼ばれている男が口を開いた。


「この子供は確かに白い羽を持っていますが、尊い王族の方々と違い目の色が茶色でございます」

「それが?」

「王族の証であるのは白き羽に金の眼…片方しか持たないのであれば、穢らわしい混ざり者を迎えるのはいかがかと」


そうだ 忌むべき混ざり者など しかも人間の血が お考えなおしください


混ざり者……ハーフのこと?なるほどだからか。

王族の子供と言いながら最初とは違い、この青年…ナハムティ以外の人達が忌々しそうに夜彦を見ているのは。

男に追随するかのように夜彦に悪意をぶつける奴らに怒りを覚えるが、いっそそれを理由に放っておいてくれるならと我慢して何も言わず、さっさと帰れと考えていると………



「黙れ」



一言。

ナハムティが一言発しただけだというのに、その場に重苦しく冷たい空気が辺りを覆う。

ナハムティから発される冷たい魔力のせいだ。

実際にこちらに向けられている訳ではないのに、恐怖で体が震え、汗が流れる。

実際に魔力を向けられている将軍やその他の人達は立っている事さえ叶わず、地面にひれ伏している。

いや……一部は気絶して完全に倒れこんでさえいる。


「目の色如きがなんだと言うのです、ヨルヒコは私の弟。これは王族であり兄である私が言っているというのに、お前は逆らうというのですか?」


問う形で聞いているがもはや言葉さえでない状態の将軍に、首を横に振る以外の選択肢などない。


「か…あさ…」

「っ!夜彦!?」


かすれた声に足元を見ると、初めて感じる魔力による圧迫感に苦しそうにする夜彦。

私としたことがナハムティの魔力に驚き夜彦の状態に気付けなかった!

私同様、夜彦が苦しそうにしていることに気づいたナハムティが魔力を分散させたのか、圧迫感が消える。

しゃがみ込んで咳込む夜彦の背中を優しく撫でる。


「すまないヨルヒコ。大丈夫かい?」

「はぁ…はぁ…」

「…結界を解いて頂戴。こんな外では夜彦を寝かせて上げることも出来ないし、落ち着いて話も出来ない」

「ですが」

「別に貴方達が危害を加えないと約束してくれるなら、逃げたりしないわ。そもそも私程度が貴方から逃げ切れないでしょうけど」

「分かりました」


そう言うが早いかと丘を覆っていた結界が消える。

私は驚いた、さっきもそうだけどプライド高そうな王族がまさか下級精霊の言うことを、こうもちゃんと聞いてくれるとは。


しかしそんなこと気にしている場合ではないと思いなおし、急いで家へと向かう。


後をついて来るのはナハムティのみ。

私が家に連れていきたくないのと、将軍を含めたその他の人たちは害にしかならないため丘にて待機している(反対?ナハムティが命じたら一発だった)。






「ここが貴女の住まいですか?」

「私と夜彦の、家よ。何か?」

「いえ、見たことも無い様式なので少々珍しく……また水の中だというのに空気があるのですね。それに畑まで」

「別にいいでしょうそんなこと。それよりも…今後の話をしましょう」


座っていようとする夜彦を布団に寝かし、珍しげにキョロキョロしているナハムティの注意を引く。

まずは、何故私が夜彦と出会いそして親子になったのかを話し、そして一番確認したかったことを聞く。


何故夜彦は沼に捨てられたのか、何故7年も経ったいま夜彦を迎えにきたのか。


「そうですね……貴女にはさぞ私達が自分勝手な輩に映っている事でしょう」

「…」

「なぜヨルヒコが捨てられたのかですが、それはヨルヒコの出生について話さなくてはいけません」

「俺の…」


夜彦は少しも聞き洩らさないようにか、ジっとナハムティを見つめる。

しかし不安そうに揺れる眼とかすかに震える握りしめた手。

そんな夜彦の手をそっと握り、ナハムティを見る。

その様子を見ながらナハムティは口を開く。


夜彦の本当の母親はとある人間の国の貴族令嬢、しかも高位の貴族。

たまたま別荘近くの森でイーム族の王と出会い、短い逢瀬の中で男女の関係を持ったのだそうだ。

お互いに周囲にはそのことを秘密にし、関係も一時的なもので離れればそのまま過去の一部となる……はずだったのだ。


令嬢が体の異変に気付いたのは王と別れ、領地に戻った後だった。


つわりが軽かった所為もあり、既に妊娠5カ月を過ぎてからの発覚。

この世界の医療は発展が遅れているため、もう母体にダメージを与えずに堕胎は不可能な状態。

令嬢の父親は激しく娘を叱責し、外聞を恐れて領地から遠い地へと令嬢を秘密裏に連れて行き軟禁した。

そして十月十日が過ぎ、信頼できる医者に赤子を取り上げさせると……なんと赤子は翼を持っていた。

それまでは悪い男に引っかかっただけだと思っていた令嬢の父親は、まさか相手がイーム族だとは考えなかったのだろう。


このまま赤子をここに置くことは出来ない、そう考えた令嬢の父親は信頼できる使用人に赤子を遠く離れた所に捨ててくるよう指示し、無かった事にしたのだそうだ。

それから7年、父親であるイーム族の王はまさか一時の関係で子供が出来るとは思わなかったため、夜彦の存在を知らなかったとのこと。


では何故夜彦の存在がイーム族に知られたのか。


それは最近日課となっている私達の散歩が原因だった。

7歳になるまでは沼の中でほぼ過ごしていた夜彦だが、誕生日を機に外で翼を広げて飛ぶ練習とついでに散歩をするようになった。

その姿を風の精霊が目撃し、精霊同士で話していることをイーム族の者が聞き、夜彦の存在が発覚したのだ。



白い羽を持つ幼子がいる。



それを聞いた王族達は、一部の者以外に漏れないよう口外しないよう固く禁じ、捜索手配を出したそうだ。

一体誰の子であるかという疑問だが、子供の特徴が大きかったことで王以外あり得ず明白だったそうだ。

そして貴族令嬢と火遊びしたことも芋づる式に発覚し、令嬢の方にも事実確認をして、今に至るとのこと。


「……なぜ今になったのかは、分かった。けど、何故父親で有る筈の王が此処に居ないの?」

「それは……」

「本来兄弟よりも迎えに来るべきなのに、親が来ないのはどういうこと?」


そう問う私にナハムティは逡巡しながらも答える。


「父上は……いえ、正直に言いましょう。私を含めた少数以外の王族は、ヨルヒコのことを歓迎していません」

「っ!?」

「…やっぱりね。理由は人間の血が流れているから?」


半分とはいえ血の繋がった人達に歓迎されていないという事実に、やはりショックが隠せないのか息を呑む夜彦の手を強く握る。


「それもありますが、またどういった育ちの者か分からないというのも理由もあります」

「それで?そんな中、何故貴方達は来たの?」

「それでも王族の証が出ているなら迎えるべきという声が上がり、父達もそれには思う所があったのか迎え入れることに承諾しました」

「だけど、いざ実際に会ってみれば目の色が違ってがっかりしたというわけね……どこまでも身勝手な人達ね」


ナハムティは先程の将軍達の醜態を思い出したのか俯く、がすぐに顔を上げ真っ直ぐ此方を見た。


「しかしそんな者達ばかりではありません!私を含めヨルヒコを家族として迎えたい者達もいるのです」

「それもほんの少数なのでしょう?大多数から完全に夜彦を守れると断言できると?」


数は暴力だ。先程の連中を見れば夜彦が国に行けばどうなるかなんて、はっきり分かる。

例え王族であるナハムティや一部が守ろうとしても、父親たる王があまり歓迎していないのだ。

それを盾に危害を加える奴らはいくらでも出る、完全に一人の人間を守ることなんて、出来る訳が無い。


「……貴女の言うことはもっともですが、ヨルヒコが我が国に来ることに利点が無いわけではないのです」

「利点?」

「我らイーム族は風の魔法を主に使用します。さらに王族は普通の者より力が強く、コントロールの方法等は王族同士か長年王族の教育に携わっている者が教えます」

「そんなの、風の精霊に頼めば」

「いいえ。いかに精霊といえど、王族の者だけに流れる特殊な魔力のコントロール方法までは知らない筈です。もし知っていたとしても風の精霊王ぐらいでしょう」

「…」

「恐れ入りますが、貴女にそこまで伝手があるとは思えません。水の下級精霊であるあなたに…ヨルヒコを教え導くことが出来ますか?」


……何も、言い返せなかった。

正論だ、たかが下級精霊である私なんかに精霊王との伝手なんてない。

でも、それでも納得なんて出来なかった。


「…それでも!夜彦が傷つくぐらいなら!」

「かあ様」

「夜彦?」


夜彦はまだ体に力が入らない筈なのに、起こそうとする。

慌てて夜彦の背中に手を当て支える。


「俺…行くよ」

「夜彦!?」

「分かってる。行けばさっきのおっさん達みたいなのがうじゃうじゃ居るってんだろ」

「ならどうして」

「だってこのままじゃ俺、強くなれないんだろ?それは嫌なんだ」


夜彦は強くなりたいと、私や自分の生活が脅かされないように強くなりたいと言った。


「今でさえかあ様に守られてる」

「それは貴方がまだ子供だから」

「でもこのまま大きくなっても、強くなれないって。それじゃ駄目なんだ!今回だってあんな奴らから、かあ様を守れなかった!」


俺はっかあ様が誰にも傷つけられないように、守れるように強くなりたいっ!!

夜彦の声が、想いが部屋中に響く。



私はまさか夜彦がそんなことを考えているなんて思いもしなかった。



涙を堪えながらもこちらを見る夜彦。

あんなに小さかった赤ちゃんが体だけではなく、心も成長し、大きくなっていることに改めて気付いた。


「……行けば必ず傷つくわ、今まで聞いたことない見たことない人のおぞましい部分を見る事になる。それでも行きたいの?」

「行きたい。…ごめんなさいかあ様、こんなの俺のわがままだって分かっている。でも!」

「………分かったわ」

「それじゃあ!?」


私は夜彦から先程から此方を見ているナハムティに視線を向ける。


「ナハムティ……さんと呼んでも?」

「どうぞナハムティと」

「夜彦を…私の大切な息子をちゃんと、守ってくれますか。心無い人達からの、根拠のない悪意や暴力から夜彦の身体と、心を守ってくれますか」

「はい」


ナハムティと視線を合わし、しばらくお互いに見つめ合う。

……しばらくして私は頭を下げる。

夜彦を、愛しい私の息子を、この人に託そうとそう思えた。



「………夜彦のことを、よろしくお願いします」




それからは今後の事について話し合った。

イーム族の住む国はここから離れているとのこと。

そのため気軽にこの沼に訪れる事は出来ないし、頻繁に此処に来ればそれこそ変な言いがかりをつける輩が出て来るだろうとのこと。


夜彦について行きたかったが水の精霊、しかも下級である私は風を得意とするイーム族の国には行けない。

風で有ればまだ違ったもしれないが、夜彦の弱みとなってしまうと聞けば引き下がるしかなかった。


それでも

・1年に数回は帰ってくること

・夜彦が危機的な状態になれば必ず知らせること

・夜彦が傷つけばちゃんと治療する(心の傷も同様)

・決まった帰省以外でも緊急時で夜彦が望めば帰省を許可するように

・夜彦は幼いので我儘や癇癪を起こすこともあるかもしれない

・しかし悪いことをしようとすれば容赦なく叱ってかまわない

・野菜が苦手ではないが好き嫌いはしないように注意を等々……etc


その他にも色々と決めた頃にはもうすっかり夜になっていた。


ナハムティに、もう遅いため一度戻るよう促す。

すると将軍達には念話でその場で野宿するか嫌なら帰国しろ、という命令を出したので大丈夫と笑顔で言うナハムティ。

さらに確かに今日はもう遅いですし、せっかくですし泊まらせて頂きますねと確定事項のように言い切った。


この子……いい性格してやがるっ!


うすうす気づいていたけど、改めて目の前の王子がただ家族思いな純粋な奴ではないと認識した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ